素直クールな君と

鼈甲飴雨

序話 藍と愛で出来ている 1

 世の中には解せないことがたくさんある。


 どうして世の中の女性は容姿を褒め合ったり貶め合ったりするのか。どうして世の中の女性は群れたがるのか。どうして世の中の女性はどぎつい承認欲求をどいつもこいつも抱えているのか。


 本当に理解できない。したくもない。


 時に男子諸君に問う。女の子だらけの場所――つまり女子校にたった一人というシチュエーションは天国だろうか。


 男子校に通う人間の九割は羨むだろう。共学の男子だってそうだ。口をそろえて羨ましがる。俺だってその中の一人だった。


 でも実際にぶち込まれてみた感想は――


「男子クラスが恋しい……」


 その一言に尽きる。


 俺の言葉を拾ったのか、目の前に座っている女の子が振り向いてきた。得も知れぬ絶望感だけが伝わる劇画のような表情で。


「わ、わたし達と一緒は苦痛だと……!? 一緒にいると得も言われぬ不快感が全身をたちまち襲って手足が壊死するほどの苦痛だと!?」

「いや、そんな強烈じゃないんだが……」


 目の前の小動物系ネガティブ少女が表情を悲し気に変えて瞳をウルウルさせてたけど君マイナス5をたちどころに十乗するその癖をやめてほしいんだが。


 隣にいたギャルっぽいピンクと水色のツートンの女子が何かを手渡してくる。棒付きのキャンディーだ。それを受け取ると、そのギャルの女の子は口にしていた飴玉をかみつぶした。


「でも男子クラスって何か楽しそーよね。どんな話してたの?」

「……そうだなぁ。メシの話か、エロい話か、趣味の話か、遊びの話だな」

「何か意外にフツー」

「フツーだぞ。フツー最高! ビバ普通! ようこそラストパラダイス、普通へ」

「いやあんたも大概いかれてると思うんだけど……」

「酷くね?」

「いやだって急にラストパラダイスとかほざきだすからさ」

「ほざいてて悪かったな」


 いいだろ楽園を求めても。俺には聞こえないかもしれないが楽園に広がる歌が流れてるかもしれないだろ。


「もっとこう、年頃の男子っぽくしようぜ! なんかないの?」

「好きだぁああああああああああああ――――――――――――ッ!!」


 窓を開けて全力で叫んでみる。更に閉じて、ギャルに向き直った。


「どうよ。青春っぽい」

「アホ丸出しなのやめた方がいいって。見た目はクール系なのにマジでえぐいってその本性」


 うん、勢いで行動するのはちょっと控えよう。悪目立ちしている。いかん、俺は普通の男子高校生のはずなのに。


「男らしい……! か、カッコいい……!」

「いや椿ちゃん。これはカッコよくないの。いかれてるって言うの」

「さすがに怒るぞ。委員長が」

「唐突にワタシに振らないでください!」


 斜め前にいた金髪巨乳ハーフ女子が翡翠のような目でこちらを睨んでいた。


「委員長は相変わらずおっぱいスゲー。男子から見てどう?」

「フッ、興味ないね」


 強がってみる。


「え、おっぱいに興味がない……つ、つまり、それって、女性に魅力を感じない……ってことだよね。つ、つまり、ほ、ホモなの!?」

「揉みしだきながら吸ってみたいです」


 無理だ。おっぱいの魅力の前にすべからく男は下僕なのだ。人によっては尻の方が良いだの脇の方が良いだの色々あると思うが、基本的に男子高校生というものはおっぱいが好きだ。一般サンプルの俺が言うんだからきっと間違いない。多分。恐らく。


「おー、ようやくゲロったなこの野郎。さあいいんちょ、吸わせてあげなって」

「いや『さあ』の意味が全く飲み込めないんですけど!? なんでワタシを風俗的な扱いにするんですか! お、大きくても、良いことないんですよ!」

「馬鹿野郎ッ!! おっぱい大きいの最高じゃねえかよ! 巨乳とは即ち、男のロマン……! 男の夢……! そう、男には自分の世界があると謳われたアニメにも絶対に登場するのが巨乳ヒロイン。外せない、そう、まさに王道!」

