青空の気まぐれな短編集

青空 雨

彼は「優しい」人

 ドアノブを捻る。

 家に入る直前、ふと彼の家に入ったのはこれが初めてだ、と気づいた。

 家の中は電気がついていないのか真昼間だというのにここだけ切り抜かれたかのように暗かった。

 はたして、玄関を抜けた先のリビングに彼はいた。

 物が散乱してとっちらかった部屋の中心で、彼は膝をついてただ呆然としていた。


「な−−−−っ」

「あ、いらっしゃい」


 顔を上げると彼は笑った。

 いつもみんなに見せている笑顔。僕らに安心をくれた笑顔。

 それが今はどうしてか、薄く今にも割れそうなガラスのような印象を受けた。


「どうしてーー」

「……そんなに意外かい」


 『意外』。まさにそうなのだろう。

 常に誰かに手を差し伸べ、僕らを支えてくれていた優しい彼がこのような状況にあるなど誰が信じられるのだろう。


「どうして僕は優しい人と呼ばれると思う? どうしてその人が求めている言葉をあげれると思う?」


 彼は呟く。その言葉は尋ねているが、誰かに向けるでもなく独り言のように聞こえた。


「知ってるからさ。その弱さも、苦しみも。僕も味わっているから」


 自嘲するように、もう諦めてしまっているように。


「どうしてみんな100%の善意を信じようとするんだろうね。偽善だっていいじゃないか。見返りをどこか期待したって……良いじゃないか……。誰か、助けてよ……」


 そんな彼の告白に、私は何も言えなかった。

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