第9話 汚部屋へようこそ
来たる土曜日。
ダコタはいつもより地味な茶色いワンピースにヒールのないペタンコのバレーシューズ、顔を覆う大きな帽子を被って街外れにある小さな一軒家の前に立っていた。
ヒューストン家のお屋敷に比べたら小さいけれど、アルバートが一人で住むには大き過ぎる気がする。プリンシパル王立魔法学校の教師たちが、いったいいくらの月給をもらっているかなど子供のダコタが知ることではないが、まだ若い彼にここの家賃が払えるのかしらと要らぬ心配をした。
(約束の時間だから良いわよね………)
思い切って呼び鈴を押す。
三分ほど経過してから、玄関が開いて用心深そうな表情をしたアルバートが顔を覗かせた。笑顔で手を振ると「止めろ」とジェスチャーで示しながらこちらに歩いて来る。
「居留守を使われるかと思いました」
「そうですね、僕も出来ればそうしたかった」
げんなりした声でそう言って、門が開錠される。
白衣を着ていないアルバートはなんだか新鮮。
人目を気にしながら入り口まで案内するアルバートの後ろを歩きつつ、ダコタは庭の様子を観察する。男の一人暮らしにしては花やら木がきちんと手入れされている印象を受ける。誰か雇っているのだろうか?
「あまり片付いていないですけど」
「あ、いえいえ。こちらが押し掛けて来たので……」
謙遜に対する受け答えの正解を引き出していたダコタは、入り口から伸びる廊下を見て固まった。
左手には窓を塞ぐように積み重ねられた本の山、右手にはいつ届いたのか分からない段ボール。未開封のものも多く、おそらく家主は中身を認識していないと思われる。
ダコタは大人たちが使う「建前」であったり「謙遜」を理解しているつもりだったが、ここまで本当に言葉通りの説明を受けたことがなかった。
アルバート・シモンズの家は片付いていないどころか、放っておくと何か別の生命が発生してしまいそうな気配すらある。つまるところ、それは完全に汚部屋だった。
「………先生、長くこの家に住まれてるんですか?」
やっとの思いで繰り出した質問に、アルバートは首を傾げながら「まだ半年ほどですね」と答える。半年でここまで汚くなるなら、彼が以前住んでいたというアパートメントはいったいどうなっていたのか。そんな場所に足を踏み入れることなく追い返された女子生徒は、ある意味幸福だったかもしれない。
「決めました。先に片付けましょう」
「え?」
「こんな場所でダンスの練習は出来ません。計画外ではありますが、いったん踊りは置いておいて、先生のお家の美化に協力いたします」
「頼んでないんですが」
「先生は若い乙女をこんな場所に迎え入れる気ですか?」
「………君が勝手に押し掛けて来たんでしょう」
物言いたげなアルバートを隅に押しやって、私はその辺に落ちていた箒を拾った。
綺麗な見た目はきっと、綺麗な部屋から。彼がなんとなくだらしなく見えるのは白衣が薄汚れているせい。白衣が汚れているのはきちんと洗濯がなされていないため。であれば、快適な生活が送れる環境を整えれば良い。
「掃除には自信があります。最近も断捨離をしたので」
捨て去ったエディとの思い出の数々を考えながら、私はムンと胸を張る。くしゃくしゃの髪の下で明らかに不快そうな表情を浮かべるアルバートに指示を飛ばしながら、ダコタは大掃除の幕を切った。
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