第16話 贈られた言葉



 王都からバスで二時間、大きな湖を船で渡ること一時間、そして更に乗り継いだバスで山を登って一時間。


 ペルケマリアと呼ばれる山岳地帯は意外にも栄えていて、王都ほどでは無いにしても予想以上に家が立ち並んでいた。物売りのテントにはこの辺りを治める辺境伯の家紋が入っている。


 ダコタはバスの中で荷物を抱えながら、窓の外を見ていた。過ぎて行く街並みの中に、自分と同じような年頃の娘を見つけるとドッと緊張が走る。


(半年も経ったんだもの………)


 この六ヶ月あまりの間にダコタは二度髪を切った。

 顔付きだって多少は変わったし、学生の頃とは服装も違う。なによりも、多少の思慮深さは身に付いたことを自負していた。


 自分としては、もう子供ではない。

 あくまでも自己評価だけれど。




「すみません!このシモンズさんのお屋敷って、」


「あぁ~シモンズ辺境伯様のお知り合い?当主が交代してからあまり出て来ないんだけどねぇ、この一本道を進めば突き当たりがそうよ」


「ありがとうございます!」


 親切な果物売りの女に頭を下げて、ダコタは木々が生い茂る道に歩みを進めた。そよぐ風が色付いた葉っぱの上を撫でていく。


 ブーツを履いてきて正解だった。石畳の道を歩くのにヒールは厳しいし、目当ての人物に出会う前に足を挫いてしまっては困る。


 ペルケマリアは赤いレンガ屋根の家が多く、街並みに統一感があって美しい。空き地のような場所で遊びまわる子供たち、その近くで談笑する母親、物売りのテントを一つ一つ覗き込みながら並んで歩く恋人たち。こんなに穏やかな気持ちでそれらを眺めることが出来るのも、きっと時間が経った証拠だろう。


 考え事をしていたら、目の前に大きな門が現れた。

 青く塗られた門の隣に設置されたベルを押してみる。


(不在だったらどうしよう……?)


 五分待っても何ら変化は無いので、心配になってウロウロと外壁に沿って歩き回る。勝手にここに来れば会えるとばかり思っていたけれど、留守の可能性だってあった。


 ひとまず、軽量化したとは言え場所を取って仕方がない段ボールを地面に下ろす。


 何か魔法を使って中の様子を探ろうか、と思ったものの、せっかく自分の足で来たのだから勿体無い気がした。まだ帰るつもりはないし、近くで宿でも取って休もうか。そんなことを思案しつつ、踵を返したその時。



「ヒューストンさん?」


 随分と久しぶりに聞く声がした。


 ダコタは嬉しくなって門の方を振り返る。

 視線の先では、記憶の中の最後の姿よりも幾分か髪が伸びて背中が丸くなったアルバートが立っていた。驚いた顔で瞬きを繰り返している。


「どうして……なんで君がここに?」


「お仕事です。シモンズ辺境伯様はお得意様なので、私が足を運んで注文いただいた品をお届けに参りました」


「仕事?えっと、あ、その箱は…」


「ネルソン薬花店は私の勤務先なんです」


「あぁ、なるほど………」


 アルバートは納得したように頷いて、ダコタが道に置きっぱなしの段ボールを拾い上げた。軽量化魔法を解くと面白い反応が見れそうだけど、怪我でもしたら可哀想なので、とりあえずその所作を見守る。



「………っていうのは建前です」


「はい?」


「アルバート先生に会いに来ました。先生にもらった卵を、私は上手く育てることが出来たので」


「芽が出たんですか?」


「ええ。とっても綺麗な花が咲きました」


 ダコタは紙袋に入れていた籠を取り出して、中にちんまりと鎮座していた小さな鉢植えを見せた。薄いピンク色の花が秋の風に乗って揺れる。


 アルバートは懐かしむように少しだけ目を細めて、柔らかな花びらを指先に載せた。


「大切にしてもらえたみたいですね、良かった」


「はい。それはもう、先生だと思って熱心にお世話しました」


「………え?」


「毎日毎日、考えていたんです。突然消えてしまった私のパートナーのこと。どうして急に辞めたんですか?」


「……言ったでしょう。僕は研究が好きなだけで人に何かを教えることには向いていません。学生たちも、誰かとの関わりも苦手でした」


 言い聞かせるような声音を聞きながら、ダコタは目を閉じる。風の音とアルバートの低い声は質の良い音楽みたいにダコタの心を落ち着かせた。



「それで……なぜ私にあの花の種を?」


「………ぬいぐるみのお詫びですよ」


「先生がくれたお花の名前を知っていますか?」


 アルバートは答えない。

 強い風が黒い髪を揺らして彼の顔を隠す。


「アルバート先生、私、花が咲いた時に辞典で調べてみたんです。働いているお店に持って行って、店長にも花の種類を確認してもらいました」


 ダコタは一歩前へと進む。足取りは軽く感じた。


 もらった卵が割れて、中から花の種が現れたのを見つけたらすぐにダコタは鉢植えを買った。柔らかな土のベッドに種を寝かせて、毎日せっせと水を与えた。


 そうすると、一週間ほどで芽が出て、暑い夏を静かに過ごした青い芽は秋に入って小さな花を咲かせた。薄い桃色にも見えるし、花びらの場所によっては紫や白にも見える花。


「先生、ご存知でしたか?あれは季節外れのリナリアです」


 目の前に立つアルバートを見上げた。

 深い碧色の瞳は今、ダコタを映している。



「花言葉は、この恋に気付いて」



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