隻眼の鍵師。皇帝を救う乙女と勘違いされ後宮で溺愛される(ただし、本人はまったくそのことに気づかない)

三夜間円

第1話 妃候補は天から降ってくる?

 錠前じょうまえにはふたつの使い方がある。

 

 ひとつは、財産を守るための道具。

 ひとつは、願いを形にした縁起物えんぎもの

 

 これがじいちゃんの口癖くちぐせだった。



灯翠ヒスイ、すまないがこいつを鍵屋かぎやチョウさんという方に届けてくれないか」


「わかった、じいちゃん。新規の取り引きだねっ」


 トウ灯翠は畑仕事を中断し母屋に入ると、錠前師である祖父から背負いかごを渡された。籠の中には焼杉やきすぎ加工された漆黒色の海老錠えびじょうが30個も入っていた。それらをひとつひとつ手にとってよく見れば、手の込んだ模様が丁寧にられていた。麒麟きりんりゅう鳳凰ほうおうどれも縁起がよいとされているものだ。


「これ全部売れたの?」


「ああ。後宮内から大量の注文があったようで、下請けのわしにもおこぼれがきたというわけじゃよ」


「ふーん。理由はどうあれ、やったじゃんっ!」


 灯翠が笑顔を見せると、祖父は優しく微笑んだ。ただ、そのほおはひどくやつれ、目の下にはくまが色濃く浮かびあがっていた。急な注文に対応するため寝る間も惜しんで作業した結果だろう。


(これで、しばらくの間はえがしのげそうだ)


「それじゃ、行ってきま~す」


「街では宦官かんがん様に気をつけるんじゃよ」


「うん。わかってるって」


 

 ふたりが暮らすここは、『真央しんおう国』と呼ばれる大国のすみのさらにそのまた隅にある小さな農村地。その真央国を治める龍玄ロンシュェン皇帝が病に倒れ崩御ほうぎょされたのが半月ほど前のことだった。今は、第3皇子である齢18の龍望ロンワンがその後を引き継ぎ、国土全体に『結婚禁止令』が発令されたのだった。それはつまり、皇帝のおきさき選びが始まったことを意味する。


 高貴な家柄いえがらの者や豪商ごうしょうたちは、こぞって自慢の娘を世話係とともに後宮に送りだし、容姿に自信のある者は単身で後宮に足を運んだ。そんな中、一般人にとってもっとも迷惑なこと――それが、報酬を目当てに宦官たちが地方におもむき、目ぼしい者を見つけては後宮に連れ去る『美女狩り』が横行していることだった。

 

(じいちゃんは美女狩りを心配しているようだが、田舎者、ネクラ顔、針金はりがね体型……わたしには関係のないことだ)



 農村地から二刻半ほど歩くと大きな街がある。通称『みやの花街』と呼ばれるところで、真央国内でも五指に入るにぎわいをほこる。ここに目的の鍵屋がある――らしい。


 道に迷うことなく、灯翠が宮の花街に到着したのは太陽がちょうど真上に昇ったころだった。祖父に言われた通り街の中心部を目指す。


 大通り沿いをしばらく歩いた灯翠は急に立ち止まり目を見開く。

 街の中心部はなんと遊郭ゆうかく街だったのだ。


 しかもだ、まっ昼間にもかかわらず多くの人でにぎわっている。大通りには、丹塗にぬりされた朱色の館がきらびやかに建ち並び、今はまだ明かりのともっていない提灯ちょうちんが所狭しと飾られている。まさに幻想的な光景。人々の気持ちもたかぶり、それが熱気となって伝わってきた。


(なんとも旺盛おうせいなことで)


 そんな人の流れを横目に、再び歩きだすとしばらくして目的の店を見つけることができた。入り口の横に『チョウ鍵屋』の看板がかかげられているので間違いようがない。今まで取り引きしたことのない大きなたたずまいの店に若干じゃっかん緊張する灯翠だった。


 意を決して店に入ると「いらっしゃいませ」と店の奥のほうから声がかけられた。丁寧な対応に一安心するも、奥から姿を現した店主の姿を見てギョッとする。店主は上半身裸で刺青いれずみの入ったスキンヘッドの男だったからだ。


