第40話 マレー沖艦隊戦、勃発

ー 戦艦『土佐』会議室 ー


1942年8月8日の夕方、遠藤たちの元には、第六航空戦隊と第一航空部隊による協同攻撃の戦果や被害が届いていた。

その報せに幕僚たちや各艦隊司令官たちは喜んでいた。


そんな中で鼓舞は、遠藤が浮かぬ顔をしているのに気付いて尋ねた。

「若大将、喜んでいないようですが?」

「確かに戦果は文句なしだから嬉しいよ。しかし、被害がな・・・・。」

遠藤の言葉に久我、淵田、源田は返す言葉はなかった。

「確かに、若大将の言う通りですね・・・・。」

「特に、九六式陸攻の被害が大きいな・・・・。」

「戦果に浮かれて被害を見過ごすところだった。」


そこで遠藤は、続けた。

「戦死した搭乗員たちの分も含めて、俺たちは今回の戦訓を次に生かさなければいけない。」

「皆にも改めて言う。戦争で奇麗事では済まない事もあるし、どんな対策を取っても被害が無いとは言えない。そのことを胸に刻んで欲しい。」

そう言って遠藤は戦死した搭乗員たちに黙祷し、鼓舞たちもそれに倣った。


黙祷が終わり、遠藤は話を再開した。

「これで残るは戦艦を中心とした艦隊だけだな・・・・。だからと言って、トムは退却するつもりは無いだろうが・・・・。」

遠藤の言葉に、遠山が尋ねた。

「若大将は、敵のフィリップス長官と知り合いなんですか?」

「イギリスやアメリカに短気留学をしていた時に、何度か会ったよ。頭でっかちではなく、臨機応変に対応する人物で軍人としても軍政家としても優秀な人だ。」

「恐らく、今回のイギリス東洋艦隊の戦力強化は、トムがイギリス本国に掛け合ってチャーチル首相や海軍上層部に掛け合って動かしたんだろう・・・・。」

「そうなると、指揮官として手強くなりますね・・・・。」


そんな中で挙手したのは、第二戦隊司令官となって前線に復帰した宇垣だった。

「若大将、我々の戦艦が5隻に対して、相手のイギリス東洋艦隊の戦艦は合わせて9隻と聞いています。若大将は、分が悪いとお考えですか?」

「いいや、そう思ってはいないよ。イギリス東洋艦隊が所有する9隻の内ネルソン級2隻は23ノットで、ロイヤル・サブリン級4隻は21ノットと速力が低い。そこを利用して上手く対応するつもりだ。」

そこへ遠藤を後押しする形で、第一戦隊の司令官である松田が言った。

「それだけではありません。『土佐』、『長門』、『陸奥』、『伊勢』、『日向』には『あのシステム』が搭載されていますし、『もう一つの戦術』を組み合わせれば数で勝るイギリス東洋艦隊には遅れを取りません。」

遠藤だけでなく、松田の話を聞いた宇垣は、

「そういうことならば、これ以上は言うことはありません。」

そう言って、宇垣は納得した。


そして、宇垣は自分が率いる第二戦隊の『伊勢』と『日向』も遅れは取らないと確信していた。

伊勢型戦艦2隻も長門型戦艦2隻と同じく、新造艦と勘違いしてしまうくらい生まれ変わっていた。

伊勢型も長門型と同様に船首を10m延長、『土佐』や長門型戦艦と同じく艦橋や煙突を設置して、対空兵器の増設をしていた。

また、伊勢型の主砲は6基あったが、速力上昇も兼ねて2基減らして、前部に2基を後部に2基を設置して合計で4基になった。

勿論、側面の副砲は全て撤去された他、バルジの改装も行われていた。

結果、伊勢型戦艦は、全長218.1m、排水量は40.500トン、主砲は36cm連装砲塔4基、対空兵装は長門型とほぼ同じで、速力は長門型より若干劣る29.1ノットになっていた。

(海軍の人間として、二度と訪れないと思っていた艦隊戦に参戦出来る機会が来た。若大将には感謝だし、感無量だな・・・。)