「そ、そう……」

「あれ!? 何故委員長が遠くへ!?」

「謎は迷宮入りだね」

「いやおもっくそ分かりやすいと思うんですけど。下世話過ぎです、話が」


 ジト目も可愛いのが委員長スタイル。でもこの子、ちょっとむっつりなのだ。


「初めての時、痛みを感じる奴とそうでもないやつがいるらしいぞ」

「そうなんですか!? ……わ、ワタシは、興味ありませんけど」

「意外に下ネタには敏感な委員長だった」

「殴りますよ、顔面が変形するくらい」

「委員長の鉄拳なら望むところだ! ……とそこの唯一男子がほざいてました」

「優しくしてね……いひゃいいひゃい」


 わざわざ立ち上がって近づかれ、ほっぺたをみょいんとやられる。でも彼女の握力は両方六十近いと聞いている。割とゴリラ。手加減してくれてるのがあったけえなあ。


「と、ところで、天馬君」


 一呼吸を終えた委員長が話題を変えた。


 俺の名前は天馬冬悟。ここ――天馬女学園の理事長の孫。それくらいしか特徴がない、平々凡々で粋でいなせなナイスガイだ。……嘘だ。一般ピープルだ。


「なに、委員長」

「お嫁さんは……決まりましたか?」

「俺は選ぶつもりはないって宣言してるんだがなあ……」


 婆ちゃんは俺を結婚させたくて仕方ないらしく、俺が女子に興味ないと少しカッコつけるや否や、あれよあれよと何故か女子校に編入が決まり、共学化の試験運用と称して俺はここに呼び出された。


 そこで、全校生徒の前で、こいつの花嫁探してる発言をし、保護者をざわつかせたが、俺が全力でキレ散らかしてその場は有耶無耶に。

結局もう元の学校に籍はないらしく、この女子校で過ごすことになり、一週間。俺は疲弊しきっていた。


 急に叫びだしたり。あんな行動起こすくらいなら元気だろ、と思うけど、反射的にリアクションしているものであって実際はかなり倦怠感があった。


 でも、家に帰れば、癒されるのだが。


 公は彼女が望んでないし、口約束だけだが、今は一応婚約者がいて、その子と一緒に住んでる状態だ。


 可愛い女の子と一緒に住んでいる実感が得られて、帰るのが嬉しくなる。その子が利用しているみたいでいやだと婚約者の関係は隠すことに決めたのだが、言って回りたい。何なら写真撮って自慢しまくりたい。俺の婚約者美人過ぎるだろ、と。


 あの子と二人きりの時間が、今は何よりの癒しだった。


 その女の子は、今教室で読書をしている。見ていると気が付いて、微笑みながらこっちに手を振ってくれる。和む。それだけに、ここに来てよかったのか悪かったのか、今一つ心情的に微妙ではあった。


「はぁ……」


 今でも思い出す。


 一週間前。まさに、桜が咲き乱れる春真っただ中。


 高校二年生、久々に婆ちゃんに会い、カッコつけてしまった、あの日を。





 四月二十日。その日は理事会から婆ちゃんが帰ってくる。


 ウチは結構若い年齢で結婚しているためか、婆ちゃんは五十代くらい。今でも若々しいし、爺ちゃんとよろしくやっているようだが想像もしたくない。


 俺の家は普通の一家だ。とはいえ、親父は教師、母親も教師とある種恐ろしい場所ではある。俺が勉強苦手だったら間違いなくノイローゼになっていただろう。しかし、俺はそこそこ勉強ができる方だった。覚えて当てはめていけばいいのだから楽なものだ。苦戦するのはやはり記憶の定着だろうか。それと関連語彙の想起の部分。どの文章が出てきたらどの回答を使う問題かを分かってしまえば結構楽に進められるのだが、勉強を教えていた友人から「分かるかそんなもん!」とキレられてしまったことがある。いや、分かるくね? 問題見たら大体そういう感じなんだなーって分かるだろ。


 結果、祖父母は金を持っているものの、俺は正月にビビる金額のお年玉を貰う以外ごくありふれた、庶民的な生活を送っていた。好物は肉屋のコロッケ。一個六十円の揚げたてサクサクでネトっとしたじゃがいもの甘みが特徴的。


 俺は昔からの趣味であるテレビゲームに興じていた。いや、実質パソコンゲームだな。ネトゲだ。FPSはおもれぇ。外国鯖はすげえ変態的な腕前のやつか、物凄くどんくさいかのどっちかなのでハマれば楽しいし、スーパープレイを見せてくれるので負けても清々しい。


