竹原家



彼女の過去を見てから思い出した。


以前トーマの過去を見た時、彼女を見た。




その過去で、必死に──。




「どうぞ、お座りください」




目の前の椅子を指して言う。


遥香さんはまだ完全に信じ切ってはいないようで、表情から迷いが見える。


彼女が座ったのを確認してから尋ねる。




「……何を占いますか?」




彼女の悩みを通じて、トーマを聞く。


弟想いなお姉さんならきっと、トーマの話をしてくるはずだと確信に近い思いで。




私はなぜ、こんなにもトーマのことを知りたいのか、今はまだ気付いていなかった。




彼女は少し俯いてから質問に応える。




「家のこと……私と言うより、弟のこと、なんですけど……」




想定内の答え。


それを聞き、私はにこりと笑う。




「大丈夫ですよ。あなたが関わる範囲でなら」




あなたがこれから知る未来。


それなら私も、見えるから。


彼女は、話し始める。




「いつ……家族が元通りになるのか、知りたいです」


「元通り?」


「……和解、の方が適切かもしれません。弟が家に帰るその日が、家族の和解の日だと思うのですが……」


「わかりました、見てみましょう」




形だけの水晶玉に両手をかざし、彼女の名前を呼んで視線を誘導させる。






――流れ込んでくるその未来を探る。






ビクッと、私の肩に力が入る。


信じられない、信じたくない、信じたい、信じない、なぜ彼女が……。




私は動揺する。


混乱する。


逸らしたい、でも逸らしたくない未来が見えている。






「……あの、どうかしましたか?」


「……」










流れ込むその未来


崩壊が、始まる。








私は、消える――






未来の中に、私ではない『依鶴』がいた――。




「あの、大丈夫ですか?」




ハッと気が付き、彼女から目を反らす。




冷や汗が頬を伝う。


大丈夫、まだ、大丈夫、暫くは……。




不安を隠し、見たものを告げる。




「時間が、かかりそうです。……弟さんが家に帰ること自体は、半年前後。家族の問題が解決するのはその後になりそうです」


「そう、ですか……。でも、帰ってくるんですね?」




彼女は私に、期待の目を向ける。


それが少し、心苦しい。




「帰りはします、が……大きな荷物を、抱えて行くかもしれません」




トーマが玄関の扉を開く。


肩を抱き寄せて、現れる女。




私と同じ顔をした、女。




「荷物……?」


「はい、大きな大きな、お荷物です」






もうひとりの、『私』。


きっと、トーマは何も知らず、何も疑わず、その罪を背負うモノを受け入れる。


何よりも苦しい選択をするだろう。




幸せを奪うものを──。




「あなた自身のことは、いいんですか?」




頭にある邪念を振り払い、彼女に視線を向ける。


竹原遥香は、少し悩んで、それから言った。




「思い浮かびません」




にっこり笑ってそう言う彼女。


この人は、周りの人のことしか考えていないのか?


自分のことは後回しなのか?




そう考えると、少し寂しく感じた。




「よく恋だったり、お仕事について聞かれますが」


「恋は……暫くいいです。お仕事も順調ですし、後はなにも」




そう言って彼女は席を立つ。


もう、話す事はないと言うように。




「あ、すみません、おいくらですか?」


「こちらからお呼び止めしたので、今回は必要ありませんよ」




彼女を見返すと、「ありがとうございます」とお礼を言われてしまった。


こちらが勝手に……未来を見せてもらったのに。




「少し心が落ち着きました。ありがとうございます」


「いえ、私こそ、急に呼びとめてしまって……」


「急いでいたわけでもないので、大丈夫ですよ」




そう言い、彼女はエスカレーターへと向かって行った。




トーマとは、以ていなかった。


遥香さんは優しくて、人の世話が好きなお姉さんのようだった。


下の二人はヤンチャだから、子供時代は2人の世話で精一杯だったのかもしれない。




いいお姉さんだと思う。




「……はぁ」




ひとつ、ため息をつく。




トーマ、か。


今頃寝てるんだろうな。


どっかのオネーサンも一緒だったりして……さすがにまだないか。




いいな。


寝られるって、いいな。


大きく1つ、深呼吸をする。


私も、眠ってしまいたい。


深い深い眠りについて、ユラユラ、ユラユラ、夢の中を浮遊していたい。




でも、私は怖いんだ。


眠っている間に、私は消えてしまうのではないか。


鏡の向こうの世界と、入れ替わってしまうのではないか。




そう考えると止まらなくて、怖くなる。




消えたく、ない。




「すみません、今大丈夫ですかー?」




そうしている間にも、また一人、未来を知りたい人が来る。


珍しく、男の人だった。




「はい、大丈夫ですよ。どうぞおかけください」


「あ、いや、このままでいーんで」




そう言って彼は机に手をつき、そこに体重を乗せる。




……どういうことだろう?


急いでいる人、なのか?




でも急いでいるなら遊びの部類に入る『占い』をする意味がわからない。




「……構いませんが、何を占いますか?」


「あの、さっき彼女が居なくなっちゃって。どこに居るかわかります?」




私は一瞬、何を言われているのか、理解が出来なかった。




「……え?」


「……え?」




彼女が、居なくなった?


おそらく、ここで。


このショッピングモールの中で。




……迷子という事でいいんだろうか?


それなら相応の対処法を教えてあげるべきだろう。




「それなら迷子センターに……」


「あ、いや、放送してもらったんすけど、来ないんですよねー」




頭をかきながら、『よわったなぁ……』なんて言う男。


こういう……居場所を探す占いは、もちろん初めて。


その上リアルタイムとなると、既に占いではない。


というより、占いのレベルではダメだろう。




──しかし、私がしているのは占いではない。


だからこそ、それがリアルタイムでも過去でも未来でさえも、私は探す事が出来る。




「見てみましょう」


「ホントっすか!?早くお願いしますね」




占いを急かす人も、なかなかいないだろう。




私は、彼の未来を覗く。


流れ込む映像、時間。




しかし……しばらくしても彼女らしき人物は彼の前に姿を現さない。




──どういうことだろう?




心配になり、時を速く進める。


そのまま半年ほど時が進んでしまったので、一度未来を切り離す。




これが現状で出た、未来の『答え』。




「あなたの未来に、彼女はいません」




そう、一言告げた。




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