第6話 雷雨の夜にやって来た骸骨様 1
三ヶ月前。一日中豪雨だった。そのうえ、大嫌いな雷まで鳴り響き、どこかで落ちる音がした。
「怖いのですよ……」
一人そんなことを呟いていた深夜。雷が怖くてシーツにくるまっていた。
その時に、シルビスティア男爵邸の玄関扉が叩かれた。ドンドンと扉が壊れるほどの勢いで叩かれる音と振動に身震いした。
「夜分失礼! どなたかいらっしゃらないか!」
切羽詰まった叫び声に、おそるおそる扉を開けた。扉が雨に濡れながらもキイッと軋む音を立てて開けていくと、突然、ガシッと扉を掴まれた。
「きゃっ……」
「ああ、すまない。驚かせてしまったようで……だが、どうか助けてほしい」
黒い手袋をした手で扉を掴まれている。半分ほど開いた扉から見えたのは、全身を黒いマントで覆った人物。声色が低くて男らしいものだった。
「あの……どうなされたのですか?」
「実は……」
道に迷ったのだろうか。シルビスティア男爵邸は村はずれにあり、周りにあるのは森ばかりだった。邸には使用人もいない。没落してからは来客すらも迎え入れることのないひと気のない場所なのだ。
その瞬間、雷が豪音を立てて光り、マントから骸骨の骨ばった顔が露になる。男の言葉は遮られて、私はその顔に絶句して上ずった声が出た。
「……が、骸骨!?」
「怖がらせるつもりはない。どうか一晩だけでいいので雨宿りをさせて欲しい」
えっ!? えっ!?
骸骨を? 骸骨は濡れたら、どうなるのでしょうか!?
わからない。わからないのですよ。
困惑したまま悲鳴を出すタイミングも失っており、雷が怖くて震えているのか、骸骨が怖くて震えているのか、わからない産まれたての小鹿のような足になっていた。
骸骨は、困ったように話しかける。表情は全く分からない。彼の顔からは喜怒哀楽が読み取れないから。
「あの……聞いていますか?」
「き、聞いてます!?」
上ずった声で、聞いているのか聞いてないのか、判断できないような返事をすると、骸骨が抱いている腕のところが悩まし気に動いた。
雷鳴が鳴り響く。豪雨のせいで、外はうるさいほどだ。それなのに、骸骨の腕から可愛らしい声が唸った。
「う、うーん……」
よく見れば、骸骨は小さな子供を大事にマントの中に入れている。そっとカンテラの灯りを照らすと、子供は紅潮した顔で、ぐったりとしていた。
「こ、子供……!?」
「頼む。この子が目を覚まさないんだ」
「まさか、ご飯持参!?」
「違う!」
魔物は、人も食べるとは聞いたことがあるけど……。子供を見ると、しっかりと骸骨様の服を握りしめている。ああ、不安なのだろう。こんな嵐の中で、この子供は骸骨様を頼り、骸骨様は大事に抱えているのだ。少しでも、雨に濡れないようにと、マントの中に包み込んで……。
「失礼しました……」
「いや、いい。だが、今夜一晩でいい。どうか、休ませて欲しい。俺が怖いなら、この子だけかまわない。俺は、邸には足を踏み入れないと誓う」
「だ、大丈夫です! 骸骨様も、どうぞお入りください。お子様はすぐにベッドに……急いで温かい物をお持ちします」
招き入れるように玄関扉をさらに開けると、骸骨様が驚いた。骸骨の顔のせいで表情がまったくわからないから、おそらくだけど。
「いいのか?」
「もちろんです。お困りのようですし、子供が心配です。すぐに休ませましょう。熱さましの薬湯もすぐにご準備します」
「しかし……邸の者が何と言うか」
「ここには、私一人です。ですから、遠慮なくお入りください。さぁ、どうぞ」
「すまない」
シルビスティア男爵邸へと招き入れ、子供をすぐにベッドに休ませた。そっと額を撫でれば熱い。雨の中ずっと外にいたのだろう。
「先に服を着替えさせますね」
「それは、俺が……っ」
子供の身体に触れようとすると、骸骨様が慌てて止めようとした。その時に、骸骨様のマントがかぶさっていた子供の手が露になった。
驚いた。子供の手が骸骨様と同じように、骨だけなのだ。
「……ええーと……」
何と言っていいのか言葉に詰まる。なぜ、骸骨様が人間の子供を抱いているのかもわからなかった。
骸骨様は、子供の手を見られて困ったように頭を抱えている。
「骸骨様のお子様でしたか……」
「俺の子ではないが……事情があって、話せない。だが、決してあなたにもこの家にも迷惑をかけないと誓う。だから、どうか何も聞かないで欲しい。お礼も必ずする」
事情があるらしい。それは、どこから見てもそう思う。骸骨が雨の中、子供を心配気に抱えて訪ねて来たのだ。しかも、自分が怖がられることを懸念して、自分は雷雨の外にいるとまで言った。
私が絶句して驚いてしまったせいだろう。なんだが、ご飯と言って申し訳ない。
「あの……では、熱さましの薬湯を準備してきますので、骸骨様が子供のお着替えをお願いできますか? 子供の着替えもありますので……暖炉の火もすぐに点けますね」
「子供が邸に?」
「今はいませんが、弟がいます。その弟が小さな頃の服になりますが……すぐにお持ちしますね」
そう言って、急いで以前住んでいた弟の部屋から服を持って来た。もう弟は着られないサイズだから、置いて行って助かったとホッとした。
その間に、骸骨様が暖炉に火をつけており、パチパチと火の音が立っていた。火を使った形跡がない。きっと魔法で火をつけたのだろう。
「骸骨様。どうぞこちらを使ってください」
「ああ、助かる」
骸骨様に着替えやタオルを渡すと、感謝しながら受け取ってくれる。
「骸骨様も、今のうちにお身体をお拭きくださいね」
そう言って、私は薬湯を作るために部屋を出た。
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