「帰ったわよー! 冬悟、ゲーム楽しい?」


 初老の女性がノックもせずにドアを開けてきた。アクティブなところは変わらない。


 白髪交じりだが実年齢よりは若く見える溌溂とした表情が印象的な婆ちゃん。外ではカッコいい女性で通っている……とは、自称だった。


 返事として、椅子をターンさせて向き直り、頷いてみる。


「それなりに。で、どうしたの婆ちゃん。ノックもせずに」

「いや、あんたそろそろ身を固める時期じゃないかって」

「え!? 限りなく早くね!? 超スピード過ぎねえ!?」

「あたしゃ十六の頃には結婚したわよ」

「そんな大昔と一緒にされても……」


 結婚可能年齢が十八歳に引き上げられたというのに。まだ適齢期ですらもないのに結婚とか。


「それに結婚なんて嫌だよ。権利は半分になんのに義務は二倍になるって言う。子どもの数だけさらにドン。夢も展望も趣味も持てない人生の墓場に叩き落とされるのはちょっと……」

「あんた、結婚に親でも殺されたのかい……?」


 ちなみに両親だが、二人とも寝不足気味だがピンピンしている。


「結婚、良いと思うわよ! 二人でなきゃできないことがたくさんあるし、恋人同士でしたいこといっぱい楽しめるわよ!」

「俺、女に興味ないわ」


 ふっ、決まった……! いや、でもこれは半分は事実だ。もう半分は付き合ってみたいとかモテたいとか色々あるけど、俺は別に現状で満足だった。男子クラスに編成されたのだが、馬鹿やれる友達ばっかでメチャクチャ楽しい。オタク趣味も覚えたし、スポーツも楽しいし、エロいものシェアリングも捗っている。一言で表すなら、充実していた。


 故に、今更彼女が欲しいとかそういう願望は消えかかっていて、結婚したいとかいう展望は最初から存在しない。


 だから、今は女の子に興味がない。

 出会いでもあれば変わるのかもしれないが、これが俺、天馬冬悟の実情だった。


「…………」


 それを聞いて、あんぐりと口を開けたまま固まっている婆ちゃんを見て、なんかしこたまビビる。なんで? どうして固まってるの? 凝固剤でも飲んだ?


「……明日、天馬女学園に来なさい。やっといてあげるから」

「は? どゆこと? なんで婆ちゃんの学校に?」

「いいから。冬悟、婆ちゃんに全部任せて」


 どういうこと? マジでどういうこと?

 まぁいいけどさ。


 俺は大して気にも留めず、そのままゲームをするのだった。





 やってきたは良いけど、やっぱ見られてるな。


 私立天馬女学園。その高等部。中高一貫の高校で、全寮制と今時珍しいスタイル。


 さすがに女子でもない俺が朝っぱらからここにいるのは気まずい。耳があんまり良い方じゃなくてよかった。こそこそと話されてるのは分かるが、悪口なら二日くらいへこんでいるところだった。何が話されているのか分からないというのも不気味だが、明確な悪口はしこたまがっくり来る。中学で陰口を三回ほど耳にしてしまった身としては、少しげんなり。


 指定されていた校門付近でまごついていると、ガードマンっぽい黒服の男性が現れた。やべえ、連れていかれるのか!? 「ヘイベイビー、可愛い顔してるじゃねえか」とか言われてお持ち帰りされてしまったらマジでどうしよう!


 そんな俺の心配をよそに、柔和な笑みを浮かべるガードマン。


「天馬冬悟様ですね。こちらへ」

「あれ、俺の名前知ってるんですか?」

「ええ。理事長のお孫さんがいらっしゃると言うことで。写真も拝見しました。……可哀想に……」


 え!? なんか涙ぐまれてるんだけど!? どうして!?


