第8話 孔鈴麗

 冷厳宮の地下通路にて遺体を偶然発見してしまったふたり。検視を終えた飛龍フェイロン灯翠ヒスイの問いに、声を落とし答える。


「このお方は、孔鈴麗コウリンリー様」


「えっ! どうして彼女がこんなところに?」


 龍望ロンワン皇帝が雷鳴宮に住まわせたいと言っていた人物である。


「死後10日前後は経っている」


「そ、そんなに?」


「ああ。日の当たらぬ地下であったことと、この安定した冷たい空気によって腐敗が遅れたのであろう」


 手燭てしょくの炎が揺れる。鉄の扉の隙間からわずかながら、風が吹き込んできたのだ。


「風を感じるということは、出口が近いということだ」


「それはそうだろうけど……」


「いつものようにこの扉を解錠することは可能か?」


「それよりも……」


「お主の言いたいことは分かっておる。孔鈴麗様は殺害されここに運ばれた。そしてその犯人に繋がる手がかりがこの先にあるやも知れんのだ」


 ひとつしかない手燭が手渡された。


 灯翠はなんとか自力で立ち上がり、手燭の明かりを頼りに鉄製の扉につけられた鍵穴をのぞき込んだ。


「鍵穴の周辺に、こじ開けようとした真新しい傷があるぞ」


 そう言って、難なく鍵を開け扉を開く灯翠だった。


「お主はこういうときに重宝する。背負ってきた甲斐かいがあったというものだ」


「おい。ひょっとしてあそこに置いてくつもりだったのか?」


「さぁ?」


「や、止めてくれ。あんなところでひとりにされたら死ぬぞ」


「なんとも大袈裟だな」


(大袈裟なもんかっ)


 扉の先には短い通路があり、その先からは光が差し込んでいた。


 ただし、外にはまだ出られない。頑丈な鉄格子がめ込まれ行く手をさえぎっていたからだ。その開閉部分にはびだらけの海老錠がつけられ、そこにもまた同じような真新しい傷跡が残されていたのだった。



「これも解錠するのか?」


「いや開けなくてよい。後宮の外に出られるということがわかっただけで十分な収穫だ。これで、冷厳宮の幽鬼話の真相が、龍輝ロンフゥイ皇帝によってこの地下通路から上級妃を逃がすためのものだったと証明できる。つまり、龍輝皇帝の思惑おもわくは見事に成功したということだ」


「なるほど。それで幽鬼の正体が不明のままだったのか~」


「お主、なにを言っておるのだ?」


「だってそうだろう。大罪を犯し冷厳宮に閉じ込められ神隠しに遭った上級妃がどこか別の場所で見つかったら幽鬼の正体が噂話に加わるはず」


「言われてみればたしかにそうだな。よいところに目をつけたようだなっ」


 灯翠が頭を前に差し出す。


「ん? なんの真似だ?」


 肩透かしを食らう灯翠だった。


「い、いやなんでもない。昔から後宮って怖いところだったんだなぁてっ。あはは」


 乾いた笑いと適当な相槌あいづち誤魔化ごまかす。


「お主も気をつけろよ。陰謀渦巻く後宮などと揶揄やゆされることも多いのだ。それを考えれば、シン妃様とホン妃様は運がよかったほうなのかもしれん」

 

