第2話ー② 「どうにかなるさ」
あたしの自宅に到着すると羽月は少し落ち着かない様子だ。
無理もない。友達の家に来るなんて、初めてかもしれないのだから。
あたしは扉を開け、いつものようにただいまと叫んだ。
「お邪魔します」
「どうぞどうぞ、狭い家だけど、ゆっくりしてって!」
下駄箱に靴を綺麗に並べ、家に上がる羽月の姿は何処か、儚げで何処か、今にも崩れてしまいそうに思えた。
「おかえり、晴那」
いつものように、あたしの兄こと、旭にーちゃん(高1)が現れた。
「ただいま、にーちゃん」
「いきなり、申し訳ありません。その暁さんの」
「聴いてるよ、上がって行って。汚い家だけど、ゆっくりしてってね」
「はい」
羽月の表情はやはり、強張っていた。慣れない場所に放り込まれたら、そうなっても無理ないのかもしれない。あたしは違うけど。
部屋に案内し、扉を開いた。
「どうぞどうぞ、狭い部屋だけど、ゆっくりして」
あたしは無言の羽月を部屋に誘い入れ、地べたに座って行った。
あたしは机の引き出しから、テストを取り出した。
「これがあたしのテストです」
あたしは取り出したテストを羽月に渡した。
すると羽月の表情は徐々に曇って行った。
「こんなんで、よくこれまで生きて来たわね」
「あたしには陸上があるからね」
「そういう問題ではなく」
「そんなことより・・・」
「ん?」
「なんで、私はあなたの家にいるの?」
「テストの点数忘れてたし、友達なら、誘ってもいいかな?と。それに先生には、これからお世話になるから、ワイロ的な?」
「あはははは。面白いこと言うわね」
羽月の感情の籠っていない笑い声に、あたしはぐうの音も出なかった。
「親御さんには連絡したんでしょ?今日は遅くまで、勉強しようよ」
「ダメよ。今日はこれから帰るわ。門限もあるし、遅くなって、警察官に補導されたくないし」
「じゃあ、何でついてきたの?今日は何で、あたしと一緒に家に来たの?」
「知らないわよ!大体、テストの点数位、覚えておきなさいよ!こっちの台詞よ」 泣き腫らして、益々情緒が狂ってる羽月の表情はいつになく、険しく見えた。 彼女なりに、考えがあってのことだろうが、申し訳ないことをした。
「なんか、ごめん」
「いや、そういうつもりじゃ・・・」
「今、メッセージが」
羽月のスマホから、通知が来たようだ。
「なんか、勉強教えてもいいみたい・・・」
「いいご両親だね」
「過保護なだけよ」
素っ気ない態度をとっているのが、何とも分かり易い。
「それで、何を教えてくれるの?」
「その前に、あなたが」
あなた呼びの羽月をあたしは少し踏み込んでみようと思った。
「晴那、あなたじゃないよ」
「だから、その、今は勉強を」
「晴那」
やり過ぎと分かっていても、あたしは自分を止められなかった。
「い、いまはそこは重要じゃないわ。とりあえず、一週間で出来ることは少ないわ。暗記出来る所は暗記するしかない。それ以外も出来そうなら、其処は教えるから」
「分かった。範囲教えて」
あたしの素直過ぎる言葉に、羽月の形相は鬼と化していた。
「範囲位、ちゃんと把握しておきなさいよ」
急に扉が開く音がした。
「ねぇーちゃん!」
「晴那!」
急に飛び込んで来たのは、三男の甘えたがりの遥(小4)と次男の態度のデカい涼(小6)というあたしの弟二人である。
「涼、遥、ねぇーちゃんは勉強するの!邪魔しないで」
「したって、無駄だよ。晴那はゴリラだし」
涼の言葉にあたしは少しばかり、かちんと来たが、気持ちを抑えた。
「ゴリラ、馬鹿にしすぎだろ。ゴリラはな、力は強いけど、賢いんだぞ。森の賢者って言って、優しい生き物なんだぞ」
エプロン姿の旭にーちゃんが2人を止めに現れた。
「知らねぇーし」
「言ったの朝だしな」
二人とも、まるで他人事のようだった。
「ごめんね、勉強の邪魔しちゃって。どうか、うちのバカを宜しくお願いします。ほら、いくぞ」
「えぇー、〇プラやるって、言ったのに」
そういえば、今朝言ったことをあたしは思い出した。
「ねぇーちゃん、一応頑張ってねぇ~」
にーちゃんは2人を強制的に追い出し、その場はまたしても、2人っきりになった。
「なんか、ごめんね、騒がしい家で」
「いいのよ、別に」
羽月の表情は分かり易い。彼女のことは何も知らないけれど、何処か、楽しそうにしていることが、見ているだけで分かった。
「それより、今は勉強よ、勉強。とりあえず、漢字から始めましょうか」
切り替えるように、緩んでいた羽月の表情は引き締まり、あたしと羽月は勉強をすることにした。
「はい、先生!」 その後、あたしの杜撰な勉強方法にガチギレした羽月による指導は白熱し、二時間に及ぶ講習が幕を開けたのだった。
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