第12話 家族の絆とは 5


不毛に似たやり取りが続く中で、玄関から凄んだような声がした。振り向けば、執事に呼ばれたグラッドストン伯爵様がやって来ていた。


「エイプリル。何をしているんだ?」

「困った方々の相手です。ノキアの同級生たちですわ」

「お義母様……大丈夫ですか……」

「何が?」

「いえ……」


本人を目の前に困った方々と言っていいのでしょうか。キョトンと首を傾げたお義母様が、なぜか無敵状態に見えてくる。

すると、グラッドストン伯爵様がジロリと私を睨むように見下ろし、次はノキアの同級生たちやその家族を見据えた。彼らは、グラッドストン伯爵様の鋭い視線に肩を強張らせた。


グラッドストン伯爵様に、私を睨まれても、お義母様の発言は私のせいではないのですと言いたい。


「ノキアに謝罪へと来たのか?」

「違いますわ。ノキアを虐めに来たんですわ!」


思わず、うんうんと頷いた。


「グラッドストン伯爵様。あなたの顔を立てて、今まで不問にしてきましたが、今回は無理ですな。いつも問題ばかり起こし、同級生たちとも上手くやれない。そこまでは、見て見ぬふりをしましょう。だが、殴りかかるどころか、魔法で子供たちを傷つけるとは……刃物で向かってくることと同罪なのですぞ!」

「魔法? ノキアがか?」

「そう言えば、先ほどもそんなことを言っていたような……」


今まで、ノキアが魔法を使えるなんて知らなかった。

でも、私も魔法を使うのだから、ノキアが魔法を使えても不思議ではない。お義母様やグラッドストン伯爵様とは血のつながりはないけど、ノキアとは間違いなく半分は血が繋がっている。

同じ血筋で、魔法を使えることは珍しくないのだ。


「それで、何をしに来たのだ? グラッドストン伯爵家に何の用だ?」

「ですから、そちらの孫の処遇を求めているのですぞ。それに、すぐにそこの聖女に癒してもらう。ノキアの姉なら、償いも必要であろう!」

「それは、聖女の力を無料で差し出せと言う話しか? それなら無理だな。私には、聖女に対して何も権限は持っておらぬ」

「権限の問題ではない! 弟のしたことに償うべきなのだ! 癒しを求める者を聖女として我らを蔑ろにしたと、所属の教会に訴えてもいいのですぞ! 責任者とコンタクトを取ることが出来ないとでも思っているのか」

「あの……無理だと思いますよ」

「聖女は特別だと思っているのか? だが、ノキアの姉は聖女として力が弱いと聞き及んだことがある。それでも、弟の尻拭いぐらいはしたらどうだ?」


フンと胸を張ってふんぞり返っても、無理なものは無理だろう。


「そうではなくてですね……すでに教会を解雇されてますので、訴え願い出るところはないかと……」

「「はぁ!?」」


私の発言に、同級生の親たちが目を丸くする。先ほどまで、無敵状態だったお義母様までも驚いている。グラッドストン伯爵様は、無表情のままで懐からパイプ取り出して吹かし始めた。


「リリアーネちゃん。本当なの?」

「はい。そのこともお伝えしようと思ったのですけど……今の私は、殿下の預りになるかと」

「そう……わかったわ。でも、結婚するなら、どっちでもいいわよね。早くリリアーネちゃんの旦那様にお会いしたいわ! 挨拶をしないとね!」

「はい。お義母様」


お義母様と朗らかに話していると、呆気に取られていた親の一人が笑い出した。その笑い声に他の親たちも笑う。


「ふっ……ハハハッ……!」

「アハハ……!」

「何かおかしいですか?」

「癒しを拒否したのが、わかったのだ。聖女をクビになったから、出来ないのだな。生意気を言おうが、ダメな子供は姉弟で一緒だ!!」

「なんて失礼なことを……言っていいことと悪いことの区別がつかないようですね」

「教会をクビになるような聖女は聞いたことがないからな! しかも、結婚? どうせ、借金の肩に妾にでも行くのだろう。聖女を欲しがる貴族はいるからな! それとも、金で買ってくれる貴族を探しに、グラッドストン伯爵の紹介でも得に来たか?」


その通りだ。私はそうなるはずだった。お金がないだけで、こんなにも見下されている。

悔しくてギュッとスカートを握りしめていると、隣のお義母様が冷ややかに執事に言う。


「すぐに塩を持って来てちょうだい」


お義母様がグラッドストン伯爵様の後ろにいる執事に言うと、執事は「かしこまりました」と言って邸に入って行った。


「エイプリル」

「なんですか。お父様」

「何をする気だ?」

「お塩を撒くのですわ」


笑顔なのに、額に青筋を立てているお義母様。グラッドストン伯爵様は、パイプを吸い煙を一つ吐くと、目の前の親たちに冷ややかに睨んだ。


「先ほどから、いったい誰に向かって話しているのだ。私が誰だが忘れたのではあるまいな。格下の貴族が、私の上に立ったつもりか?」

「……っ!」

「ノキアは、シルビスティア男爵であると同時に私の孫だぞ」

「し、しかし、我が子たちが怪我をさせられている、のです……我らは、学校にも多大な寄付もしております……このまま、学校生活を乱されては……その……」

「寄付か……確かに、私の学校ではないからグラッドストン伯爵家は学校に寄付金を納めてはおらん。私は、無駄な金を使うつもりはないからな」


威厳のあるグラッドストン伯爵様が、冷ややかに言う。この怖い顔のグラッドストン伯爵様がノキアを庇護していたから、彼らは今まで突撃してこなかったのだろう。


先ほどまで、ふんぞり返って感情のままに私とお義母様を責めていた親たちが、グラッドストン伯爵様の迫力に押されて歯切り悪くなる。


そして、グラッドストン伯爵様のこの言い方。学校は、寄付金を納めている彼らの味方なのだ。きっと、それに怒ってグラッドストン伯爵様は寄付金を納めることをしないのだ。


今も、ノキアを侮辱されて冷ややかな怒りが彼からひしひしと感じる。

やっぱり、ノキアにはグラッドストン伯爵様が必要なのだ。


「怪我のことは訴えるのであれば、私の病院に見させよう。しばらくは、そこにいるがいい」

「病院……ですか」

「聖女の力を使って治すほどものか? くだらん。国に仕える聖女の力を甘く見ることは、聖女を統括する陛下や殿下の顔に泥を塗ることにもなるだろう。素直に病院へ行け」

「わ、わかりました……ですが、謝罪はして頂きたい」

「謝罪だと?」


その時、一頭の馬が物凄い勢いでやって来た。




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