第26話 結婚式と怪しげな笑み
夜になれば、ジークヴァルト様の選んだドレスに着替えて部屋を出た。廊下には、タキシード姿で待っているジークヴァルト様と、見たことのない男性が一人。正装姿のスーツは、普通の貴族よりも気品に満ちていて……。
「あの……ジークヴァルト様。お待たせしました」
「ああ、可愛いよ。リリアーネ」
愛おしそうにジークヴァルト様が私を軽く抱く。それを微笑ましく男性が見ている。
誰だろうかと疑問に思っていると、ジークヴァルト様が私の視線の先に気付いて彼を紹介した。
「リリアーネ。こちらは、フェアフィクス王国の殿下であられるロルフ様だ」
「で、殿下! し、失礼しました! 私は、リリアーネ・シルビスティアです」
慌ててジークヴァルト様の手を払ってお辞儀をする。思わず、舌をかみそうになる。
「ああ、楽にして。気を遣わなくてもいいよ。ジークヴァルトとは、昔からの知己だ。リリアーネ嬢も気を遣わなくていいから」
「そ、そういうわけには……」
「君には感謝しているんだ。ジークヴァルトと結婚してくれるのだからね」
それは、どういう意味だろうか。
ジークヴァルト様に答えを求めるが、彼は私の背後にくっついて離れない。
「感謝、ですか?」
「もちろんだ。おかげで、フェアフィクス王国の問題が解決される」
「えっと……」
背後霊のように後ろから私を抱きしめているジークヴァルト様を見上げると、うっとりとした彼と目が合い、くっついている彼に疑問を聞いた。
「アルディノウス王国で、ラッセル殿下が言ったと思うが……まぁ、どんな理由であれ、リリアーネは逃がさないけど」
「話がズレてませんか?」
「俺は全くズレてない。国の思惑での結婚を希望していると言うなら、リセリアのせいだ」
「リセリア王女?」
「リセリアは、俺と結婚してフェアフィクス王国の王妃になりたいのだ。だが、俺が結婚すれば、それも叶わないからな」
確かに、リセリア王女が王妃になるには継承権第二位のジークヴァルト様と結婚するしかない。しかも、絶対にジークヴァルト様が好きだと思う。顔がいいからかなぁ……
「まさか、呪われたのは……」
「カミルが邪魔だったのもあると思うが……元々狙っていたのは俺だ。フェアフィクス王国では、呪いを浄化できる聖女はいない」
だから、フェアフィクス王国をひそかに脱出してきたのだ。呪いも解けずに、カミル王子を親元に返すために。それにアルディノウス王国なら、聖女は私以外に幾人もいる。
「リセリアは、呪いで俺を言いなりにしたかったのだろう」
「でも、姿が変わっただけでは……」
「その辺は、まぁ、呪いが効きにくいというか……」
「しっかりと呪いは効いてましたけど?」
「その辺りの理由は、リリアーネが俺を思い出してくれたらわかることだ」
「よくわかりませんけど……でも、それでリセリア王女はラッセル殿下との結婚を嫌がってユーディット様がアルディノウス王国に嫁いだのですか……」
「そういうことだ」
ああ、だからラッセル殿下も、フェアフィクス王国も私とジークヴァルト様の結婚を後押ししているのだ。
リセリア王女をジークヴァルト様と結婚させないために……。呪いをかける様な王女を王位継承権第二位のジークヴァルト様と結婚させたくないのだ。
それとも、リセリア王女がジークヴァルト様と結婚してしまえば、権力が強くなってしまうからだろうか。
それに、同盟で決まったことは、お互いの国同士で結婚をさせることだった。ロルフ殿下はすでに結婚しており、ジークヴァルト様にアルディノウス王国からの妃を送る予定だったのだろう。もしくは、ロルフ殿下に第2妃を贈るつもりだったか……それが、ジークヴァルト様の希望で私が嫁ぐことになった。お互いの国が安堵したことだろう。
ジークヴァルト様が、すぐにと、結婚を決めたのだから。
「だから、すぐに結婚式を行おう。ジークもすぐに結婚をしたがっているからな。我々にとって望んだ婚姻だ。そのうえ、リリアーネ嬢は聖女と聞いた。それなら、リセリアの呪いにも対抗できる。素晴らしい婚姻だ」
ああ、ロルフ殿下も狙われていたのだろうか。よくわからない。少なくとも、ジークヴァルト様と結婚するまでは、ロルフ殿下は安全なのだろう。
ジークヴァルト様が結婚前に万が一にも王位に着けば、未婚の彼は間違いなくアルディノウス王国からの女性を贈られるはずだ。そして、ジークヴァルト様が結婚すれば、リセリア王女が王妃になる可能性はほとんどないらしい。でも……
「ジークヴァルト様。結婚式がすぐって、いつですか?」
「明日だな」
「明日!?」
「もう待てない。フェアフィクス王国までの旅路も添い寝しかしてくれないからな」
「当たり前です!」
毎晩毎晩迫ってくるジークヴァルト様。あの骸骨様なら、どこか安心して腕の中で眠れるのに、この人型は緊張する。
骸骨様なら表情がよくわからないけど、人型の彼がうっとりとした艶顔で見つめられるからかもしれない。
「ジーク。結婚式の準備は言われたように、整っている。ドレスは、リセリアが邪魔をしたようだが……」
「問題ない。リセリアが邪魔をしようが、密かに仕立て屋にはドレスの準備をさせている」
「それは、良かった。では、ジーク。そろそろ、食事にしようか。今夜は祝わせてくれ」
「ええ。もちろんです。すぐに食事にしましょう。明日は、結婚式だ」
ご機嫌な二人に連れられて、フォルカス公爵邸の食堂へと行った。
フォルカス公爵邸の晩餐も豪華なもの。銀食器が眩しい。燭台まで、新品同様の銀細工だ。
今さらながら、私は凄い身分の方と結婚するのではないだろうか。緊張してくる。しかも、目の前には、フェアフィクス王国の殿下。つい先日まで、貴族の生活もできないどころか、その日の食事もスープにパン一つだったこともあるような没落寸前の男爵令嬢が、ここにいていいのだろうか。違和感にすら思える。
フェアフィクス王国に来て、すぐに王族とお目通りをして、心落ち着かないままで晩餐会が始まった。
そして、翌日__。
リンゴン、リンゴーンと大聖堂の鐘が鳴り響いている。
本当に、翌日には結婚式が行われることになり、ウェディングドレスを着て、ジークヴァルト様と結婚の誓いのキスをしている。
身目麗しい白いタキシード姿のジークヴァルト様が神々しい。
フェアフィクス王国とアルディノウス王国が望んだ結婚。そして、何よりもジークヴァルト様が望んでいると言う結婚。うっとりと見つめるジークヴァルト様に手を取られて、大聖堂を祝福されながら歩く。私はジークヴァルト様と結婚をしたのだ。
結婚仕様になった馬車に乗せられると、ジークヴァルト様が愛おしく私の手を取り手の甲にキスをした。
「とても綺麗だよ。リリアーネ」
「ありがとうございます……その、ジークヴァルト様もとっても素敵です」
「嬉しいよ……今夜が楽しみだ。やっとリリアーネが手に入る」
「お手柔らかにお願いしますね……その……」
「くくっ……」
「ジークヴァルト様?」
「ああ、やっと手に入る。早く思い出して、リリアーネ」
怪しげに笑いを飲み込んだジークヴァルト様に、少しだけ困惑する。そのまま、私たちの乗った馬車は進んで行った。
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