第10話 意外な才能
結局、アルバート・シモンズの個人宅における大掃除は二時間を要した。
未開封の段ボールの中身は用途別に分類されて、無造作に積まれていた本や書類はそれぞれ緊急性によって適切な場所に片付けられている。
窓の外に干した洗濯竿にパタパタと揺れる真っ白な白衣を見て、ダコタは大きな満足感に包まれていた。こんな気持ちになったのはボランティアで海岸のゴミを拾う活動に参加したとき以来だ。きっとこれも人助けの一種だろう。
「このクリーンな状態をキープしてください」
「………ベストは尽くします」
無理矢理開始された清掃が不満だったのか、口をへの字に曲げたアルバートはそっぽを向いて答える。教師らしくない受け答えにダコタは思わず吹き出した。
「先生ってやっぱり変わり者ですね!」
「教師なんて変わり者の集まりですよ。まともな感性を持っている人間がなる職業じゃあない」
「アルバート先生が言うと説得感あります」
まだクスクスと笑い続けるダコタを一瞥すると、アルバートは机の上に置かれたレコードを何枚か持って来る。
「今年の課題曲です。スローテンポなものとアップテンポなもの、どちらが良いですか?」
「私も先生もあまりこういったダンスは得意じゃないと思うので、スローテンポでいきましょう。冒険はしない方が良いと思うんです」
「分かりました」
アルバートは頷いてレコードを一枚引き抜くと、窓際にある蓄音機にセットする。
ゆるやかに流れる曲に身体を揺らしていたら、ふいに大きな手が差し出された。ダコタはびっくりして手の持ち主を見上げる。
「練習するんでしょう?時間がありません。ただ曲を聴いているだけでは上達しない」
それはもっともなので、黙って手を取った。
基本の動きを思い出しながら音楽に合わせて動く。
意外なことに、たどたどしいダコタの動きとは対照的に、アルバートはスムーズに足を進める。このあまり社交的でなさそうな教師は、いったい何故こんなにもダンスが上手なのかしらとダコタは首を傾げた。
(実は踊りが趣味だとか……?)
考え事をしていたら足がもつれて身体のバランスを崩した。あわや床に激突、というところでアルバートに引っ張り上げられる。ダコタは呆然としつつ、自分を救ってくれた家主に礼を伝えた。
「すみません……ぼうっとしてました」
「気を付けてください。誰かさんが掃除してくれたお陰で、クッション代わりになりそうな埃やゴミはもうありませんので」
「………埃の山に突っ込むぐらいなら、床で顔面を強打した方が私はマシですけど」
ムッとして言い返すとアルバートはわずかに口角を上げる。
伸び放題の黒髪の下で碧色の瞳が細められて、ダコタはうっかり「気にするほど変な顔ではないのに」と思った。彼自身がコンプレックスに思うほど、顔の造形がおかしいわけではない。
「もう一度最初からやりますか?」
「あ、はい……お願いします」
ゆったりとしたピアノの演奏から始まる課題曲は、例年通りプリンシパル魔法学校のワイズ・ミドルセン校長自らが選んだものらしい。芸術的なセンスはあまりないけれど、ダコタにとってその曲は、何かの始まりを期待させるような明るい曲に思えた。
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