第13話

 灰色の髪、ふわりと内巻きに緩く癖のついた髪、ひまわりのような色の目は朝日の予感に黄金色に煌めき始めている。

 白磁のような腕が、そろりと私の方に伸びてくる。私は目を見開いて、その手が私をゆっくりと撫でるのを眺めていた。子どもをあやすように。

「ずっと、ごほっ、お探し、していまし、げほっ、た……」

 その方は人違いだともそうだとも言わなかった。黙って私の言葉を待っていてくださる。

 一方記者は医者を呼ぶだの憲兵を呼ぶだの色々言っているのだが、私は止めた。上手く動かない口を懸命に動かして。

「やめて、ください」

「何言ってるんですか、死にますよ!?」

「でも、ここで、誰か呼んだら、この子……」

「その子があなたを刺したんでしょう!?」

 記者から、怒りがひしひしと伝わってきた。怒りだけではない。悲愴な嘆きにも聞こえた。

 おそらくこれは、記者に放たれた刺客なのだろう。私もそれをわかって庇った。……女の子が非行を犯すところを見たくなかったのもある。

「あなたは、犯人を……ごほ、この、子にやらせた、人物を……探す、です。げほげほげほっ。そいつをどうにかしないと、続く……」

 上手く言葉を繋ぐことができない。それでも精一杯伝えた。子どもは善悪の区別がついているようでついていない。だから、大人が正しく導かなければならないのだ。間違った大人に育てられた子どもが間違うのは当たり前だろう。それなら、大人から正していくべきだと、私は考える。

 それに、私が抱きしめ続けているこの子は、ずっと震えている。怯えているのだ。人。刺してしまったこと、失敗してしまったこと。だから、間違った糾弾をしてはいけない。

 被害者はあくまで記者だ。私は巻き込まれただけ。この女の子も。根本を絶たなくては意味がない。

 といっても、それはすぐにどうこうできる話ではないだろう。それでも、手の中に入ってきた存在を救いたいと思うのは強欲なことだろうか。救えるという考え方は傲慢だろうか。

「それよりあなたを……」

「少し、お時間をください」

 キミカさまとおぼしきお方が、記者を制した。私もきょとんとした。

 何をするのだろう、と思っていると、キミカさまが私の手を取り祈るように両手で包み込む。

 私は奇跡を見た。

 キミカさまの手が仄かに光ったかと思うと、その光が私の腕を伝って、温もりを身体中に巡らせた。少し、呼吸が楽になり、痛みも和らいだ。

 それは間違いなく奇跡だった。それを私だけがわかっている。もし、かつての教団の者が見たならば、「キミカさまはやはり神の子なのだ!!」と奉ったことだろう。

 私はそんなことは口にしなかった。キミカさまの苦々しい面持ちを見ればわかる。望んで得た力ではないのだ。その金色の目を、望んで得たわけではないように。

「キミカさま……」

「……」

 キミカさまは迷っていらっしゃるようだった。もしかしたら、偶像だった「キミカさま」として振る舞うのが嫌なのかもしれない。

 それならば、私は無理に応えを求めない。キミカさまを探し求めて、今ここにいるのをキミカさまだと、私は勝手に思い込んでいるだけなのだ。

「ここから、東に行った……という街に、あなたを待っている少女がいます。私の、あなたへの贈り物を預けていますから、受け取ってください」

「……私は」

「独り言です」

 私は笑った。幸せだからだ。夢にも思っていなかった。まさか、人生の終わりのその瞬間に、その方に立ち合っていただけるなんて、思っていなかったのだ。

 私の要望に答えてくれなくていい。ただあなたがそこにいてくれるだけで、私は幸せだ。

「私は幸せでした……人生の大半を、キミカさまに捧げたことに、悔いはありません。あなたがキミカさまでも、そうでなくとも」

 日の光を浴びたひまわりのように温かい眼差しを向けていただけるだけで。

 私はただ、もう一度だけ、そのお姿を見たかっただけなのです。

「あなたに出会えてよかった。最期にあなたのお顔が見られてよかった」

 意識がぐん、と未知の方向へ……おそらく死の方角へ、引きずられる。キミカさまのお力を以てして尚、私は死を免れない。なんとなく、わかっていたことだ。

 さようなら、キミカさま。

 私はあなたをずっとお慕いしております。

 ひまわりのようなあなたを。

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