第9話

 日南は眉をひそめ、鋭い視線で篠原を睨んだ。


「本当にそれだけ?わたし、お兄ちゃんが誰かに取られるの嫌だし、篠原さんが本当はお兄ちゃんを好きなんじゃないかって思って…」


 篠原は慌てて手を振り、顔を赤らめながら否定した。


「そ、そんなことないわ!秋月くんとは友達よ!」


「篠原はただ美術部に興味があって来てくれただけだよ。心配することなんてないんだ。それに篠原の言った通り、友達だよ」


 篠原は秋月の言葉を聞いて一瞬、心が沈むのを感じた。彼の口から「友達」という言葉が出ると、その言葉が彼女の心に冷たく響いた。


(やっぱり、秋月くんにとってわたしはただの友達なんだ…まぁ、隣の席の人から友達になれた分、ポジティブに考えよう…)


 篠原は視線を落とし、手をぎゅっと握りしめた。彼女の頭の中には様々な感情が渦巻いていた。そして必死に、なんとか声を絞り出した。


「そ、そうよ友達だから心配しないで…」


 その言葉は明らかに元気がなく、覇気のない声で応えた。彼女の表情は、普段の冷静さを失い、どこか儚げだった。


 日南はその様子を見逃さなかった。「ほら、篠原さんただの友達とか言われて、ショック受けてるよ!めっちゃお兄ちゃんのこと気にしてるよ!!」


 秋月は驚いて篠原の方を見た。確かに、彼女の顔にはわずかながら悲しみが漂っているように見えた。しかし、秋月にはそれが恋心から来るものだと理解できなかった。


「そうか?クールな雰囲気で、いつもこんな感じだぞ」


 日南は呆れたようにため息をついた。


「あれはクールじゃなくて、ショックで表情が固まってるんだよ!!」


 秋月は日南の指摘に、もう一度篠原の表情をじっと見つめた。


「篠原、本当に大丈夫か?何か困ってることがあれば言ってくれよ」


 篠原は無理やりぎこちない笑顔を作った。「うん、大丈夫。ありがとう秋月くん」


 その笑顔はどこか痛々しく見えた。彼女の心の中には、言い知れぬ悲しみと寂しさが渦巻いていた。


 日南はこの状況と、お兄ちゃんの言動や行動を見て思った。(お兄ちゃん、あまりにもポンコツすぎない?)


 篠原さんはお兄ちゃんを狙う敵だけど、そこは親友だよ!とか大切な人とかいってフォローしてあげなきゃ…


 女心をまったく分かってない、ポンコツお兄ちゃんに困惑していると、ふと押し入れのほうに目がいった。


 額縁に入れられた篠原のヌードデッサンが見えてしまった。日南がそれに気づき、さらに眉をひそめた。


「ちょっと待って…あれ、篠原さんの絵じゃない!?しかもヌード!?もしかしてこの間言ってたやつ」


 篠原は驚いてその絵に目をやり、顔を真っ赤にした。彼女は思わずその絵に駆け寄り、隠そうとするように手で覆った。


「あ、あれは…ただの練習で特に意味はないの!!あと恥ずかしいからそんなまじまじと見ないで…」


 日南はその言葉に納得する気配はなかった。


「ただの練習でヌード描くなんて、どうかしてる!しかも額縁に入れて保管して。ずるい!!わたしもお兄ちゃんに絵を描いてもらいたい!もちろん篠原さんと同じように裸で」


 日南は頬を膨らませながら言った。その場の雰囲気は一気に「何言っているんだこいつ」となった。秋月は驚き、篠原は顔を赤らめて困惑した。

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