波の音に包まれて

霜月

波に運ばれる想い

 海へ行こうと思った。



 日々の慌ただしさを感じたり、精神的に疲れてくると、海がみたい、そんな気持ちになる。海は特別な場所。島国でありながら、そんな安易には来れない。でも、何故だか潜在的に身近なものに思える。



 親しみやすい。



 歩くたびに砂浜が沈み、歩きづらい。サンダルは邪魔だ。サンダルを脱ぎ、片手で持つ。砂の感覚が足の裏に広がる。



「思ったより、綺麗ではないな」



 青く澄んだ海を思い描いてきたが、少し違ったようだ。以前来た時はもっと綺麗だった気がした。それでも波の音が僕の心をリラックスさせ、日頃のストレスを溶かしていく。



「座るか」



 波打ち際に腰を下ろした。波が打ち寄せたり、引いたりする。そっと海水に手を触れる。冷たい。僕は彼女と喧嘩したのだ。仕事の忙しさで、蔑ろにしてしまった部分もあるが、だからといって、あんな風にいうことはなかったと思う。



 反省している部分はあるが、仕事の理解が甘い彼女を許せない部分もある。まだ戻りたくはない。



「ねぇ。どうしたらいいと思う?」海に問いかける。



 ただ、波が押し寄せてくるだけ。それが僕には早く彼女の元へ戻れよと言っているようにも思えた。嫌だね。



 胎内回帰。

 海に行くということ自体、その表れ。母親の胎内へ戻りたいという感情を指すことだ。皆が温かく包まれたいというリラックスさを海に求めている。



 怒りと自己嫌悪が混ざり合う汚い脳内。そして口も聞かない、目も合わせない、殺伐な雰囲気が流れている、そんな僕らの関係を一度リセットしたい。海に行けば全てなくなるかもしれない。そんな甘い考え。



 なくなるはずなんてないのに。



「それにしてもあたたかいな」



 柔らかな陽の光が僕を優しく包む。しばらくすれば、日も落ちてくるだろう。陽の暖かさが自己嫌悪で落ち込んだ気持ちを少し晴らす。現状、なんの解決もされていないが、戻ろうかな、なんて少し思える。



「いやぁ、でもなぁ」人差し指で砂浜に字を書く。



『ごめんね』



『別れようなんて、嘘だよ』



『愛している』



 僕の本音。言いたい気持ち。



 波が僕の書いた字を静かに運んでいく。時間をかけて、少しずつ消し去っていく。段々見えなくなる、僕のメッセージ。



 こんなの、言わなければ、伝わらない。分かってるのに。でも言えない。愛してるのに、その時の感情で別れようなんて言った自分はなんて浅はかなんだ。



 本当に別れることになったら、どうするんだ。

 一度発した言葉は取り消せれない。



 目から涙が落ちる。涙も僕の弱さも浅はかさも波の音が全てかき消してくれる。視界に広がる海が、音を立て、僕を励ます。



「もう、ばかじゃないの」後ろから華奢な腕が回り、抱きしめられる。



 あぁ、波が僕の想いを届けてくれた。ありがとう。そうだよ、馬鹿だよ、僕は。結局、また君の方から来させてしまった。



「いつからそこに?」

「さぁ~~」彼女は僕の隣に座った。

「はは……」謝らなきゃね、ちゃんと。



「ごめん。別れようなんて嘘だから。愛してるよ」首筋から髪の毛に手を入れ、頭を触る。頭の後ろから軽く押して自分の顔に近づけた。唇を重ね合う。



「そんなこと、分かってるよ。じゃないと海へ行こうなんて思わないよ。ほら、帰ろう」彼女は立ち上がり、手のひらを見せた。



 小さな手に、手を乗せる。自然に指と指が絡まる。僕と彼女が初めて出会った想い出の海。押し寄せる波に足を濡らしながら、波打ち際を歩いていく。



「今日、晩ご飯何食べたい?」

「ぇえ~~そうだなぁ……」



 今日の夕飯のメニューを彼女と決めながら帰路についた。






 あとがき。

 「海へ行こうと思った。」書いてください企画。海へ行こうと思った理由は男にとって、結局なんだったのか。


 彼女との思い出の場所。ここに来れば彼女が来てくれるかもしれない。そんな気持ちで海へ来たのかもしれない。

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波の音に包まれて 霜月 @sinrinosaki

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