第8話
てなわけで、このときの仲よし三人組が冒頭の彼らなんだが……実は、あれには続きがあるんだ。
あの後健気にもヘトヘトの身体に鞭打って、来た道を戻ろうとさ迷っていると、曲がり角の向こうから悲鳴が聞こえた。
オレの勘違いでなければさっきのタカシくん御一行だ。
おいおいおい、どこの誰に絡まれてるか知らんが他所でやれ。
オレが帰れねーじゃん。
壁にへばりついて、そろそろと様子をうかがう。
「もっもおいいだろッ離せよ、離してくれって!降参する!な、もうお前らにゃ関わらねーからよ。悪かった、謝るからさあ!この通りッ」
「ぐ……」
「うう……」
「あいにく、僕が聞きたいのは謝罪じゃないんだ。まだ分からないかな」
即、顔を引っこめた。
(ウチの陰険メガネだったーッ)
声なき声で叫ぶ。
いや、普通そこは悪の組織側が締めるとこじゃん!
ほら『あんな新参に負けるとは情けない』とかで制裁とかするとこじゃん!
なんで味方が敵より怖いの!?
よっお疲れ〜とか出ていけない雰囲気なんですが!?
息を潜めてぷるぷる隠れてる間にも猿渡の台詞は続く。
「ずいぶん仲がいいんだな。なのに、誰もクスリに手を出すのは止めないのか」
底冷えしそうな声だ。
オレが言われたわけでもないのに、めっちゃ怖い。
「い、いや、だって、ほんのちょっとだぜ?軽いヤツだし」
「その軽いクスリをこれから何回やるつもりだ?」
猿渡は言い訳をぴしゃりと跳ねのけた。
「いいか。便宜上クスリと呼んではいるが、実質は闇鍋だ。誰が何をどうしたかも、何が入ってるかも分からない、治験すらされていない代物だ。君たちは製作者も材料も不明の闇鍋をホイホイ摂取してるんだぞ。ゲロを拭いた雑巾やゴキブリを絞った汁が入っててもやりたいのか?命がけで?幼馴染をボロボロにしてでも?」
その例えはやめてくれ。
つか、コイツはなんでここまでキレてるんだ。
「わ、分かった!クスリはやめる!cancerも抜ける!二人も起きたら説得するから!!」
とうとう意識があった一人が音を上げた。
よく言った。
やっぱクスリはやめた方がいいって。
口ピアスで十分だろ。
そこまで言わせてようやく猿渡は三人を解放した。
やっと終わったよ。
後はどうあのブリザードメガネに見つからずに帰るかだな。
「そんなとこで何してるんだ?」
数センチは跳び上がったね。
「へっあっ、お、お疲れ……」
「お疲れさま」
ブリザードの余波にさらされないかビクビクしていると、猿渡の方から近づいてくる。
そしてなんと、そのままオレの胸に突っ伏してきた。
「ぅえ、」
「……彼らは、あれでやめてくれるかな」
くぐもった声がもれる。
迷ったのはほんの数秒だった。
背中を軽く撫でる。
「……性根を叩き潰すんだろ?」
とぼけて見せれば、猿渡がやっと笑った。
「そうだったね」
メガネの奥の瞳に吸い寄せられそうになる。
「……このまましちゃう?」
「う「なんてね、冗談だよ。そろそろ帰ろうか」
するりと腕のなかから逃げられて、ちょびっとだけ、ほんとにちょびっとだけ口を突き出したオレが残された。
小悪魔メガネめ。
仲よし三人組の方はと言うと、猿渡の杞憂に終わった。
「紹介しよう。右からヤスシくん、タカシくん、キヨシくんだ。cancerを抜けて、ウチのメンバーになった」
「「「よろしくお願いしますっ」」」
数日前とはえらい違いだ。
よっぽど猿渡が怖かったんだな。
親近感わいちゃうぜ。
「で、こっちが総長」
「「「えっ猿渡さんが総長じゃないんすか!?」」」
うんうんそれも分かるわ〜。
どう見たって魔王はあっちだもんな。
決してオレが弱そうとかではない。
「総長はすげーんだぞ!単身店に乗り込んで、糸目からオレを助けてくれたんだからな!」
「あの糸目から!?」
「すっげぇ、勇者じゃん」
「よく無事に帰って来れたな……」
ミツヨシの台詞で、三人の視線が尊敬の眼差しに変わる。
え……待って、そんなに危険なことやらされてたのオレ。
猿渡を見る。
目をそらされた。
「……まあ、これで納得してもらえたかな?」
「勿論です!なあ!」
「「おうッ」」
納得されてしまった。
めちゃくちゃ複雑ではあるが、この三人からの信頼は得られたので、たぶん結果オーライなんだろう。
「じゃあここいらで役割を整理しよう」
準備室唯一のパイプイスで猿渡がふんぞり返る。
せめて臼井さんに譲れよ。
てかもうどこからか借りて来た方がいいかもなあ。
「まず総長、乾」
「イエーイッ」
ミツヨシが率先して拍手してくれる。
お前の天真爛漫さが羨ましいよ。
「紅一点、臼井さん」
え、臼井さんもメンバーなのか!?
いつの間に!?
花のような笑顔で挨拶される。
「よろしく〜」
「「「「「よろしく〜」」」」」
「まあ彼女は基本的に裏方だから安心してくれ」
本当の本当だな?
信じていいんだな??
……臼井さんが良ければそれでいいけどさ。
「実働部隊はヤスタカキヨ、君たちだ。頼むよ」
「「「任せてください!」」」
仲よし三人組か、まあ金属バット装備できるもんな。
「ハイッオレはオレは〜?」
ミツヨシが元気よく手をあげる。
「君は……そうだな、切り込み隊長だ。指示があれば躊躇なく敵陣に突撃してほしい。針山はそのサポートだ」
それって暗に猪突猛進のバカって言ってないか?
「よっしゃー切り込み隊長ッかっけー!」
「指示があるまでは突撃するなよ、頼むから」
……一応本人たちは納得してるみたいだ。
針山がついてるならまあいいか。
そこではたと気づいた。
「あれ?猿渡は?お前が副総長じゃねーの?」
「まさか。僕はただのメンバーだよ」
目を剥いた。
んなわけねーだろ。
「ハイハーイ!副総長じゃねーなら黒幕か魔王がいいと思うっすフガッ」
「シーッ!磔にされたいのか」
針山がマジな顔してミツヨシの口をふさぐ。
実はオレもミツヨシに賛成なのは内緒だ。
さすがは猿渡直々に切り込み隊長を任命された男である。
「はは、じゃあ参謀くらいは名乗らせてもらおうかな」
「うっうん!オレは賛成!みんなは!?」
一同一斉に首をコクコク縦に振った。
ミツヨシは磔を免れた。
「こ、これでメンバーの役割は整理できたな。今日のところは解散ってことでいいよなっ」
猿渡の気が変わらないうちにそそくさと帰ろうとすると、案の定というか、やっぱりというか、嫌な予感が当たった。
「今帰ったら、間違いなく襲撃に遭うよ」
「え、襲撃?」
「そう、襲撃。だって五人もcancerから引き抜いたんだぞ?cancerの奴らが黙ってると思うのかい?」
そりゃそうだけど、そうだけどさあ!
引き抜いたのお前じゃんッ!
「そこで問題だ、ここから全員無事に帰り着くにはどうすればいいかな?ねえ総長?」
さっき黒幕だの魔王だの言われたの絶対根に持ってるだろお前。
続く
カタボウ @Baranga
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