蛇神様(メデューサ)は見つめ合えない

真夜ルル

第1話前半

 数羽のカモメが空を飛んで、ギラッギラと暑苦しく光る太陽に照らされています。

 白神島に向かってくる旅客船を横切り、広い海のどこかにいなくなってしまいました。

「いらっしゃいませー!」

 新垣御波。十六歳。

 私はいま祖父の新垣商店を手伝っています。

 こんなあっつい時間帯にわざわざ接客をしなくてはならないなんて、どんな拷問なんでしょうか。

 まだ私は高校生なのに。

「あら、御波ちゃん。偉いわねお手伝い?」

 見覚えのある一つ銀歯のおばあさんが、干からびそうな日向など一向に気にしてなさそうな笑顔をした。

「あはは、そうなんです。夏休みの間だけですけど」

「確か前は春休みの時だったわね。長期休暇になると白神島にまで来てお手伝いするなんて。新垣さん、良い娘さんを持ったわね」

「まあ、特にする事もないので暇つぶしみたいなもんです……あはは」

「そう? でも御波ちゃんくらいの年代の子はやっぱり夏休みは遊びたいじゃない? ほらデートとかさ? 御波ちゃん可愛いし彼氏の一人や二人はいるんじゃないの?」

「え、恋人ですね。まあ、どうですかね。正直面倒くさそうだしいなくても良いんですけど、いたらいたらで楽しいんですかね」

「そりゃそうよだって──」

 銀歯おばあさんとの世間話におよそ三十分くらいが経過し、そろそろ相槌をうつのにも疲れてきた頃におばあさんは日焼け止めクリームを一つ買って帰っていきました。

「……私だって遊べるなら遊びますけど」

 ポロリ、と口が滑り毒を吐いた時でした。

「あーすいませんね、新垣健二さんはいらっしゃいます?」

 二人組の黒服を着た男女が立っていた。

 見るからに、ザ・仕事人、と言う感じだ。

「新垣健二は祖父ですが……現在外出中で私しかいないんですけど」

「あー君は?」

「孫です」

「ふーん。あーじゃ君でも良いや」

「?」

「あー、うん。こっちきて」

 黒服の男は咳払いを一度してから後ろの方に手招きをしました。

 明らかに客の面をしてませんでしたので少し不安を感じ最悪の場合はこの店を見捨てた逃げ出そうと決意しました。

 すると少し間を空けてから異質な雰囲気を纏わせる女の子が二人の前に歩いてきました。

 パッと見は白紫色に髪を染めた私と同級生くらいの華奢な体型の女の子……なんですが。

 どう言うわけか、後ろに結んだ髪の先端をよく見てみると赤き点と線のような物がところどころにあり、それぞれが独立してまるで蛇の顔のようになっているのです。

 いえ、蛇。

 蛇になっていますね。これ。

 髪のように蛇を生やしてポニーテールにしているようです。

 そしてその蛇達はポニーテールをしている為にヘアゴムで締め付けられて呻いてますね。

 これって一応女の子ではあるでしょうけどなんですかね。

 なんと言うか、ちょっと違うと言うか、変というか。

 えーと……コスプレ、ですかね?

 にしては随分とリアルなんですよね。

 皮膚の感じとか。

 見れば見るほど質感がサラサラした髪ではなく、体毛のない蛇の皮膚。

「よろしく」

「えっと、そのよろしくって言われても……」

 私は黒服の二人組を見ました。

 しかし、二人は首を振りました。

「あー、よろしくと言ったのは私たちではありません」

「え」

 私は二人の前に立った不思議な女の子を見ました。

 前髪、いや前蛇? が伸びており目が見えない。

「……」

 この子が言ったのでしょうか。

 やっぱりコスプレですかね?

 黒服の男は再び咳払いをしたので私はまた目を向けました。

「これは、メデューサです」

「は?」

 驚いた私は思わず反射的にメデューサと呼ばれた不思議な女の子の方を見ました。

 ちょうど女の子の前蛇はグネっと上に体を反らして女の子の瞳が現れました。宝石のような蒼き瞳。海を凝縮してまるまる埋め込んだみたいな深い蒼さを秘めているようです。

 ──確かメデューサと言えば目を合わせれば石化するってやつですよね。

 ってことは目を合わせたら不味くないですか?

 え。

「…………」

 彼女の蒼き瞳に吸い込まれるように私の身体の力は少しずつ抜けていき、次第に硬直して気がつけば石に……

 私は思わず仰け反って顔を隠すように後退しました。

 そして尻餅をつきました。

 痛い。

 ──あれ。

 尻餅をついた痛みを感じながらも疑問に思いました。

 石化されていれば動けないのではないでしょうか。

 と言うことはもしかして。

「なってない……」

 見た目も石になってないし、身体の隅々まで言うことが効きます。

 確かに見つめ合ったはずなんですが。

「あの」

「いや!」

 唐突にメデューサと呼ばれた不思議な女の子は両手で顔を隠してそっぽを向きました。

 そして。

「こんなにも長く目が合っちゃった! 嬉しい……」

 んん?

 これは?

 私は助けを求めるように黒服の二人組に視線を送りました。

「……あー、メデューサです」

「あの……嘘ですか?」

「いえ、正真正銘メデューサです。しかし──」

 黒服の男はメデューサの女の子の方に目をやり言いました。

「怠惰な暮らしをしていたせいでメデューサとしての機能が使えなくなったメデューサです」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

蛇神様(メデューサ)は見つめ合えない 真夜ルル @Kenyon_ch

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