腹ぺこのメス豚先輩は銀髪紅眼美人の夢を見る(2/3)

「フ。フフ。フフフのフ。今日知り合ったばかりの唯お姉様とこうしてお買い物ができるだなんて! しかも偶然にもばったりと! やっぱりこれは運命ね! 結婚しましょう唯お姉様!」


「ん。春キャベツ、いいお値段」


「フ。唯お姉様に無視されると興奮する。唯お姉様はこの私と一緒にお出掛けデートをしているのだから興奮するわよね? してるわよね? 私は興奮している。なのにどうして私の身体よりも春キャベツの方をまじまじと見ているのかしら? 浮気? NTR? やだ……最高っ! ところで唯お姉様、あそこにこんにゃくと大根があるわよ。エロいわよね。ほらほら食材でエロい妄想をするなって怒ってもいいのよ? さぁ! 怒って! この薄汚いB87W57H88のメス豚は責任を取って僕と結婚しろって! 嬉しい! 喜んで結婚するに決まっているじゃないの唯お姉様!」


「……この春キャベツは芯の切り口が小さいからダメ……これは巻きがダメ……こっちは軽すぎでダメ……うん、これなら重さもいい……」


「フ。ガン無視。まさかこの私が野菜に負けるだなんて思わなかった。花より団子とはよく言ったものね。とはいえ、私の胸は中々に大きいサイズだと思うから団子要素はあるのだけど」


「ん……でもお値段がちょっと高い……」


「この花にして団子であるこの1000年に1人……いや、10000年に1人の清楚系超絶美少女である下冷泉霧香を放置して春キャベツの値段の事しか考えていないだなんて……それでこそ唯お姉様! 痺れる! とってもゾクゾクする! 妊娠させたい! 妊娠して! デキ婚しましょデキ婚! そして愛の逃避行をしましょう! 一緒にWi-Fi完備の新築ボロアパートに住みましょう!」


「あの、うるさいです」


「フ。唯お姉様がやっと私に反応してくれて嬉しい! とはいえ寮母であらせられる唯お姉様のお手伝いをするのは寮生として当然! 好感度を稼いでそして結婚へ! 妊娠! 出産! 百合3P!」


「現代の医療技術では先輩が僕を妊娠させるのは不可能です」


「フ。唯お姉様は頭が固いのね、素敵。まるで男性の生殖器……ごめんなさい、淑女の発言にしては少し下品だった。唯お姉様はカチカチになった男性のペニスのように素敵な頭をしていらっしゃるのね。舐めたくなる」 


「一体どういう頭をしていたらそんな発言を公衆の場で言えるんですか」


「フ。唯お姉様のことだけを考えている頭」


「どうかしてるんですか、頭」


「フ。褒めてくれてどうもありがとう。ほら、私が押してるカートに春キャベツを挿入いれるといいわ。ところであのお豆腐、私の処女膜のような膜が張ってあって美味しそうだとは思わない? 食べてもいいのよ? この私を! 今! 此処で!」


「豆腐……うん、いいですね。すまし汁用に買うとしましょう」


「フ。すまし汁とガン無視は嫌いじゃない。むしろ興奮する。ところですまし汁って語感が何か卑猥な感じがするのは何故なのかしら。アレかしら。澄ました顔で汁を下半身から――! ……フ。唯お姉様のすまし汁って単語の時点でそれとなくえっちの“匂ひ”がする」


 そんなこんなで今までの会話の内容から分かる通り、僕は今日の昼に遭遇してしまった下冷泉しもれいぜい霧香きりかと一緒に食料の買い出しをしに業務用スーパーにへと足を運んでいた。


 ……そんな訳があって堪るか。

 

 寮母としての仕事で僕が偶々この業務スーパーで買い物をしにやって来たら、このメス豚はスーパーの入り口で待ち伏せしては「フ」という薄ら笑いを浮かべて近づいてくるや否や、いきなり僕の片腕にまるで恋人のように腕を絡みついてきやがったのである。


