母さんへ、新しい世界を創るため配信に挑戦しますが心配しないでください。自分には超絶美麗な女神のミュナおばさんがいますから
出雲路 透
第一章 終焉へと向かう物語の始まり
第一話 そして、彼は剣を手にする
――ここはどこだろうか?
青年は何度も自分に問いかけるが、どんなに繰り返しても答えが見つかる訳もなかった。
動かなければ何も始まらないと思い、青年は自分の脚を動かす。
だが、脚が上手く動かない。
まるでつい先ほどまで自身の身体が固まっていたかのように冷たい。
彼は自身の背後に置かれていた不思議な球体を眺めながらも再度問いかける。
――これは何だったろうか?
青年は必死に思い出そうとするも頭にもやがかかったかのように、何も浮かんでこない。
仕方なく彼は立ち上がり、そして一歩二歩と前進した。
辺りを見回しても一面青い砂が広がっているだけで、彼の他には誰もいない。
青い砂に埋もれている金属片や砕けた木製の品々を眺めながらも、青年は必死に脚を動かす。
途中で転びそうになりながらも、彼はここでようやく歩き方を思い出せた気がした。
生まれたての小鹿のようにヨロヨロと歩いていると彼は何かに躓いてしまう。
転びはしなかったが、その躓つまづいた物に彼は大変興味を惹かれた。
手に取ってみると、それは細長い棒状のものだった。
筒のような物に入っており、取っ手のような部分を引き抜くと鋭い刃が顔を出した。
――どこかで見たことがある。
そうだ、これはずっと前に持っていた武器――剣だ。
大切にしていたはずなのに何故こんな所に落ちていたのか。
青年は剣を拾い上げると、手慣れた動作で鞘の留め金をズボンのベルトへと取り付ける。
まるで自分の身体の一部を取り戻したかのような気分に浸っていると、思考が段々と明確になっているような気がした。
だが、肝心なことに現在地はわからないままだ。
どうしたものかと焦りを感じていると、二十歩ほど先に人影が見えた。
髪が長く、シルエットからすると恐らくは女性だろうか。
「――!」
青年は呼び掛けるため声を上げようとした。
が、喉からは何も出てこない。
随分長い間喋っていなかったのだろうか。
無理に声を出そうとするが、ゴホゴホと咳き込んでしまう。
再度喋ろうとしたその時だった。
「こんにちは」
軽やかな声が背後から聞こえて来た。
気のせいかと思っていると、振り向くとそこには先程目にした女性がいた。
「――!?」
何が起こったのだろうか。
女性がほんの一瞬で、それも音もなく移動したとでもいうのか。
青年が女性を改めて見てみると、息を呑むほどの美貌びぼうを携えていた。
滑らかでウェーブの掛かった金色の髪は白と黒のメッシュで飾られ、銀色に輝く瞳は見ているだけでも吸い込まれそうなほどに美しい。
まるで芸術品に直接息を吹き込んだかのようで、青年は見ているだけでも緊張してしまう。
ただ、青年の緊張はピタリと解けた。
その女性の妙な点に気が付いてしまったからだ。
――どうして、ドレスの上からエプロンを身に着けているのだろう。
「あ、あ、あなたは――」
青年が強引に舌を動かして尋ねると、女性は美しく笑いつつもこう答える。
「ビックリさせちゃったかしら? 私はミュナ。よろしくね♪」
青年の知らない名前だった。
今なお溢れんばかりの母性を放っているミュナに対し、早速質問しようとしたその瞬間だった。
「そうそう、とても肝心なことなのだけれどね」
「肝心な、こと?」
「そ、とても肝心なことなのよ」
どう肝心なのだろうか?
