24話 魔法の起源
サラが落ち着くのを待ってから、息抜きがてらに携帯していた水筒の紅茶を炎の汎用魔法で温めて振る舞う。
「ありがとう、ございます……あ、おいしい」
「それは何より。淹れたてより味は落ちますが、いつでも飲めて美味しいとカティア様からも好評なんですよ」
カティアの名を聞いて、サラが反応する。
「あの……エルメスさんってカティア様の幼馴染なんですよね……?」
「? ええ、そうです」
「それで、フレンブリード家から追い出されて……カティア様に拾っていただいたんですか?」
「……まあ、紆余曲折ありましたが最終的にはそうですね」
そこまで5年ほどの空白があったのだが、師匠周りのことを話すわけにはいかないのでぼかす。
「そっか……だからカティア様にお仕えしていて、カティア様もあんなに信用なさっているんですね……」
「……」
「……いいなぁ」
紅茶を飲み終え、エルメスを見る視線には確かな羨望がこもっていた。
カティアがサラを案じるように、サラもカティアのことを間違いなく慕っていたのだろう。視線から、それがよく分かった。
「……カティア様には、学校でとても良くしていただいたんです」
俯き、愛らしくはにかみながら彼女は語り出す。
「わたし、入学当初は周りに結構疎まれていました。男爵家の身でありながら二つも血統魔法を持って……周りの人は、許せなかったみたいです」
「なるほど」
「悪口を言われたり、ものを隠されたり。当然友だちだって一人もできなくて、すごく辛かった……そんな時に声をかけてくださったのが、カティア様だったんです」
確かに、彼女の性格ならばそのような光景を見過ごしなどしないだろう。
当時の彼女は、確かに魔法が扱えないという致命的に近い欠点こそあったものの、それを補って余りあるほどの頭脳と教養、そして見目麗しい公爵令嬢にして何より第二王子の婚約者ということで、周りから高い評価を受けていたそうだ。
加えて、立場は低いものの魔法の才能は突出しているサラ──つまり自分にないものだけを持っている、サラに最も嫉妬して然るべき立場のカティアが率先してサラの味方をしたことで、彼女への当たりを弱めてくれたらしい。
「それでも、意地悪なことをする人はいました。けどその度にカティア様が庇ってくださって……」
「つまり、カティア様が貴女をいじめたと言うことは」
「はい……少なくともわたし自身は、そう思ったことなど一度もありません。でも……」
第二王子アスター。
同学年の彼がサラを見初めてから、どこかがおかしくなり始めた。
「カティア様の態度が変わったわけではありません。むしろより増加する意地悪なことからわたしを守ってくださいました。けど……アスター殿下は何故か……」
想像はつく。
あのパーティーの時のように一方的な決めつけで事実を捏造し、カティアがサラをいじめたということにしたのだろう。
そして、周りもそれに同調したと。
「確かに、カティア様からご指摘を受けることはありました。でもそれはちゃんと決断できるようにしなさいとか、もっと自信を持ちなさいとか。わたしの欠点をちゃんと直そうとしてくださるもので……でも、殿下は……っ」
指摘の内容を誇張しねじ曲げ、カティアを陥れる材料にした。
カティアは断固として抗議し、むしろアスターのその癖を改善させようとしたがそれも空回り、そして遂には──というわけか。
どうやら理由は知らないが、アスターは一度は見初めたはずのカティアをどうしても陥れたいらしい。
「……あの方の、どこが不満なのやら」
「すみません……わたしは……あんなにお世話になって、尊敬しているお方が酷い目に遭っているのに……何も……っ」
彼女が再び、涙を流し始める。
「殿下に見初めていただいたことで、お母様もとても喜んでくださって……殿方を立てなさいっていう教えにも……殿下にも……何かを言うのが、怖くて、何も……できなくて……っ!」
「……」
同情はする。
けれど、仕方ないと慰めることはできない。
事情がどうあれサラが今自分たちと敵対していることは事実だし、それを疑いつつも具体的な行動を起こさなかったことは彼女の非だ。
……いや。むしろ彼女の方が、この国では普通なのかもしれない。
血統魔法の力が強いものの意見に絶対的に従い、疑うこと、逆らうことを悪とする。
何故なら、そうすれば国が回るからだ。