 下冷泉霧香は誰がどう見ても筋金入りのストーカーであった。


 因みに言うのであれば、彼女はかなりの巨乳だった。


 巨乳の間に挟まれた右腕で感じているこの感触はとても気持ちが良くて、僕は彼女の女体の柔らかさと己が汚らわしい性欲を無視しないといけない、のだが。


「……とはいえ、先輩が荷物持ちと送迎用の車の手配をしてくれて本当に助かりますが」


「フ。日本の旧華族である下冷泉家だし、寮生になる予定なのだからこれぐらいの手伝いはして当然。後で私の従者である葛城かつらぎに調査させた最安値のスーパーの情報なども後で共有させておくわね」


「……っ! それは普通に滅茶苦茶助かるから普通に悔しい……っ!」


 実際問題、買い出しというものは何回もしなくていいように出来るだけ多くの食材を買い貯める必要がある。

 

 理想を言えば、商品が安くなる時間帯で出来るだけ安い買い物が出来る最新情報を確保するのがベストだが、そんな事が出来るのは歴戦の主婦だけの特権であり、勉強する時間や学校に拘束されてしまいがちで新鮮な情報を収集するのが難しい学生ではとても真似が出来ない芸当なのである。


 買い物が出来る日が限られている以上、一度の買い物で多くの食材を購入するのが理想と言えば理想。


 そんな事は頭の中では理解しているが、それでも暇さえあれば最寄りのスーパーで何か安い値切り品がないかどうかを探してしまいがちなのだ。


 もっとも、味覚障害者である僕が日々の日常を彩る美味しいご飯を作る為の労力を掛ける必要性なんて皆無なのだろうけれど、僕なんかの料理を楽しみにしているであろうお嬢様の為であれば、これぐらいの苦労はあってないようなもの。


 それにスーパーでこうして美味しい食材を選別するのに、舌を使う必要性はないので、そういう意味でも僕の存在価値があるように思えてならないからこそ、僕はこうしてお嬢様へのご恩返しの為にも自分から進んで美味しい食材を購入しに来たのだ。


「フ。お礼をもっと聞きたいところだけど、別にお礼は言わなくてもいい。唯お姉様たちが私が入寮したいというワガママを聞いたというのに私だけが何もしないっていうのは居心地が悪いもの」


「……うわっ……意外と常識があるんですね。気持ち悪……ではなく、びっくりですね。どうせならセクハラしないという常識も身につけて欲しかったものです」


「フ? 彼女に対してセクハラを言うのは常識ではなくて?」


「僕は下冷泉先輩の彼女なんかじゃありませんよ」


 わざとらしいため息を吐きつつ、今度は調味料の棚にある商品を見定めている僕は、同時に下冷泉霧香の事についても見定める事にした。


 ここで言う彼女のワガママというのは、つい先ほど目の前にいる彼女が僕がお世話になる百合園女学園の女子寮に自分も入寮すると宣言した事だろう。


 おかげ様で僕の安息地である筈だった女子寮は一瞬にして彼女という異分子が発生し、誰もいないから女装をし続けなくても大丈夫だという安直な行動が取れなくなってしまった。


「フ。当然、常識は持ち合わせているわ」


「どうして息をするように嘘を言うんですかね、このメス豚先輩は」


「嘘じゃないわ。だって常識が分かっていないと非常識を演じられないでしょう? 逆もまたしかり。非常識が分かっているから常識が演じられる。万人共有のルールは要するに常識。人間は常日頃から常識を利用し、常識に寄生し、そうやって生きている生き物でしかない。だって常識は酷く便利なのだから」


 何やら小難しい事を口にしてみせた彼女であったが、彼女の伝えたい事がいまいち良く理解できなかった僕は豆鉄砲に撃たれた鳩のようなアホ面をしていたと思う。


「フ。いまいちよく分かっていない表情ね。そそる。唯お姉様にも分かりやすいように言えば、そうね、自分が通っている女学園に女装をした男子がいる可能性だってある訳だけど、それを考える人は普通にいる筈がない」


「……っ!?」


「あら、唯お姉様はそういう考えが無かったのね。でも、その反応は当然。だって、?」


「……下冷泉先輩は、怖い、ですね……」


「フ。常識って怖いわね。もちろん、あの百合園女学園に男子がいる訳なんて無いのだけど」


「あ、あはは……」


「フ。フフ、フフフ……!」


 怖い。

 この人やっぱりすっごく怖い。


 当たらずとも遠からずと言うべきか、貴女のその例えはまるで正確そのものですよ、怖い。


 うん、彼女が僕の女装生活における最大最悪の難敵になるであろうという予見は見事に当たってましたよ、お嬢様っ……!