青年は身構えると、ミュナはこう告げてくる。
「私のことはね、おばさんって呼んでちょうだい」
「はい?」
青年は唖然とする。
何か妙な言葉を耳にしてしまったからだ。
「お、おばさん?」
「遠慮なく呼んでくれて構わないわ~」
青年は再度啞然とする。
ミュナのその見た目から察するに、年齢は青年よりも二、三ほど年上にしか見えない。
一体、どういう意図があるのだろうか。
青年はもしやと思い、こう聞いてみる。
「その、自分との血縁関係のある方でしょうか?」
「ごめんなさい。血の繋がりはないのよ」
「え、じゃあ、何故おばさんと?」
「おばさんね、こう見ても結構年上なのよ~」
「あ、はい」
「それにね、『おばさん』は最強で無敵で、究極の敬称なのよ」
ニコニコと笑うミュナには悪意は感じられず、冗談には聞こえない。
全て本心で告げているのだろう。
そして、何よりもこの言葉に抗えない魅力があった。
「えっと、おばさんって呼んでくれる?」
「は、はい。仰せのままに」
「そんなに畏まらなくても大丈夫よ~」
青年は思わず頭を深々と下げていた。
こうでもしないと不敬な気がしてならない。
何故だか彼は自身のそんな本能に従っていた。
「ミュナおばさん、その……」
「なあに?」
おばさんと呼ばれたことがとても嬉しかったのだろう。
ミュナは満開の花のように笑う。
その笑みは見ている青年が恥ずかしくなるくらい純粋なものだった。
「ここは、どこなんでしょうか?」
「ここはね。始まりへ続く終着点よ」
「始まりへ続く終着点……?」
言葉の意味は分からない。
ただ、歌うように囁くミュナの声色には深い憂いが含まれ、その美しさに青年は心臓がドキリと高鳴ってしまう。
「間もなく世界の全てが終わってしまうの」
「え? え?」
「全てが終わる間際に、新しい世界の天命を決めるための儀式が行われるのよ」
ミュナは真面目な顔で答える。
これまた冗談ではないのだろう。
真実をただ淡々と語るその姿には、
「ところで、あなたはどういうお名前で呼べばいいのかしら?」
「え?」
青年は戸惑う。
そう言えば、自分はどんな名前だったのか?
頭の中にある記憶の引き出しを確かめてみるも何の手がかりもない。
「いや、自分でもわからないんです……」
そもそも、青年は名前を付けられたという記憶がなかった。
じゃあ、自分は誰なんだろう……。
そう思うと、震えが止まらなかった。
「持ち物に何か書いていないかしら?」
「もちもの――」
青年は改めて自身の服装を確認する。
身に着けている上着は光沢があり、強く引っ張っても破けそうにもない。
ポケットの中を調べてみるも、やはり何も入ってはいない。
何となく剣を見てみると柄に布が巻き付いてあることに気が付いた。
「これは?」
布を解いてみてから確認すると、そこには書き殴ったような文字が残されていた。
青年は恐る恐るその文字を読み上げる。
「イツハ――?」
これが自分の名前なのかわからない。
だが、何か深い意味があるような気がしてならなかった。
「とても良い名前ね。いっちゃんって呼んでいいかしら?」
「え?」
「ダメ? イツイツの方がいい? イーちゃんも捨てがたいわね~」
どうやら愛称で呼ばれるのは確定らしい。
青年は少し悩み、仕方なくこう言った。
「では、いっちゃんで……」
「ふふ、よろしくね。いっちゃん♪」
上機嫌のミュナを目にして、青年改めイツハは複雑な気分だった。
ミュナの服装を改めて見ると、やはり妙だ。
星を塗りつぶした夜空を思わす黒一色のナイトドレスは神秘的だ。
恐らく、庶民が一生を費やしても購入できるかどうかすら分からない、そんな素材で出来ている気がする。
ただ、そのドレスの上からは、
生地から察するに調理用のものなのだろう。
いずれにせよ、水と油のような組み合わせだ。
それなのだが、容姿端麗なミュナの容姿を見ていると、案外悪くないコーディネートだなと思えてしまう。
「う、う~ん……」
何せどこかよく分からない場所で、自分のことも分からず、そして絶世の美女をおばさんと呼ばなければならない。
記憶を失う前は相当悪いことをしていたのかと彼が頭を抱えていると、ミュナが声を掛けてくる。
「それでね、いっちゃんに早速お願いしたいことがあるのよ」
「お願い、ですか?」
一体、何を頼まれるのだろうか。
イツハが再度身構えているその時だった――。
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