暗殺者は平穏にすごしたい ~隠居して田舎で薬師をしていたのおっさんは昔の敵味方問わず勧誘される~
ハラハラペーニョペーニョ
本部を求めて右往左往
第1話拒否権はないらしい
「キミには辺境伯ご令嬢の警護をしてもらう。拒否権はないぞ」
元から狭いというのに警護の野郎だらけでなおさら窮屈になった部屋の中で、天敵であるリリアンは可愛らしく笑った。
早朝、あばら屋のような酷い我が家の中だ。子供のように小さな身体を持つリリアンが静かに来客用の椅子にすわっていた。
家の隙間から差し込む陽光が、彼女の琥珀色の瞳に星のような輝きを映し出しているように思えた。星屑を包むような黒髪、深い紺色のローブに星座のような模様のゴールドとシルバーの刺繍がぼんやりと浮かび上がっている。
身に着ける星座のペンダントが微かな輝きを放ち、彼女の周りで星屑の舞踏が始まるかのようであった。
「まぁ、もしも嫌ならそういってもらっても構わない。しかし昔キミは私にこういったよな。なんでもするから助けてくれ、そして私が治療した後この恩は必ず返すとも」
遥か昔、二十年ほど前か?もはや風化してボロボロになった記憶を思い出す。
◇
深手を負ったことを思い知らされる。自分の力を過信し、仕事が裏目に出てしまった。逆に奇襲を仕掛けられるとは……
痛みの中で思考が混濁し、自分の脆さを感じる。こんなに深い傷を負ったのは初めてだった。闇治癒師の知り合いなんて、俺にはいない。今まで傷を受けることなんてなかったからだ。正規の治癒師にいったら正体がばれてしまう。
こんな状態で死ぬのか…
スラム街の裏道。前に進みたかったが、もはや進む気力すらない。力尽き壁に寄りかかるように倒れこんだ。そこに通りかかったのがリリアンだった。
「正規の治療は受けられない。闇治癒師とかの知り合いは知らないか?後でなんでもするから頼む……助けてくれ」
血相を変えたリリアンの顔は今でも覚えている。あの頃はかわいく思えた。まさしく天使のようだった。
手が慎重に傷を包み込んでいた。後で知ったがリリアンの手は冷たい。しかしその時の俺には今まで感じたなによりも温かな手であった。
「君はあまりにも無謀だったね。あまり自分の力を過信することはないように」
苦笑するしかなかった。そうだ、自分の無謀さがここまでの結末を招いたんだ。リリアンの星座のペンダントが微かに光り、その光が傷に触れる。
「君は死なないよ。星々の力が君に新たな道を示してくれるさ……んっ? 効いてない。なんで、どうして治癒が効かないんだ」
明らかに慌てたような声が聞こえる。おいおい俺の命綱なんだからそこは一発で決めてくれ。
苦笑しそうになったが、いいだろう。治癒師なら知り合いがいるはずなのだから。
「初心者ならだれか知り合いの仲間に見てもらって……」
「あーうるさい! うるさい!! 私は天才魔術師であり一流の治癒師でもあるんだぞ。んん? あぁ……よくわかったぞ、なんだこの体は。すべてが狂ってるじゃないか……よくもまぁ、この体で生きてこられたものだなキミは。だったら、この霊薬で解決してやる。痛いぞ」
なにかよくわからない液体が体をつたっていく感触を味わった。そして傷が癒えていき、痛みが溶けるように消えていった。
昔を振り返え終える。腐れ縁はあの時に始まったんだなと。
◇
「確かにいった……いったが……」
そして警護対象であろう、もう一つの椅子に座っている彼女を見る。
隙間風が吹き込むおかげで、セミロングの銀の髪が優雅に揺れていた。彼女のアメジスト色の瞳に柔らかな輝きを見せている。
ボロ屋の特有の陰鬱な雰囲気にも関わらず、清白な白のドレスが彼女の美しさを際立たせ、シルバーブルーの耳飾りを新たな光で照らしていた。
明らかに身分が違う。辺境伯のご令嬢だ。面倒な香りしかしない。それに──
「俺はもう引退したし、もう三五を超えた年だ。現役の時ならいくらでも応えてやってたさ。今なら、もっと他に適任がいるだろ」
そうして自分の体を見る。昨日、薬の調合したときに液が跳ねて若干茶色に変色した手。
自宅の裏手にある薬草畑で薬を調合し続けた結果生まれた結果だ。運動不足のせいもあるのだろう、若干だが少しぽっこりとし始めたお腹とそれを隠そうとする灰色の作務衣。
