JK戴冠
ちゃんの
プロローグ
我が国はヨーロッパのはずれにある美しい国です。
陸は自然豊かで資源にも恵まれています。島国であるため海へのアクセスも容易で、国民はいつでも新鮮な海の幸を楽しむことができます。外国との貿易がなくとも成立する、自立した国といえるでしょう。
国境ができて高度な文明が芽生え始めた頃、コワはその豊かさ故に周囲の国に目をつけられ、長い戦争をしました。そこで他国を武力でも戦略でも圧倒し、コワの独立を見事に守り抜いてみせたのが、勇敢な戦士ヴィーゼルです。
戦後は彼が王の座に着き、平和な王政の時代となりました。コワの王国としての歴史はそこから始まりました。
国民は王に対して忠誠を誓っています。ヴィーゼルの名は後世に永く継がれてゆくことでしょう。王によって国が成り立ち、王によって民が生きているのです。
絶対王政、万歳!
「……ねぇ、これ何年前の本?」
コワ王国北部の山奥にひっそりと佇む古い小屋。そこに住む茶髪の少年が読んでいた本から目を離し、彼の正面に座ってお茶を啜っている老人に尋ねた。
「この国がこんなに調子良かったのは、もう200年以上も前のことだよね?」
「それはちょうど200年前…1810年の『王に愛された美しい国コワ』という本だからな。相変わらず愛国心の権化みたいな酷い文面じゃ」
愉快そうに笑う老人の気持ちがちっとも理解できず、少年はテーブルに頬杖をついた。
「ちっとも面白くないよ。それより僕は、こんなに好調だったコワがどうして落ちぶれたのかが知りたいね」
老人は、5歳になったばかりとは思えないしっかりとした受け答えをする少年に感心した。やはりこの子はとても賢い。
「じゃあ……次はもう少し新しい、150年ほど前の新聞の一部を読んでみるか」
老人がファイルから引っ張り出した新聞は、大きな見出しが目立っていた。
【徴兵令発布‼︎】
偉大なる我が国の王ヴィーゼル4世が、新しい施策を始められました。どんな敵にも屈しない、独自の兵隊を作り上げるための素晴らしい作戦であります。
王のもと働く研究者たちは、どんな子供も優秀な戦士に育て上げる技術を開発しました。同時に王は徴兵令を発布したのです。
私たち国民は子供が生まれたら、王の兵隊の一員にするために養成所へ提出しなければなりません。我が国を守る兵隊の1人になるのですから誇れることです。徴兵令の発布後に生まれた全ての子供に対し、提出が義務付けられています。
あなたの子供がコワを守ります。多産でコワの兵力に貢献しましょう!
「……何この気持ち悪い記事」
げんなりした様子で少年がため息をついた。この反応を見た老人も深く頷いている。
「その通り、この時期の王と国民の主従関係が1番気持ち悪いものだったと言ってもいい。王は民を戦争の道具としか思っておらんかった」
老人は遠い目をした。
「……絶対王政も、優れた支配者であれば素晴らしい国にすることができるというのに、愚かな王になった途端にこうじゃ。以後、王に歯向かう国民はより激しく非難されるようになった」
少年はこのような暴君の時代に生きていなかったことを心底嬉しく思った。
「生まれて間もないかわいい我が子を引き剥がされるなんて、両親の苦しみは計り知れないね」
少年の言葉に、老人はわざとらしく肩をすくめる。
「どうじゃろうな、我が子を戦士として送り出すのを心の底から喜ばしく思う親もいたのかも知れん」
「うえっ、気持ち悪いな」
考えたくもないというように少年がひらひらと手を振った。
「どの記事も王を讃え、支持する内容ばかりじゃぞ。しかしお前がそれに騙されない自立した人間に育っているのは、私の教育の賜物で……」
自慢げに言いながらファイルを捲る老人の手元から、一枚のメモが滑り落ちた。それは会話を続ける2人が気付かないほど小さく、古ぼけたメモ。当時の体制に反感を持ち、世間から切り離された孤独な記者の書き散らしだ。
__このようにコワの王が過激な手段をとっていても、止められる者は国内にいないのだ。王に反逆することはもちろん、疑うことも、反感を抱くことすら許されない国民。権力を手にし己が利のみを考える官僚たち。
権力者が腐り切ったこの国に未来はない。もはやこの国は、他国の手に堕ちた方が良いのではないか。
しかし、それすらも叶わないのだ。
誰か、この忌々しい鎖国を終わらせてくれ。このままでは、コワは終わる。絶対王政の失敗作として独立国の一生を終えるのだ__
少年がコワに対する不満や疑問を次々にぶつけてくるので、老人は降参して両手をあげた。
「ほらほら、好奇心旺盛なのは素晴らしいことじゃが…今日はもう遅い。シャオ坊、寝るぞ」
「えぇ、じゃあせめて今の王様のこと、ちょっと教えてよ。タタンは知ってる人なんでしょ?」
頑固な少年シャオに根負けして、眠気に襲われ始めた老人タタンは少しだけ答えてやることにした。
「今の王はボンドじゃ。奴はヴィーゼルの名を継がなかった。先代までのやり方に反感を持っているからの」
「おおっ、まともな人じゃん!」
無邪気な少年に見つめられ、きまりが悪くなり老人は苦笑した。コワの凄惨な現状は、幼い少年に伝えるには酷だ。だからこそ彼は、城で無慈悲に捨てられていた赤ん坊のシャオを拾ってから、山の中で静かに育ててきたのである。
健全に育った少年にコワの全てを教えたくない。せめて子供のうちは、夢を見ていてほしい。本当はもう未来のない国だなんてことは知らなくていいのだ。
「まあ、そうじゃな。だが……そのようなボンドの考えが、今のコワでどこまでもつか。奴が城内の陰謀や圧力に耐え得るほどの男だとはとても思えなくてな…」
弱々しい本音が漏れてしまい、老人は慌てて口をつぐんだ。意味がわからず顔を顰める少年を無理やりベッドに突っ込み、これ以上問い詰められないうちに老人も寝床につく。
コワの未来は、暗い。老人はこの現状に、誰かが光差してくれることを夢見ていた。
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