第13話 夢
「……ボクと同じでは居たくないんだな。まあ、それが良いと思うけど」
誰かの声が聞こえた。
目は開けられた。体はあんまり動かない。
俺はどこかに座っているようだ。
真っ直ぐ目の前には、少年がいた。
少年と言っても、俺よりは大分年上だ。
黒い髪の中学生だ。
今の俺と同じ様に前髪が鼻先にかかるくらい長い。ブラウンの瞳は両目ともに健在だ。
それが誰なのか、しばらく考えてからやっと分かった。
「……俺……?」
「そうだよ、ボクだ」
生前の自分とこうしてしっかりと顔を合わせる事になるとは思わなかった。
ここは夢の中、もしくは精神世界か、まあその辺りのなにかなのだろうと予測して、一旦は納得しておく。
グレイブニル家に居て、自分はあまり家族に似てないと思っていたが、成程どうして……こうしてみると当たり前だ。
「色以外はそっくりだ」
俺が前髪をいじりながら言うと、少年はため息を吐いた。
「“まだ”そっくりなのは、年齢が違うからだ。同じ歳になったら、多分同じ顔になるんじゃないか?」
「そっか。まあ、馴染みのない顔になっても変な感じだから、別に良いけど」
前世の自分は、俺の前にあぐらをかいて座った。
俺の顔を見回して、小さくため息を吐いた。
「難儀な体だな?」
少年に言われて、俺はすぐに言い返した。
「人のこと言えないだろ」
いつも俺の体には傷が、痣が、痛みがあった。
でも今の俺には左目以外に目立っておかしな所はない。
白髪はあの世界でも少し珍しいってくらいか。
だが、父親であるアルセーヌだって白髪だ。そこまで大きな違和感はない。
「……で、どうしたんだよ急に? 俺達が話さないといけない事情なんてあるのか?」
「ボクだって知らない。気付いたらこうなってたんだ。まあ……でも、推測はできる」
「へえ、なに?」
「君だってボクなんだから、分かるだろ」
少年……いや、もう一人の自分が、またもため息を吐いた。
「ボクと、君は同じ存在だけど、別の人間だ。でもずっと境界が曖昧だった。それが、何かの拍子に完全に分かれたんだろ」
「なんの拍子なんだろうな?」
彼は肩を竦めると、何度目かのため息を吐いた。
「分かってるくせに、とぼけんなよ。そういう所だよ、ボクと違うのはね」
「はいはい……。俺がハルと話をしたからだろ」
「名前を呼んだだけだ。でも、今まではずっとそっちでは世界の人と会話をして来なかった。てか、なんでだ? ずっと黙ってたのは」
うーん……。なんでだっけ?
でも多分、何かで話をしようとはしたんだ。
でもやらなかった。いや、出来なかった…?
「…出来なかった訳じゃ無いはずだ」
「うん、出来た……と思う。口で状況を伝えた方が早かった事態は何十回とあるし……」
「ならなんでやらなかった?」
「……分からない。けど、多分これからも滅多に声を出すことはないと思う」
「急にペラペラと喋りだしたら、周りの人等が混乱するからな。そりゃ……」
うーん…本当になんでだっけな。理由は分からないが、そうしておくべきなんじゃないかと本能的に感じるというか……。そうするべきだと心の中にいる誰かに言われてる様な気もする。
取り敢えず、今はそうしておくべきだと。
「……ま、気にする必要はないだろうけどさ。でもあの子、ハルフィのことはどうするつもりだ? あいつ完全に……」
「あぁ、ハルは……。まあ、ほら? 小学生がちょっと気持ちを浮つかせてるだけだよ」
「そうだとして、これからも同じ屋敷で暮らすんだぞ?放っとく訳にも行かないだろ」
「いや、まあ……うん」
放っとくわけには行かない、のかなぁ……?
いやでも別に、気にする程のことでもなくないか?
「お前分かってんだろ?あいつ一応姉──」
「そうそう、姉だから大丈……」
と俺が返答を言ったところで、少年は黒髪を揺らして眉をひそめた。
「──そういや、ハルフィは妹増えるかもな」
「ん、アルセーヌとアノレアか。あの二人、どんな関係なんだろうな?」
「さあ……?」
いや、今はこんな話してる場合じゃなかったな。少年も同様に思い至ったようで、小さく首を振った。
「まあ、それは一旦置いておこう。それより、ボクはお前……ゼルハートに一つ、聞かなきゃいけない事がある」
「ん?なんだよ?」
「……ゼルハート、お前……。ボクの名前、覚えてるか?」
……何を言っているんだ?
前世の自分の名前だぞ。そんなの覚えてない訳がない。
「覚えてるよ、ちゃんと」
「そうか……。なら良い」
「なんでそんな事を?」
「多分、ボクは近い内に消える」
「……は?」
「いいか、ボクの事を絶対に忘れるなよ? 十中八九転生のせいだけど、何かが変わりかけてる」
「変わりかけ…って、そりゃ変わりくらいはするだろ。七年も別の世界で別の人間として生きてるんだから」
「あぁ、別にボクだって変わるんならそれで構わないけどな? でもせめて14歳になるまでボクの事を忘れるな」
前世の自分はどこか必死だった。
俺が素直に頷くと、少し笑った。
「……なら良い。じゃあ、お別れたな」
「ん?そうか。じゃ、またなショート」
俺はそう言って軽く手を挙げた。
そいつはぽかんと目を丸くしたあと、ふんっと鼻で笑った。
「やっぱ変わった……。いや寧ろ……本当は、そういう性格だったのかな」
「さあ、どうだろうな。でも、俺もボクも、同じだよ。変わったんだとしても、同じだ」
そう思っていた方がポジティブになれる気がする。
俺とボクは笑いあって世界はゆっくりと光りに包まれて消えていった。
……そう言えば、考えたこと無かったな。
……俺はどうして転生したんだろう?
◆◆◆
いつもより温かい。
自分以外の息遣いが聴こえてくる。
まぶたを上げて、目の焦点を合わせると…亜麻色の髪が最初に見えてきた。
ハルフィの目元が少し赤い。
寝ている時も、泣いていたんだろうか。
俺はぼんやりと夢の中のことを考えていた。
今まで同じ様な事態になったことはない。
どうして今だったのか……。
少し考えて、すぐに分かった。
……俺、もう前世の半分も生きてんのか。
そうだとしても21年くらいか?
二度目の人生だと言う割には合計しても随分と短い期間だ。
まあ、前世は過ぎたことだ。
小さな思い出の一つとしてしっかりと胸に刻んでおこう。
……長生きしたいな。
ふと、腕の中で包まっていたハルフィが目を覚ました。
ぼーっと俺の顔を見た後、急に顔を赤くして飛び上がる。
「あっ、あう……ぅ……」
お姉ちゃんというより、もはや妹みたいだ。
「……お、おはよう、ございます…。ゼル」
今のハルフィは名前を呼んであげるだけでも、刺激が強そうだ。
俺がぽんっと頭を撫でると、ハルフィは少しキョトンとしてから……嬉しそうに目を細めた。
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