勘違いするだろ! いい加減にしろ!

すずまち

距離感の近い幼馴染

 気持ちの良い睡眠から目覚め、体を起こそうとしたらさっそくの違和感。なんだか身体が重い気がする。


 別に、体調が悪いとかそういう重さじゃない。なんというか、重いものが乗っているような、そんな重さ。それに、ぬくい。妙に、ぬくいのだ。


 少しずつ薄目を開けていく。耳にはすう、すうという健やかな寝息のようなものが聞こえてくるが、それが幻聴であることを信じて。


「……何やってんの? ひまり」


 目を完全に開けたところで、俺の上で眠りについている幼馴染に問いかけてみるが、反応は無し。どうもしっかり眠りについてしまっているらしい。かわいいはかわいいのだが、困ると言えば少し困る。こうやって何も気にしていないであろうひまりに対して恥ずかしいことだが、少しくらいは意識してしまっているのだ。


「なんでこいつは異性のベッドに入ることに全く違和感を持たないんだよ。もう中三だろ?」


 そうやってひとりごちるが、結局何も変わらないことは経験からして自明の理。こうやって偶に眠っている間に潜り込んでくるのは、幼い頃からの癖のようなものだ。今更といえば今更だしな。


 ただ、やっぱり年齢も年齢。そう警戒心なく男のベッドに簡単に入ってきて乗るなんて、簡単にするのはいかがなものかと思う。


「むう……ふぁあ……ん、あれ? もう和人さん起きてたの?」

 

「暑かったからな」

 

「そっか。おはよー」


 寝起きらしいふわふわとした声で、へにゃりと笑ったひまりは、上に乗っていることはさも当然といったように、挨拶をしてくれた。


「おはよう。それはいいんだけど、早くどいてくれないと暑いかも」

 

「冬だからいいじゃん」

 

「冬でも、流石に大きな湯たんぽをずっと使うのはきつい」

 

「人のこと湯たんぽ扱いした?」


 むう、と少し不満げに唇を尖らせ、怒ってますアピールをしてくるひまり。俺はそれにすこしため息を吐いて、頭を撫でた。


 頭に手をおいた瞬間「えへへ」と声を漏らして嬉しそうに表情を緩めるひまりは、幼馴染で交流も長い俺ですら、心奪われそうになるほどの可愛さだ。でもさっきまで俺をマットレス代わりに寝てやがったんだよなあ。


「……ちなみに、なんで俺のベッドの中にいるわけ?」

 

「うーん、眠たかったから?」


 違う。そうじゃないんだ。なんで隣にあるはずのお前の家じゃなくて俺の家の、俺の部屋の、俺のベッドに居るか聞いてるんだけど?


「和人さんと一緒が良かったから。駄目?」

 

「……そうか。ま、駄目とは言わないけれども」


 少し寂しげに目を伏せて、「駄目?」で上目遣いにおねだりするような顔。どうもこの顔に俺は弱い。これで今まで何回要求を飲まされたことか……今回も負けたし。


「ただ、そんなにたくさん来ないようにな。もう中三だろ? 異性の幼馴染とずっと一緒にいるなんて、変な噂流されるかもしれないからな」

 

「別にいいのに」


「え?」


「どうせ彼氏がいるわけでもないんだし、それなら和人さんのとこにいたほうがずっと私は好きだな」


 こいつはまた、人を勘違いさせるようなことを……。

 見た目はものすごくいいし、身内には信じられないほど可愛い性格をしている。発育がいいかと言われればそうでもないが、きっと同級生からはモテてるんだろうなと思うような、そんな幼馴染。


 そんなひまりに、ずっとこういうことを言われれば、少しは来るものがある。


「あー、顔赤くなってるよ? もしかして、私のこと意識しちゃった?」


「……あー、くそ。なんか負けた気になるな……」


 指摘されて、より暑さを感じる頬。きっとにやにやしているひまりの目には、真っ赤になった俺が映っているのだろう。


「おりゃっ!」


「ひゃっ!」


 これは仕返しだ。寝っ転がっていたベッドから勢いよく起き上がり、ひまりを仰向けに押し倒すような体制になる。

 下になったひまりは、さっきまでの余裕はどこに行ったのか、パッチリとした目を見開いて、顔を紅潮させていた。……ほんとに可愛い顔してるな。


「え、ええっ!? か、和人さん?」


「ずっとずっと煽ってきやがって……」


 少しだけ恐怖を煽るように、いつもより低い声を出す。


「俺だって男なんだぞ……?」


 支えていたうちの片腕をゆっくり顔に近づけて……ひまりが目をぎゅっと閉じる。顔の赤みは更に増した。

 俺はその顔に手を添わせ、柔らかく、暑い頬に触れる。そうしてそれを動かして、顔を弄っていく。鼻、眉、まぶた……


 そうして、俺は思い切り額にデコピンを食らわせた。


「いた! な、なに!?」


「……わかっただろ? 男の部屋に無用心に来てると、いつかそうなるかもしれないんだぞ?」


 ひまりには危機感がなさすぎる。仕返しというのもあるし、これが薬になってくれれば……という思いも、あるにはあった。


 効果があったのか、俺がゆっくり離れると、顔を真っ赤にしたままのそのそと起き上がり、乱れた制服を整えながら、じとっとした抗議の目線でこちらを見てきた。


「……和人さん。女の子の折角の覚悟を無為にするのは駄目なんだよ!」


「痛っ!」


 ゆらりと近づいてきたひまりに、ぽかぽかと殴られる。「うー!」と恥ずかしそうに唸りながら、気が済むまで俺のことを叩いたひまりは、少しすねたようにドアに向かった。


 そうしてドアを開けて、こちらを向いたひまりは、すぐに俺から目をそらし、無言のまま口を動かす。

 

「『私はべつに……?』 なあ、そこから先はなんて言ったんだ?」


「うっさい。和人さんは知らなくてもいいの!」


 ドアが閉じられると、どたどたと下に向かって急いで駆け下りる音がする。

 部屋に残された俺は、とりあえず一緒に登校するのだろうひまりが学校に遅刻しないように、少し急いで制服に着替えた。

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