「祖父に代わりに依頼された品を持ってきました」


「陶さんの孫か。よし、2階に来なっ」


 恐る恐る用件を伝えると2階に案内された。店の2階は、商品が綺麗きれいに陳列されている1階と違って、ほこりっぽく薄暗かった。灯翠は不安になる気持ちを抑えながら2階の奥へと進み、そこで目を輝かせたのだった。そこには、多種多様な錠前が所狭しと置かれていたからだ。


「こ、この品揃えは……凄いっ!」


 当初の目的をすっかり忘れ、錠前好きの灯翠は背負い籠をスキンヘッドの店主に預け、見たこともない錠前の数々をいじり始めてしまった。


 そんな彼女の行動をとがめることもなく、籠の中身を確認する店主の張。


「……嬢ちゃん、残念だが今回の取り引きはなしだ」


 張は納品された錠前を再び籠に戻した。


「は? なんでだよ? 依頼したのはそっちだろう。こっちは不眠不休で頑張ったんだぞ」


(わたしはなにもしてない……けど、じいちゃんの苦労を無駄にはできない)


「腕のいい男との噂話を信じておまかせで依頼したが、いまどき木製の錠前など流行はやらんぞ。こちとら後宮に品を納めんだ。信頼性の高い鉄か真鍮しんちゅう製の錠前でなけりゃ話にならん」


「どうして木製じゃダメなんだよ」


「だ〜か〜ら〜、信頼性が低いって言ってんだよ。少し考えればわかるこったろう。木製は作りが単調、それに火をつけたらしまい……だろっ」



「なに言ってんだ? 苦し紛れのうそはよくないぜ」


 張は首を横に振って、両手を広げあきれ顔を見せる。すると、灯翠はむきになって反論した。


「祖父は仕上げに焼きを入れて、にしている。いちど炭化した木は燃えない」


「……嬢ちゃんも錠前師じょうまえしなのか? 随分と詳しいじゃないか。だが、こっちも商売だ。下手したら首が飛ぶかもしれない取り引きにそんな危険なけはできねぇ」


「信頼性がどうのこうの言ってたけどさぁ~ この錠前……」


 灯翠が手にしていた真鍮製の錠前がいつの間にか解錠されていた。


「おい嬢ちゃん。今、なにをした?」


「ほ~ら、この通り。祖父が作った錠前のほうがよっぽど信頼性が高いぞ!」


 そう言って、解錠した錠前を頭上にかかげヒラヒラとあおる。


「ふんっ。どんな手口を使って解錠したかは知らんが、鉄か真鍮製の錠前でなけりゃ絶対に買いとらん。木製の錠前しか作れないなら今回はあきらめなっ」


 張が語気を強め、灯翠に籠を背負わせた。


「さ、帰った、帰った」


 店から追いだそうと籠ごと背中を押す店主の張。それに対し、なんとしてでも錠前を買い取ってもらおうと足に力を込め、その場に踏みとどまろうとする灯翠――そんな力によるふたりの押し問答がしばらく続いたのだった。




「……仕方ねぇ。オレの負けだ。言い値の9割でなら買い取ってやろう」


「本当かっ!?」


 ついに根負けした張が灯翠の背中を押すのを止める。すると、灯翠はバランスを崩し後退する。そのまま後方に進み、張の「あっ」と言う声とともに、籠ごと窓から落ちてしまったのだ。


「お~い。嬢ちゃん~ 大丈夫か〜」


 慌てて窓にけより、下を見る張。


 しかし、建物の2階から頭を下にして落ちたにもかかわらず、灯翠は怪我けがひとつしていなかった――なぜなら、建物の下を偶然通りかかった者が彼女を受け止めていたからだ。


「これはおどろいた。空から女が降ってきた」


 高級官服に身を包む男に姫抱きされる灯翠。

 籠から飛びだし


「そこの主人。この者は皇帝のお妃候補として後宮に連れて行く。問題はないか?」


「ああ。そいつは助かるぜー」


「よし。主人の了解は得られた。わたしの名は飛龍フェイロン。お主も念願かなって嬉しかろう!」


「は?」


(なにを言ってんだこの男。助けてくれたことには感謝するが、まったく話が読めんぞ。それに早く降ろせ……恥ずかしい)




 ――こうしていくつかの偶然が重なり、灯翠は後宮に連れて行かれたのだった。これが世に言う『美女狩り』だと本人が気づいたのはこれより数刻経ってからのこと。後の祭りである。ちなみに占いには、『天から舞い降りし清らかなる乙女、錠に願いを込め皇帝を救う』とあったそうだ――。




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