この国における最大の脅威である魔物。それを効率よく倒せるものに多くの権限を与えるのが合理的だと。
そう考えると、むしろ……
「カティア様の方が、この国では珍しいほどに高潔なのかもしれませんね」
「はい。でもわたしは……そんな真っ直ぐで優しくて、自分の意思をきちんと通そうとするカティア様を、今も尊敬しています。だから……」
「分かりました。伝えておきましょう」
エルメスは立ち上がる。聞きたいことは聞けたし、サラも落ち着いたようだ。これ以上長居する意味はない。
「……ああそうだ、サラ様」
「は、はい?」
けれど、最後に一つだけ。初めて彼女の名を呼んで、エルメスは言葉をかける。
「理由がどうあれ、貴女がカティア様を陥れることに加担したのは事実。僕としては、そこを有耶無耶にするつもりはありません」
「……はい」
「でも、今の話を聞かせてくれたお礼です。僭越ながら一つだけ、アドバイスをさせていただきましょう」
「アドバイス……?」
小首を傾げるサラに、エルメスはぴっと人差し指を立て。
「貴女は、人の心の力を甘く見ていると思います」
「心の、力……ですか?」
いきなり何を言っているのだと思われるかもしれないな、と心中で苦笑する。
普段、彼はこういうことは言わない。
考えも行動も、その人自身が決めることだ。エルメスはその手助けこそするときはするが、あくまで意思は当人に委ねる。
けれど……きっと、サラはその真逆を行っている人間だからだろう。エルメスはそう思いつつ言葉を続けた。
「あくまで今の話を聞いての印象ですが……貴女はきっと、自分の心を軽んじられています。無いものだと。或いは取るに足りないもの、無視して良いもの。──自分は自分のものではなく、自分如きどうなっても良い、と」
「!!」
サラが目を見開く。その反応を見るに、きっと心当たりがあったのだろう。
「で、でも……わたしはカティア様とは違います! カティア様や、きっとあなたのように……確かな意思を持てるほど、強くはない……」
「そんなことはありませんよ。だから言ったのです、甘く見ていると」
軽く歩き、王都の景色に目を向ける。
「心、つまりは想い。その力は誰もが持っていて、誰もが思うより強いもの。人の想いが人を育み、世界を発展させ──
「え……!?」
彼女の常識からすると信じられない言葉だろうが、エルメスが自信満々で言っていると分かったのだろう。よく分からないけれど確かな説得力に押され、否定することができなくなる。
「だから、貴女の中にもあります。植え付けられたものでも強制されたものでもない、貴女だけの想いが」
「……」
「それに従ってみるのも悪くないものです。そうすれば案外上手くいくかもしれない。そうすれば……きっと貴女は、もっと素敵になれる」
「……ふぇ!?」
黙って聞いていたサラだったが、最後の言葉を耳にした瞬間ぽんっ、と一瞬で顔を真っ赤にする。
同時に気付く。流石に今のは言葉が強すぎたと。
「す、すみません。口説いているように聞こえてしまいましたね。そんなつもりはなかった……と言うと失礼になってしまいますが」
「だ、だいじょうぶです……」
「ああでも、本心ではありますよ。貴女の心が綺麗だと思わなければこんなことは言いませんから」
「は、はい!」
うん、これ以上は言葉を重ねても変な空気が加速するだけのような気がする。
それに、今の話を聞いても十分分かった。やっぱりアスターは、自分にとって否定すべき存在。もう迷いはいらない。
そう考えたエルメスは、礼もそこそこにその場を立ち去ろうとするが。
「あ、あの!」
しかし、そんな彼の背に向けて声がかけられて再度振り向く。
目線を向けた先でサラが、先ほどと違って意を決した様子で問いかけた。
「仮にわたしが……わたしの心というものに、従ったとして」
「はい」
「それがもし、あなた達と対立するものだった場合は……どうするんですか?」
「決まっていますよ」
一瞬の迷いすら見せずに彼は答えた。
「その時は、正々堂々戦いましょう。お互いの想いを魔法に乗せて。──そのために、魔法はあるんですから」
返答は聞かず、今度こそエルメスは立ち去る。
「……なんで、そんなに」
後には、未だ先ほどの余韻かそれ以外の要因か、微かに頬の赤みを残したサラが呆然と佇んでいるのだった。
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