そう内心で呟いた宇垣の目には、光るものがあった・・・・。


ー 1942年8月9日 マレー半島東岸のクアンタン沖 ー


第一航空部隊と第六航空戦隊によるイギリス東洋艦隊の空母を撃退した翌日、マレー半島東岸のクアンタ沖にて日本とイギリスの戦艦隊が邂逅しようとしていた・・・・。


現在、『土佐』の防空指揮所全体は、緊張感が高まっていた。

いや、防空指揮所だけでなく、本作戦に参加する者達全員が同じだった。

皆、徐々に迫ってくるイギリス東洋艦隊との艦隊戦を前に、誰もが緊張感が高まりつつあった・・・・。

日本側の艦隊は、

戦艦は『土佐』、『長門』、『陸奥』、『伊勢』、『日向』

重巡洋艦は、『鳥海』、『摩耶』、『利根』、『筑摩』

軽巡洋艦は、『最上』、『熊野』

駆逐艦は、『野分』、『嵐』、『萩風』、『舞風』、『秋雲』、『谷風』、『浦風』、『浜風』、『磯風』

となっている。

今作戦では、第一航空艦隊に所属していた艦船も参加していた。


それに対してイギリス東洋艦隊は、

フィリップス長官が座乗する『プリンス・オブ・ウェールズ』を旗艦として戦艦は

『デューク・オブ・ヨーク』、『アンソン』

『ネルソン』、『ロドネイ』、『ロイヤルサブリン』、『ロイヤルオーク』、『リヴェンジ』、『レゾリューション』

重巡洋艦 は

『ヨーク』、『ロンドン』、『デヴォンシャー』、

軽巡洋艦は

『ブルックリン』、『サバンナ』、『ナッシュビル』

駆逐艦は

S級駆逐艦 6隻、マハン級駆逐艦8隻

の編成となっていた。


艦隊内容から見ると、イギリス側は9隻の戦艦がいる点では有利だが、その内の6隻が老朽艦や速力が遅い戦艦なのが懸念材料だった。

対して日本側は、戦艦は5隻だけだが新造艦である『土佐』も含めて『長門』、『陸奥』が41cm砲を搭載、『伊勢』、『日向』は36cm砲を搭載している上に高速戦艦として改装されている。

しかし一方で、巡洋艦と駆逐艦は数においては、イギリス側に分があった。

正直、どちらに勝利の女神が微笑むか分からない状況だ。

間もなく日本艦隊とイギリス艦隊の邂逅が迫りつつあった。


そんな中、遠藤は無線マイクで全艦に伝えた。

『遠藤だ。間もなく我々は、マレー沖でイギリス東洋艦隊との艦隊戦に突入する。油断せず、全力で挑もう。そして、この艦隊戦が後世の歴史に残る恥じない艦隊戦にしよう。全艦の健闘を祈る、以上だっ!!』

遠藤が言い終えると、全艦内の乗組員達のボルテージが最高潮に達した。


無線での短い演説を終えると、鼓舞が茶化してきた。

「最高のスピーチでしたよ、若大将。」

「褒め言葉として、受け取っておくよ鼓舞。」

と軽く遠藤も言い返した。

相変わらずの二人のやり取りに、風間達は苦笑いしているが余計な緊張は解れていった。

やがて、電探室から報せが来た。

「電探に感ありですっ!巨大な反応が複数っ!!」

「来たか・・・・。」

電探室の報せに遠藤は、誰に言うでもなく呟いた・・・・。


一方、イギリス東洋艦隊も旗艦『プリンス・オブ・ウェールズ』のレーダーで日本艦隊を発見していた。

フィリップス長官は、側にいた『プリンス・オブ・ウェールズ』艦長のジョン・リーチ大佐に聞いた。

「リーチ艦長、砲撃開始は、25kmを切った辺りか?」

フィリップス長官の問いにリーチ艦長は、

「はい、それで『プリンス・オブ・ウェールズ』は砲撃を開始します。他の戦艦もこちらに合わせてくれますよ。」

リーチ艦長の言葉にフィリップス長官も納得してくれた。


やがて、双方の艦隊は反抗戦の形で艦隊戦が始まろうとしていた。

フィリップス長官達は、初めて見る戦艦『土佐』の姿を双眼鏡越しに見る事になった。

「あれが、噂のトサか・・・・。だが、相手にとって不足は無い・・・・。」

そう言って、フィリップス長官は呟いた・・・・。


一方、遠藤は『土佐』の砲術長を務める高村彰(たかむら あきら)中佐と直接電話で話した。

元々、高村は、戦艦『山城』の砲術長を務めていて、納得しないと相手が誰であっても引き下がらない人物でもあった。

長門型と伊勢型の改装の中で扶桑型は老朽化している事から、戦艦の改装は不可能と判断されて『山城』と『扶桑』は空母への改装が決定された。

所属していた『山城』の空母改装が決定した直後には一時、退役を考えていたが、遠藤が高村を説得して『土佐』の砲術長に抜擢した。

「高村さん、砲撃は25kmを切った時点で頼む。イギリス側が先に砲撃を始めても焦るな。」

「了解しました。例のシステムと戦術ですね。」

「そうだ、頼むぞっ!!」

そう言って、遠藤は電話を切った。

直後、イギリス東洋艦隊の戦艦隊の主砲が先に火が噴いた。


後に、『太平洋戦争最大の艦隊戦』と呼ばれる、『マレー沖艦隊戦』が勃発したのだった・・・・。



____________________


遂に始まった日本艦隊とイギリス艦隊による艦隊戦。


勝利の女神は、どちらに微笑むのか・・・・・。



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