「うん。……で、このあとはどうするんだ?」

「来た道を戻る!」

「え〜~」


 不満たらたらだっだ。

 鉄格子のその先に見える平原はすでにだいだい色に染まっていた。


「ちょっとだけ時間をもらいたいんだけど」

「かまわんが、なにをする」


 灯翠は飛龍の質問には答えず鉄格子の鍵を開けると、平原に咲く野花をんですぐに戻って来たのだった。


「お主、それはなんのつもりだ?」


「どうせ来た道を戻るなら、鈴麗に花でも添えてあげたいな〜って思って」


 そう言いながら、再び海老錠に鍵をかけた。


「これでよしっ!」



 灯翠は海老錠の施錠を念入りに確認すると、名残惜しそうに平原の景色を眺め、今来た道を戻るのだった。



 鈴麗妃候補が横たわるその手前に野花を献花けんかすると、上着を脱いでそれを彼女の顔の上に被せた。



「穏やかな表情をしていたのが幸いだな」


「そうだね」


 そう言って、手を合わせる。


「ごめんなさい。あともう少しだけここで辛抱してください。他の人を連れて戻ってきます」



 祈りを捧げふたりはその場を去った。



 意外なことに、来た道をそのまま戻るわけではなかった。途中、飛龍が気にして調査をしていた横穴のほうへと進んだのだ。


 灯翠の代わりに置き去りとなっていた手燭も無事回収されている。


 横穴は一本道。

 しばらく進むと上り階段が見えてきた。


「ここに上り階段があるってことは後宮内の別の場所にも繋がってるのか?」


 後ろから声をかける灯翠。


「それが、雷鳴宮だとしたらどうだ」


 振り返りニヤッとする飛龍。


「あっ!」



「そうだ。今お主の頭に浮かんだ人物が鈴麗妃候補を殺害した犯人だ」



 そう断言し、先頭を歩く飛龍が頭上の板を押し上げたのだった。




◇◇◇



 

 冷厳宮の寝室から入った地下通路は後宮の外に通じていたばかりでなく、雷鳴宮の寝室にも繋がっていたのだった。


「まさか本当に雷鳴宮にも繋がってるなんて……」


 辺りを見回し驚く。


「でもこれで、雷鳴宮の幽鬼話の真相が、鈴麗の遺体を隠すために美玉メイユーが流した嘘の噂話だったとわかったぞ。これであってるんだよな?」



「ああ。それに加えて、7日前にあった小火ぼや騒ぎの犯人も美玉で間違いないだろう。管理棟から盗まれた錆びだらけの鍵の頭部分には菱形が並ぶ印が彫られていたことをようやく思い出せた」


「地下通路の出口にあった鉄の扉にもたしか菱形が並ぶ印があったぞ」


 うなずく飛龍。


「おそらくは、後宮追放の際、出口側から鈴麗の遺体を運ぼうとしたのだろう。しかし、鉄格子があることを知らず鍵が開けられなかったため、金の力を使って嘘の噂話を流したといったところだろう」

 

「ほうほう」 


「残すは、殺害現場がどこだったかだが……」


「それは飛龍様でもわからないのか?」


「今のところ糸口が見当たらないからなっ」


「糸口……糸口……うーん。あっ!」


 灯翠は急になにかを思い出し、早歩きで中央広間に向かうのだった。灯翠が中央広間の端に置かれた一番大きな扶手椅ふしゅいの前で足を止めると、扶手ふしゅ部分に不自然に巻きつけられていた黒い布を勢いよくぎ取った――割れてた扶手と血痕が現れたのだった。


「どうしてここが殺害現場だとわかった?」


「一番立派で大きな椅子なのに広間の端に置かれてるし、飾り気のない黒の布で扶手が巻かれてる。疑って見れば、なにかを隠しているようにも見えるだろっ」


「たしかにそうだが、決め手に欠けるのではないか?」


「美玉が怒って羽扇を壊したとき、実は違和感を覚えたんだ。あのときいちど扶手に羽扇を叩きつけようとして止めたのを思い出したんだ。それに……わたし自身よく転ぶから、あそこの角に頭をぶつけたら痛そうだなって思って……」

 

「でかしたぞ! 灯翠」


 興奮気味の飛龍が乱暴に灯翠の頭を撫でる。


「い、痛いぞ~」


 頭に手を乗せ、逃げようとジタバタする。そんな仕草とは裏腹に、飛龍の役に立てたことや頭を撫でられたことに喜びを感じる灯翠だった。



「カツ、カツ、カツ、カツ」



 大広間に近づく足音。ふたりは動きを止め、音のするほうに視線を送った。



「で、出た~」



 幽鬼の類が大の苦手な灯翠が大きな声を出し、再び腰を抜かすのだった。



 先ほど地下通路で遺体の姿で発見した鈴麗妃候補と龍望皇帝が肩を並べて歩いてきたからだった。妃候補の方は若干俯うつむき涙を流しているようにも見える。そして、その手には白地に水色の装飾が施された狐の仮面が握られていた。



「どうした。の顔になにかついているのか?」


 龍望皇帝が真顔で答える。


「陛下、灯翠の驚きは決して大袈裟ではありません。実のとことわたしもかなり驚いています」


「よし。話してみよ!」


「どうして陛下がと一緒におられるのですか?」


「隣にいる彼女のことを言っているのか?」


「はいそうでございます」


「実はだな……」



 腰を抜かしその場に座り込んでしまった灯翠と、幽鬼の存在を完全否定する飛龍のふたりは龍望皇帝の次の言葉を固唾かたずを飲んで待った。

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