【完結】都知事選クライマックス『56人の野心』
湊 マチ
第1話 告示の日
新京都の朝は、いつもと違っていた。人々が行き交う通りには、どこもかしこも選挙ポスターが貼られ、街は選挙一色に染まっていた。新京都知事選が告示される日、過去最多となる50人以上の立候補が見込まれていた。
瀬川大樹(せがわ だいき)は、朝早くから新京都庁に向かっていた。38歳の若手官僚として、彼は都政の改革を目指し、日々奮闘していた。背が高く、眼鏡をかけた知的な印象の大樹だが、その内面には熱い正義感と少しのドジっ子気質が同居していた。しかし、今日の彼の心中には、重い決意があった。新京都庁内で気づいた不正の数々を暴露し、正義を貫くことを決意していたのだ。
朝の光がガラス張りの庁舎に反射し、眩しく輝いていた。その光景は、まるで新たな時代の幕開けを象徴しているかのようだった。しかし、その美しい光の裏側には、深い闇が潜んでいた。
「おはよう、大樹君。今日は忙しくなるぞ」と、同僚の佐藤が声をかける。佐藤は中肉中背で、いつも笑顔を絶やさない快活な性格だが、なぜか何事にも少しズレている。
「おはようございます、佐藤さん。確かに今日は重要な日ですね」と、大樹は微笑みながらも、心の中で緊張を感じていた。
庁舎に入ると、選挙に向けた準備が進められている様子が見て取れた。ポスターの印刷や掲示場所の調整、候補者たちのスケジュール調整など、職員たちは忙しそうに動き回っていた。ポスターの中には、誰が描いたのか分からない奇妙なイラストも混じっており、思わず笑いを誘う。
新京都庁は、その巨大な規模と近未来的なデザインで知られている。エントランスホールは天井が高く、自然光が差し込むように設計されており、ガラスと鋼鉄が織りなすモダンな美しさが特徴だ。床は大理石で覆われ、豪華で洗練された印象を与える。
エントランスの中央には大きな案内板があり、訪問者が迷わないように詳細な地図が描かれている。職員たちはその周りを忙しそうに行き来し、書類やタブレットを手にして情報を交換していた。
「瀬川君、ちょっと来てくれ」と、上司の岩田真一(いわた しんいち)が手招きする。岩田はがっしりとした体格で、鋭い目つきを持つが、意外とお気に入りのハンカチには可愛い猫の刺繍が施されている。
「はい、何でしょうか?」と、大樹は岩田のもとに駆け寄った。
「今日の選挙告示に関して、特別に重要な業務がある。これを見てくれ」と、岩田は机の上に広げられた書類を指し示す。岩田のオフィスは、シンプルながらも高級感のある家具で整えられており、壁には新京都の歴史を描いた絵画が飾られている。
大樹は書類に目を通し、驚愕した。そこには、特定の業者への便宜供与に関する詳細な指示が記されていた。これは明らかな不正だと直感した。
「これは…問題があるんじゃないですか?」と、大樹は冷静を装いながらも、心中の動揺を隠せなかった。
「何を言ってるんだ、瀬川君。これが我々のやり方だ。問題ない」と、岩田は冷淡な表情で答えるが、その言葉にどこか無理があった。
大樹はその瞬間、内部告発を決意した。都政の腐敗を放置することはできない。彼は早速、信頼できるジャーナリストの佐伯夏美(さえき なつみ)に連絡を取った。
夏美は、長い黒髪を持つ美人記者で、その鋭い洞察力と強い正義感で知られている。彼女はカフェでの打ち合わせを好むが、実はカフェラテに大量の砂糖を入れる甘党だ。
「夏美さん、すぐに会えますか?重要な話があります」と、電話の向こうで大樹の声は震えていた。
「もちろん、大樹君。今すぐにでも会いましょう」と、夏美は即答した。
午後1時、二人は新京都庁近くのカフェで会うことにした。カフェの窓際の席に座り、窓の外には秋の陽光が差し込んでいた。大樹が選んだカフェは、「カフェ・デュ・ミラージュ」と呼ばれ、知る人ぞ知る隠れ家的な場所だ。カフェの内装はアンティーク調で、落ち着いた雰囲気が漂っている。特に窓際の席は、外の景色を楽しみながら静かに過ごせるため、大樹のお気に入りだ。
「さて、大樹君、どんな話かしら?」と、夏美はカフェラテを一口飲みながら聞いた。
大樹は持っていた書類を夏美に見せ、新京都庁内で進行している不正の詳細を説明した。夏美は真剣な表情で話を聞き、すぐに行動を起こす決意を固めた。
「これを公にするには慎重に進める必要があるわ。証拠を集めて、確実に仕留めましょう」と、夏美は力強く言った。
「分かりました。僕も全力で協力します」と、大樹は覚悟を決めた。
その日の夕方、新京都の街はさらに賑やかになっていた。候補者たちの演説や街宣車の音が響き渡り、市民たちは次々と投票所に足を運んでいた。選挙戦は、混沌とした幕開けを迎えた。
しかし、誰も知らない裏側では、正義を貫こうとする若き官僚と熱血ジャーナリストが動き始めていた。新京都の未来を賭けた壮絶な戦いが、ここに始まる。
光が影を照らし、真実が闇を暴くその時、新京都の運命は大きく変わろうとしていた。
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