第3話 七日ぶりの登校
気分は明るくなかった。
学校に行くと決意してからというもの、心臓がバクバクして十分に眠れなかったし、エディに会ったときに言うセリフを何度も考えたせいで脳も疲弊している。
ダコタは虚ろな顔でロールパンを齧った。
両親が視界の隅で顔を見合わせている。
「ねぇ、学校の前まで一緒に行きましょうか?」
「それは名案だ!私も同行しよう!」
「お父さんはピーターを動物病院へ連れて行く約束でしょう?こういうものは女同士の方が良いのよ」
「しかし、何か心の支えになりたくて……」
そこまで言ってハッとした顔で父デニスは自分の口を覆った。まるで失言をしたような反応だ。
ダコタ自身、二人が可哀想な一人娘に気を遣っていることはよく分かっていた。あんなに名前を出していたエディのことを一切語らず、泣き腫らした目で朝食を取っていたら誰だって気の毒に思うだろう。
恋人と別れたことは、すでに伝えていた。
両親はショックを受けた顔を一瞬だけ見せたけれど、母ミーアに至っては「男なんて星の数ほど居るものね!」と励ましのような声を掛けてくれた。
だからダコタもその言葉を支えに前を向こうと思っている。実際、星の数ほど男が居ても相手がエディでなければ意味はないし、星の数ほどの中からまた自分を好きになってくれる人を探すのは酷く遠い道のりに思えたのだけど。
「お父さんもお母さんも、心配し過ぎです。私は大丈夫ですから、どうか二人ともピーターに付き添って」
そう言って微笑むと両親はもう何も言わなかった。
ダコタは朝食を食べ終えると席を立つ。
そのまま窓際まで歩いて行くと、幸せそうに目を閉じて太陽の光を浴びる愛犬に近寄った。ピーターと名付けられたこの犬は雑種の大型犬で、美しい金色の毛並みがライオンのようだ。
ピーターは数日前から食欲が落ち気味で、母曰くお腹の調子が良くないらしい。動物病院の予約がやっと取れたから、今日は診療を受ける予定だった。
「それじゃあ……もう行くわ。また夜に」
「あぁ、ダコタ。気を付けて行ってらっしゃい」
二人に別れを告げて部屋を去る。
自室に戻って必要なものを詰め込んだ鞄を持つと、ずっしりとした重みにまた少し心が沈んだ。今日に限って一番遅い六限まで授業がある。帰る頃にはきっと気の早い一番星が空に輝いていることだろう。
エディはこの一週間、どうしていたのか。どんな気持ちで彼が過ごしたのか、知りたいような知りたくないような、複雑な胸中だ。少しで良いから悲しんでいてくれると、良いのだけれど。
長い間お世話になっている運転手のベンジャミンは口数少なく、いつも通りの安全運転でダコタを学校まで送り届けてくれた。
プリンシパル王立魔法学校。
朝会の時間が迫っていることもあって、慌ただしく駆けて行く生徒が多い中を、ダコタも背筋を伸ばして歩く。
(………大丈夫……大丈夫よ、)
ただ恋人と別れただけだ。
世の中にはいつもニュースが溢れているし、休んでいた間に新しい目玉となる噂話が花開いている可能性だってある。何かを誰かに聞かれたら、エディだって助け舟ぐらいは出してくれるかもしれない。
そんなことを考えながら、クラスの扉を開けた。
クリーム色の扉が半分開いたとき。
誰かが小さな悲鳴を上げたのが聞こえた。
「あ、えっと……おはよう」
シンと静まり返った教室の中で、挨拶は返ってこずに見知った生徒たちは気不味そうに目を逸らす。何人かはカーテン脇にある机の方を振り返った。
それは、エディの席だった。
今までいつも、その場所でお昼を持ち寄って食べたり、休み時間には話をしていたからよく記憶している。エディの隣の席のマックは、善意で椅子を貸してくれていた。
「………え?」
だけど、今日はその場所には違う女の子が座っていた。
優雅に波打つピンクブラウンの髪を見て目を見開く。
ダコタの頭の中でいくつかの可能性が導き出されて、やがて思考が停止した。頭がバカになったのでなければ、元恋人の隣に腰掛けて、顔を寄せ合っているのは友人のルイーズだったのだ。
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