はっきりいって護衛役にはいっさい適していない。
はぁ、とわかってないなこいつといわんばかりに悪鬼(リリアン)は軽くため息をついた。
お嬢様は立ち上がる。なにかするらしい。
彼女はよく貴族がするように優雅にスカートの裾を軽く持ち上げるカーテシーをすると挨拶をした。
「申し遅れました。わたしはセシル・ノワールと申します。お見知りおきをカイラス様」
「どうもどうもご丁寧にありがとう。カイラスといいます。よろしくセシルちゃん」
俺は頭をポリポリと掻き、頭だけペコリと下げた。
貴族が礼儀を重んじているのはわかってる。だからこそ、このやる気のなさで攻める。
イラッとさせれたら儲け物だ。キレて帰ってくれないかな。
リリアンが睨んでるよ、意図を読んでるなこいつ。
「わたしも意見をいっていい? 先生」
「なんでも言ってくれたまえ。セシル、キミの祖父は私の雇用主でもあるのだからな」
「わたしは基本先生の意見に従う。けど薬師様を警護に回すのはおかしいと思うよ。それに……わたしのために人が死ぬなんて望んでない」
セシルと言われた女の子は、心配そうに俺に視線を向ける。心配されるとは想定外だな。
予定とは外れたが、そりゃそうだ。俺も護衛を選ぶならこんな田舎のおっさんを雇わない。しかも現職は薬師だ。
はっきりいって昔のネタでゆすりをかけた肉壁目当て、それ以外なら狂気の沙汰としかいいようがない。
セシルもそう判断したのだろう。彼女は続ける。
「もしわたしの想像通りならリリアンっていう人物のことを考え直す」
軽蔑にも似た視線を悪鬼に向けるが、悪鬼は苦笑いしながらも一蹴する。
「まぁまぁ、今の彼の姿は頼りなく見えるかもしれないが、私が知る限り最高の男だ。プロ中のプロと言っていい。いいたいことはたくさんあるだろうが、ここは私の顔に免じて信じてくれないだろうか?」
「先生がそういうなら……うん信じる」
そして悪鬼に向かい微笑む。思ったより素直な子らしい。それとも世間知らずか…判断に悩む子だった。あの悪魔が彼女の信頼を得るほどのなにかをしたのか……いや、それはないな。うん。
「こんな男に任すなら私たちにお任せください」
人口密度を上昇させている原因の護衛達が息巻く。
こんなやる気もないし、実力のなさそうな不審者には任せたくないのだろう。
俺は内心歓喜した。頑張ってくれ。俺をなんとか追い出してくれ。君たちの頑張りに俺の命運はかかっている。
なんならいきなり襲い掛かってくれてもいい、全力でサンドバッグになってやる。
「すまないが少し席を外してくれるかなセシル? それと雑兵ども」
セシルはリリアンのいうがまま優雅に立ち上がると一礼した後ボロ屋の玄関をくぐっていった。
雑兵というと、憤慨したものの逆らえないのだろう。リリアンがしっしと身振りで護衛の兵を追い立てていくとしぶしぶといった様子で出て行ってくれた。──俺をにらみつけるというおまけと共に。
俺の頼みの綱は一瞬にして消え去った。
二人だけの空間となった。あんなに窮屈だったのがウソみたいにガランとなった。
「さぁ、あの時の約束を果たしてくれカイラス」
悪鬼は嗤い、立ち上がる。こちらに向かってくる。
ハーフリングなこともあり立ち上がっても威圧感はない。むしろ子供が背伸びしている感があふれる。俺の目の前にはちょうどリリアンの胸元が接近してくるような形となった。
「やだ! レオンの子なら全力で助けるけど宿敵の子供の護衛なんてやだ!」
うーん。しかしこのサイズ。最後にあったのは結婚式をあげた十二年ほど前のはずだが、いっさい成長はしていないようだ。
リリアンの声が俺の耳元にまで近づいた。熱い吐息まで聞こえる。
「私はキミが必要なんだ。一人で一国を滅ぼしかけた化け物であるキミが。それともこういった方がいいかな? なぁブラッディ・クラウン」
黒歴史を囁いた。
どうしてこうなったのだろうか? 生まれたときからの思い出が走馬灯のようによみがえってくる。
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