「婆ちゃん、理不尽で有名なんですか?」

「関係者各位には孫馬鹿で有名です」

「うわぁ……急に行きたくなくなりました」

「あはは、そう仰らないでください。参りましょう、理事長がお待ちです」

「はい……」


 ガードマンに連れられ、俺は歩いていく。


 今更だけどカッコいいなーこの人。金髪を短髪にしていて、屈強な体に精悍な顔立ち。男らしさ半端ねえ。


「あの、ガードマンさん」

「キースリットです。キースリット・スミス。妹もこの学園に通っているんですよ」

「じゃあ、ミスタースミス、俺の噂って具体的に……?」

「キースで構いませんよ。勉学勉強ルックスパーフェクトで優良物件だと」

「優良物件アピールしている物件がロクなものなわけないのに……」

「あはは、言えてますね。でも写真写り悪いんですね、本物はとてもクールです」

「ど、どうも……。キースさんもメチャクチャカッコいいじゃないですか!」

「あはは、おかげさまでモテますよ。日本はよい国だ。まぁ女の子は見てる分には大好きなんだけどねぇ……ちょっと苦手」


 とか話してたら校内へ。ここが女子校か。特にいい匂いはしない。


 理事長室は最奥のようで、大きな黒い扉にはインターホンが付いていた。


「キースリットです。お孫様をお連れしました」


 施錠が解除されたらしく、ドアの赤かったランプが緑色に点灯。


「失礼します」


 キースさんが扉を開き、俺は一足先に中に入った。キースさんは中には入らないらしい。俺一人だけ入って、扉を閉められた。


 漫画のように艶のある大きな執務机。デカい本革の椅子に座っていたのは、間違いなく婆ちゃんだった。


「よく来たね。まぁ、お座り。紅茶でいいかい?」

「なんでも。で、何の用なんだよ、わざわざこんなところに呼びつけて」


 俺は応接用だろう、ソファーセットのソファーに腰掛けた。うお、沈む……良いの使ってんなぁ。


「後のお楽しみ。でだね、共学化の話が持ち上がっているのを知っているかい?」

「ああ、天馬学園計画だろ? 反対派の筆頭が理事長の婆ちゃんだってのは知ってるよ」

「試験的に、男子高校生を編入させることになった。いざという時、責任を取りやすい、理事長の孫なんかを」


 …………。


「はっはっは、面白い冗談だね、婆ちゃん」

「あたしゃ冗談が嫌いだよ、知ってるでしょ?」

「はっはっは……はぁぁぁぁ!? 何してくれてんだよ婆ちゃん! 俺はあの学校めっちゃ好きだったのに!」

「ダメです。魅力的な異性がいないあのクラスなら恋は生まれない!」


 そりゃ男子クラスだったしなあと思ったりもしたがそういう問題でもない。芽生えでもする腐った環境……ではなかっただろうなあ、多分。


 色々言いたいことはあったけど、こうなった時の婆ちゃんは人の話を聞かないし。


 何より、女子校に男一人という美味しいシチュエーションを逃すわけにはいかない。


 すまんな、仲間達よ。俺、楽園へ行きます!


「……まぁ、婆ちゃんのことだ。どうせもう決定事項なんだろ?」

「ええ、まあ。で、お前なんでニヤニヤしとるんだ?」

「いやー、女の子がいっぱいで嬉しい」

「そうか! 女子に興味あったか……! そうか、あたしゃてっきり……くう……!」

「婆ちゃん涙脆いなあ」


 まぁ、可愛い(?)孫がホモだと思っていたのだとしたら、感動もひとしおなのかもしれないが。俺に関係なければ別にそういうマイノリティもどうぞご自由にって感じだけど、俺はいたってノーマルだ。彼女欲しい!


「というわけで、今朝の全校集会でお前を紹介するから覚悟しとくんだね」

「へいへい。俺ゲームしてていい?」

「ええ。後、はいこれ」

「何これ」

「この部屋のカードキー。あたしがいない時に好きに使うんだよ」

「いや渡すなよポンとこんなのを」

「さて、仕事するから静かにしてなさい」

「へいへい」


 とりあえずカードを財布にしまって、俺はスマホの画面を立ち上げた。

 ん、なんかグループチャットにメッセが。


『お前転校とかマジかよ!』

『どしたん? 家庭の理由?』


 湿っぽくなるのもあれなので煽っておくか。


『俺、女子校にテストケースとして編入することになった件』

『死ね』

『もげろ』

『爆発しろ』

『合コン組んで』


 男はマジでわかりやすい。とりあえず煽っておこう。


 アホなやり取りにホッとしながら、時間だけがダラダラ過ぎていくのだった。

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