隻眼の鍵師。皇帝を救う乙女と勘違いされ後宮で溺愛される(ただし、本人はまったくそのことに気づかない)
三夜間円
第1話 妃候補は天から降ってくる?
ひとつは、財産を守るための道具。
ひとつは、願いを形にした
これがじいちゃんの
「
「わかった、じいちゃん。新規の取り引きだねっ」
「これ全部売れたの?」
「ああ。後宮内から大量の注文があったようで、下請けのわしにもおこぼれがきたというわけじゃよ」
「ふーん。理由はどうあれ、やったじゃんっ!」
灯翠が笑顔を見せると、祖父は優しく微笑んだ。ただ、その
(これで、しばらくの間は
「それじゃ、行ってきま~す」
「街では
「うん。わかってるって」
ふたりが暮らすここは、『
高貴な
(じいちゃんは美女狩りを心配しているようだが、田舎者、ネクラ顔、
農村地から二刻半ほど歩くと大きな街がある。通称『
道に迷うことなく、灯翠が宮の花街に到着したのは太陽がちょうど真上に昇ったころだった。祖父に言われた通り街の中心部を目指す。
大通り沿いをしばらく歩いた灯翠は急に立ち止まり目を見開く。
街の中心部はなんと
しかもだ、まっ昼間にもかかわらず多くの人で
(なんとも
そんな人の流れを横目に、再び歩きだすとしばらくして目的の店を見つけることができた。入り口の横に『
意を決して店に入ると「いらっしゃいませ」と店の奥のほうから声がかけられた。丁寧な対応に一安心するも、奥から姿を現した店主の姿を見てギョッとする。店主は上半身裸で
「祖父に代わりに依頼された品を持ってきました」
「陶さんの孫か。よし、2階に来なっ」
恐る恐る用件を伝えると2階に案内された。店の2階は、商品が
「こ、この品揃えは……凄いっ!」
当初の目的をすっかり忘れ、錠前好きの灯翠は背負い籠をスキンヘッドの店主に預け、見たこともない錠前の数々をいじり始めてしまった。
そんな彼女の行動を
「……嬢ちゃん、残念だが今回の取り引きはなしだ」
張は納品された錠前を再び籠に戻した。
「は? なんでだよ? 依頼したのはそっちだろう。こっちは不眠不休で頑張ったんだぞ」
(わたしはなにもしてない……けど、じいちゃんの苦労を無駄にはできない)
「腕のいい男との噂話を信じておまかせで依頼したが、いまどき木製の錠前など
「どうして木製じゃダメなんだよ」
「だ〜か〜ら〜、信頼性が低いって言ってんだよ。少し考えればわかるこったろう。木製は作りが単調、それに火をつけたら
「火はつかない」
「なに言ってんだ? 苦し紛れの
張は首を横に振って、両手を広げ
「祖父は仕上げに焼きを入れて、炭付きにしている。いちど炭化した木は燃えない」
「……嬢ちゃんも
「信頼性がどうのこうの言ってたけどさぁ~ この錠前……」
灯翠が手にしていた真鍮製の錠前がいつの間にか解錠されていた。
「おい嬢ちゃん。今、なにをした?」
「ほ~ら、この通り。祖父が作った錠前のほうがよっぽど信頼性が高いぞ!」
そう言って、解錠した錠前を頭上に
「ふんっ。どんな手口を使って解錠したかは知らんが、鉄か真鍮製の錠前でなけりゃ絶対に買いとらん。木製の錠前しか作れないなら今回は
張が語気を強め、灯翠に籠を背負わせた。
「さ、帰った、帰った」
店から追いだそうと籠ごと背中を押す店主の張。それに対し、なんとしてでも錠前を買い取ってもらおうと足に力を込め、その場に踏みとどまろうとする灯翠――そんな力によるふたりの押し問答がしばらく続いたのだった。
「……仕方ねぇ。オレの負けだ。言い値の9割でなら買い取ってやろう」
「本当かっ!?」
ついに根負けした張が灯翠の背中を押すのを止める。すると、灯翠はバランスを崩し後退する。そのまま後方に進み、張の「あっ」と言う声とともに、籠ごと窓から落ちてしまったのだ。
「お~い。嬢ちゃん~ 大丈夫か〜」
慌てて窓に
しかし、建物の2階から頭を下にして落ちたにもかかわらず、灯翠は
「これは
高級官服に身を包む男に姫抱きされる灯翠。
籠から飛びだし四散する海老錠。
「そこの主人。この者は皇帝のお妃候補として後宮に連れて行く。問題はないか?」
「ああ。そいつは助かるぜー」
「よし。主人の了解は得られた。わたしの名は
「は?」
(なにを言ってんだこの男。助けてくれたことには感謝するが、まったく話が読めんぞ。それに早く降ろせ……恥ずかしい)
――こうしていくつかの偶然が重なり、灯翠は後宮に連れて行かれたのだった。これが世に言う『美女狩り』だと本人が気づいたのはこれより数刻経ってからのこと。後の祭りである。ちなみに占いには、『天から舞い降りし清らかなる乙女、錠に願いを込め皇帝を救う』とあったそうだ――。
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