第18話 交わらない記憶 2
「何をするんだ? 痛いぞ」
「朝から変なことを言うからです!」
フンと立ち上がって腕を組んで言った。いきなり、同衾などできない。
しかも、ジークヴァルト様は私に殴られも、びくともしないのに白々しい。
「だが、呪いを解く方法がわかったな」
「それは……」
「毎日、リリアーネが俺と抱き合えばいいと言うことだ。そうだな……夜に骸骨姿になることが多いから、毎晩一緒に寝てもらおうか」
い、嫌すぎる。結婚前に、一緒に寝るなんて嫌なのです。
「その嫌そうな顔は何かな?」
「心の声が隠せないです」
「くくくっ……あの夜は、一晩中一緒にいたのに」
「あ、あれは、雷が怖くて……」
呆れたように、ジークヴァルト様が笑い出してしまった。
「とにかく、お姿が戻りましたので、すぐに朝食にしましょう。先に行きますね」
「そう怒るな。そんなところも可愛いのだが……」
甘えたようにジークヴァルト様が後ろから抱き着いてくる。いや、甘えているというよりもはしゃいでいるのだろうか。喜んでいるのはわかるけど、理由はなんだろうか。
その時に、部屋のノックの音がした。
「姉さま。朝食だよ。姉さま。大人のくせに、まだ着替えが終わらないの? 姉さま? 姉さま」
ジークヴァルト様の部屋を何度もノックして、ノキアが扉の向こうから言ってくる。
「あれも何とかしないとな……」
「す、すみません……」
ジークヴァルト様の艶めいた雰囲気はなくなったが、ノキアのシスコンぶりにも言葉がない。いったい、いつからここまで酷いシスコンだったのだろうか。
昔から、「姉さま。姉さま」とくっついている子供だったけど……
ちらりと、ジークヴァルト様を見上げる。やはり、彼との結婚が決まったことで、シスコンに火が付いたのだろうか。
「では、朝食をいただくか」
「はい」
グラッドストン伯爵邸で、満面の笑みのお義母様とジークヴァルト様をひたすらに敵視しているノキア、いつも通り笑顔もないグラッドストン伯爵様と朝食を頂いた。
♢
__朝食のあと。
部屋を出ると、ノキアが壁にもたれて立っていた。
「なんだ? リリアーネはいないぞ。髪を整えると言って、部屋に戻ったはずだ」
「知ってる。姉さまは、今、出かける準備しているから」
「では、俺に用事か?」
ムッとして、こちらを睨むノキア。何の用だと思いながら足を止めて見下ろすが、ノキアは怯みもしない。物怖じしない性格は好ましいのだろう。
「言いたいことがあるなら、早く言え。今なら聞いてやろう」
「偉そうだね」
「実際、偉いからな」
いつもしている黒い手袋を引き締めながら、ノキアを見ている。何か言いたげで、素直に言葉にできない様子を感じると、ジッと俺を睨んでいたノキアがやっと口を開いた。
「……昨日は、ごめんなさい」
「ほう、素直だな」
「姉さまに嫌われたくないから……」
「そうか……まぁ、そういうことにしておいてやろう」
嫌われたくなくて謝るなら、リリアーネの前で謝るのだと思う。が、ノキアは一人で謝罪に来た。そういう意図もないのだろう。
「あの……」
「俺の名前は、ジークヴァルトだ。そう呼べ。様を付けろ」
「本当に偉そうだね。そのジークヴァルト様は、姉さまと本当に結婚するの?」
「当たり前だ。ずっと探していたのだからな」
「ずっと? やっぱり姉さまのストーカー?」
「わけのわからんことを言うな」
ノキアの頭を、ガシッと掴んで威圧感たっぷりで言う。慌ててノキアは軋んだ頭を押さえた。
「痛い」
「それくらいで済んで、感謝しろ」
「じゃあ、いつから姉さまが好きなのさ」
「そうだな……お前が産まれるずっと遥か昔からだ」
「意味わかんない」
「歴史でも学べ」
「余計わかんない」
ずっと探していたリリアーネを、偶然にも見つけたのだ。彼女を想うだけで、感情が揺さぶられる。
ノキアは、腕を組んで頭を悩ましている。その姿は子供らしい。
「姉さまと結婚は止めないの?」
「止めない」
「でも……」
「リリアーネは、俺のだから誰にもあげない。諦めろ」
リリアーネは、ずいぶんと人気だなと思える。
グラッドストン伯爵邸にリリアーネを迎えに来る前も、フェアフィクス王国から逃がすために密かに城から連れ出した甥のカミルもリリアーネに感謝して、そのうえ結婚したいと言っていた。子供らしい憧れなのだろう。その時も「あれは叔父さんのだから、ダメ」と言って置いて来たのだが……まさか、ここにもリリアーネを慕う子供がいるとは。
「……じゃあ、謝ったから、ぼくは行くね。姉さまと街に行くんだ」
「好きにしろ。謝罪は受け入れたとリリアーネに言え」
