第15話 ピーター





「ダコタちゃん!週末は旅行に行くんだって?」


「はい。辺境に住む知り合いを訪ねに」


 よく日に焼けた腕でガッツポーズを作って、雇い主のトロントは「楽しんで来いよ」と笑顔を見せる。


 ダコタは魔法学校を卒業後、小さな花屋に就職した。

 薬の調合に使われる特別な力を持つ植物を扱うその花屋は、個人の店でありながら一流の魔法使いや専門機関からも注文が入る名の知れた店だ。


 店長のトロント・ネルソンの人柄も良く、ダコタは花売りの仕事を気に入っていた。就職してまだ半年ほどだが、トロントからは店の看板娘として太鼓判を押してもらっている。



「店長、辺境に行く際に、例の大口注文の配達をして来ても良いですか?」


「え?良いけど、ありゃ結構重いぞ?旅行の邪魔になるんじゃないかな」


「大丈夫ですよ。少し魔法で軽くして行きます」


「そういえば魔法学校の出だったなぁ!頼もしい魔女さんが居てうちはラッキーだ」


 ニコニコと上機嫌になるトロントに頭を下げて、ダコタは店の裏手へ回り込む。


 たくさん積み重なった段ボールの中から、目当てのものを探り当てて思わず笑顔を溢した。箱の上面に貼られた注文者の名前を指でなぞる。


 どんな顔を見せてくれるのだろう?

 また部屋の掃除をする必要があるかもしれないし、軍手は自分で用意して行くべきかも。週末の予定を考えながらダコタは四角い箱に軽量化の魔法を掛ける。複雑な魔法は時間が経つにつれて忘れてしまったけれど、生活に便利な魔法ぐらいはまだ使えるので安心する。


 ダコタはトロントに別れを告げて、店を後にした。




「ただいまー!」


「おかえり、ダコタ!ピーターがとうとう出産したのよ!貴女にも電話しようか悩んだんだけど、お仕事中だと思って……」


「まぁ!がんばったのね、ピーター……!」


 家に帰るなり興奮した様子で報告する母の隣には、くったりと横になる愛犬の姿があった。


 父は仕舞い込んでいたカメラを片手に、ピーターが産んだ三匹の仔犬の写真を撮っている。数ヶ月前に腹痛で病院へ運ばれたこの犬が、実はメスで、ご懐妊であったとはあの時ヒューストン男爵家の誰も想像していなかった。



「それで、お前は明日から辺境へ行くんだろう?」


「ええ。来週には戻ると思うわ」


「辺境なんて何も無いのに、若い女が一人で行って大丈夫かい?父さんと母さんも行こうか?」


「いいえ、今回は一人で大丈夫」


「今回?」


「次があったら一緒に来てほしいの」


 首を傾げる父と母を見比べて、ダコタはしゃがみ込んだ。大きな仕事を終えたピーターの背中を撫でる。一緒に育ってきた愛犬が母になったことは、ダコタにとっても感慨深い。それだけ時間が流れたということ。


 着替えてくる、と声を掛けてダコタは自分の部屋へ引き上げた。



 十八年の時を過ごした自室。

 クランベリー色のカーテンが掛かった窓からは夕日に焼けた空が見える。その光を受けて、ひっそりと首をもたげる小さな花の方へ歩みを進めた。


「……こんなに綺麗な花が咲くなんてね」


 明日からの旅行に連れて行きたいけれど、バスの揺れは大丈夫だろうか。ダコタは用意していた籠に鉢植えを入れてみる。周りを詰めて固定すれば、移動にも耐えられそうだ。


 トランクケースを開いて衣類や化粧品などを放り込んで行く。辺境に住む変わり者の学者は、どんなタイプの服装を好むのか。誰だか分からないと困るから、化粧は薄い方が良いかもしれない。


 爪先からワクワクした気持ちが駆け上がる。

 夕食を知らせる声を聞いて、ダコタは階段を駆け降りた。






◆注釈とお詫び


ピーターは半年掛けて出産していますが、通常の犬は二ヶ月ほどで出産するようです。何も考えずに書いてしまったので「この世界ではそうなのね、ふぅん」ぐらいの気持ちで流してください。すみません。


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