喘鳴

@KaoruAndou

第1話 白い金魚と青蛇とキジバト

 夏休み、遊びから帰って炎天下の水槽に気がついてハッとした。恐る恐る覗き込むと白く腐乱した赤かった金魚たちが浮いていた。朝、縁側に出した時には光が射し込んだ水槽の中で気持ちよさそうに泳ぎはじめていた。水温がだんだんに上昇し、飛び跳ねたかもしれないが遂に生息できる限界を超えて茹だってしまった。忘れることの贖罪と忘れられる恐怖が責苦となって押し寄せてきた。しかし、金魚たちを庭先に堀った穴に並べ、移植ベラで土をかける頃には忘れるしかなかった。生きるために。

 結婚して埼玉と茨城の県境に小さな戸建てを建てた。後ろの家1件隔てて土手の傾斜地と川幅20メートル位の河川敷になっていた。湿気のせいか蚊が多く、トカゲも庭の植栽の影によく出没し、うっかりすると風呂場の浴槽の縁にも滑り落ちそうにしていた。加えて玄関先のモッコウバラのアーチは結構な茂みになっており、そこにキジバトが巣を作った。共働きで剪定も行き届かず人間からも死角となり、餌場も近くて便利がよかったのであろう。ある日、夫が帰宅すると玄関のたたきにアオダイショウがヒナを加えて伸びていた。口からひなの足が見えていたという。昼間、人の出入りがないので狙われたと思われる。親鳥にしてみると人家の出入り口に巣を作った甲斐がないというものだ。アーチの支柱を巻き登った蛇に、なす術もなくじりじりと雛を狙われてしまった。蛇よけに薔薇線を支柱に巻きつけたがアオダイショウの結界とはならず、翌年も雛は忽然と消えた。それでも、キジバトは打ちのめされることなく毎年我家のどこかに巣を作った。しかし、終ぞ雛が巣立ったのを見たことがない。ある年の夏、家族旅行から帰るとウッドデッキの戸袋の上でひっそりとキジバトが卵を抱えていた。リビングのガラス越しに見ると目が合うくらい生活に接近していた。それが災いして家族の出入りが激しくなると親鳥は急に姿を消した。そして、二度と帰って来なかった。卵は忘れ去られた。

 

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