そう言って、ノキアが歩き出した。そして、俺も歩き出した。廊下を縦並びで歩いている。すると、玄関ホールの階段に差し迫ったところで、ノキアが嫌そうに振り向いた。
「なんでついてくるのさ」
「俺も出かけるから」
「一緒に来ないでよ」
「お前の意見などどうでもいい」
「一人で出かけられないの? 大人なのに」
「俺は、リリアーネを迎えに来たんだよ」
「一緒に連れて行きたくないけど……連れて行きたくないけど……本当に嫌だ……けど……」
リリアーネと自分の気持ちを天秤に図っているのだろうか。苦渋の決断を迫られているように悩み睨んでいる。
「安心しろ。俺は一度城へ帰るだけだ」
「全然安心できない。ウソじゃないの? 一人で帰ってね。姉さまは、ジークヴァルト様に我慢しているかもしれないから」
「嫌なことを言うな」
いったいどこまで、リリアーネを慕っているのか。頭が痛くなりそうだ。
「お前もいずれ城に呼んでやる。リリアーネの見送りもさせてやるから、ワガママ言わずに待ってろ」
「本当に? お城に行ってもいいの? 邪魔しない?」
「俺のどこが邪魔なんだよ……いい子にしてたら、褒美をやるから大人しくしてろ」
「褒美は、結婚の破断にしてくれたらいいのに……それか、姉さまが逃げてくれば、ぼくが守るのに……」
「不吉なことを呟くな」
子供らしいのか、子供らしくないのか、よくわからなくなる。しかも、リリアーネに逃げられては困る。
「ノキア。どうしたの?」
睨むノキアと玄関ホールの階段上で立ち止まっていると、支度を済ませたリリアーネがやって来た。
「姉さま」
「ノキア。どうしたの? ジークヴァルト様と一緒に待っているなんて……ご一緒されるのですか?」
「リリアーネが来るのを待っていただけだ。俺は一度城へ帰る……そこの子犬もうるさいしな。夜には戻って来られると思うが……」
ぼくは子犬じゃないと呟きながら、ノキアはリリアーネにしがみついた。
「ノキア。明日には、アルディノウス王国を出る。だから、今夜もグラッドストン伯爵邸へ滞在させてもらう。それまではリリアーネと過ごせ」
「本当に? でも、謹慎は……」
「本当だ。昨夜、グラッドストン伯爵とそう話した。謹慎もリリアーネと一緒なら、外に出てもいいと言い渡されているはずだぞ。そう話を付けたからな。だから、今からの外出も許可がおりたのだろう? それと、フェアフィクス王国に帰国するまでここで過ごすことを決めたのは、お前のためだ。リリアーネの見送りをさせてやる」
そう言うと、ノキアが明るくなった。
「じゃあ、早く行こう」
「はいはい。私と一緒じゃないと、街に出られないから、楽しみなのね」
「絶対に違うと思う」
思わず、そう突っ込む。
グラッドストン伯爵によって、ノキアは謹慎中。外出許可がおりたのは、リリアーネと一緒ならと、グラッドストン伯爵が承諾したもの。庭への外出もリリアーネがいなければ禁止中だった。
「ジークヴァルト様。ありがとう」
ノキアが、照れたように感謝を告げる。
「ありがとうございます、だ。リリアーネ滞在中は庭にも出られるから、今のうちに好きにしろ」
残り少ない期間だが、それでもノキアはリリアーネと過ごせることが嬉しいのだろう。
リリアーネにくっついているノキアたちと玄関外に出ると、馬車が二台待機していた。
「馬車が二台ある……ジークヴァルト様は、あっちに乗る?」
「お前……どこまで独り占めする気だ……」
「だって、お城へ帰るんでしょ? 一緒の馬車じゃないよね? 姉さまは、今からぼくと街に行くんだから……」
どこまで、俺を追い出したいのか。確かに、一度帰るとは言ったが、引き離そうとする意志をひしひしと感じる。
すると、玄関からグラッドストン伯爵が出てきた。
「もう一台は、私のだ」
「お祖父様の? この人のじゃなくて?」
「そうだ。少し病院に行ってくる」
そう言って、グラッドストン伯爵は、馬車に乗って行ってしまった。ノキアの同級生たちの様子を見に行くのだろう。
「じゃあ、ジークヴァルト様と一緒なの? なら、ジークヴァルト様は、大きいから一人で座ってね」
ノキアの嫌そうな顔で言われると、城へ帰る気が失せていく。
「お前……どこまで、リリアーネを独り占めする気だ。だいたい、俺は自分の馬で帰る。それとも、一緒に馬車に乗るのがご希望か?」
「絶対に嫌だ」
なぜ、馬車の座席まで指示される羽目になるのだと呆れる。リリアーネは、苦笑いで馬車に乗り込んだ。そうして、二人は外出を楽しんだ。
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