 僕はこれからこんな怖くて、頭が回りそうな曲者と一緒に、男だとバレてはいけない共同生活を送らないといけないのかっ……!?


「……お腹、痛い……」


「フ。あら大丈夫? ついに陣痛? 産むのね! 私たちの想像妊娠で孕ませた赤子を!」


「安心してください、全然違うので」


 若干の腹痛と頭痛を覚えながらも、それでも下冷泉霧香の発言に動揺して自分の正体を露見させなかった自分を褒めてあげても良い気がしてきたので、ご褒美代わりにこのセール品でもある豚小間肉を購入する事にしよう。


 今日は現実逃避がてら春キャベツと豚小間肉をメインにした春特有の季節の夕食でも作ろうかなぁ。


「フ。食品を吟味する唯お姉様の表情はすごく真剣でとっても素敵。襲いたくなる。……とはいえ、流石に不用心すぎて心配になる」


「え?」


「見なさい」


 意味深な言葉を口にした下冷泉霧香は僕に背後を見ろと言わんばかりに指先を向けた。


 一体、彼女は何を考えているのだろうと警戒しつつ、本当に視線を彼女から逸らしていいものだろうかと悩みつつも、周囲には買い物客という人の目もある事だから滅多な事はしないだろうと判断した僕は彼女に促されるままに背後に視線を向けた。


 ――そこには、今の僕と先輩が着用している紺色の制服と全く同じものを身にまとっている女学生がいた。
















「あ、あ、あ……! あんなに密着して腕を絡めるだなんて……! う、羨ま……じゃなくて! ずる……でもなくて! あぁもうっ……! 何をしてるのかな唯は……!? 早く先輩から逃げてよ馬鹿ぁ……!」














「……」


「フ」


「茉奈お嬢様、ですね……」


「フ。唯お姉様が心配過ぎてついつい尾行したのかしらね」


 先輩の推理は絶対に当たっているのだろう。

 というのも、遠くからブツブツと大きすぎる独り言を言いながら、物陰に隠れている彼女はあとんでもないレベルで尾行するというのが下手くそだった。


 ちらちらとこちらの様子を見守る……もとい、監視というのは余りにも杜撰が過ぎるとしか思えないその様は不審者という一単語を簡単に彷彿とさせる。


 金髪碧眼の美少女かつ不審な動きを見せている百合園茉奈を見逃すほど、周囲の買い物客は甘くはなく、警官らしき人物が茉奈お嬢様の真後ろにスタンバっている始末だ。


 それにしてもあんなに尾行が下手くそな不審者に気づかないぐらいに食品探しに夢中になっていたのは我ながらいささか不味いのではないのだろうか。


 一応として、僕は女装をしている訳で万が一にでもその女装がバレでもすれば大変な目に遭うというのに、周囲の警戒を怠るだなんてそれこそあってはならないだろう。


「……うぅ、次から気を付けないと……」


「フ。もし茉奈さんが捕まるとしたら罪状は女子生徒の尾行かしら」


「流石にそれぐらいで捕まりはしないとは思いますが……」


「フ。もっと姉妹同士の仲を見せつけてやりたかったのだけれども、流石にこれ以上は難しそうね」


 こちらとしても下冷泉霧香が僕の腕を絡めてくるという誰がどう見ても恋人同士の行動を……いや、同性にしてはやや激しいスキンシップを回避できる訳なのだから、願ったり叶ったりだ。


「フ。折角だし、あそこの不審者を誘って3人で道草でもどう?」


「道草、ですか?」


「えぇ。軽く洒落たカフェにでもいかが? 幸い今の時間帯は3時だし、簡単な昼食がてら、ね」


「え? ……あ、もうそんな時間ですか」


「えぇ、私とのデートが楽しすぎて時間を忘れるのもとてもいいけれど、お腹が空いているであろう茉奈さんをほったらかすのは流石に心が痛むのよね、私」


 そんな彼女の言葉で僕はとある事実にはっ、と気づいてしまう。

 思えば、僕と一緒に行動をしていたお嬢様こと百合園茉奈は昼食を食べていなかった。


 朝の学校で僕が泣きだして、昼には予期せぬ襲来者で精神的な余裕がなかった僕は食材の買い出しに行った訳なのだが、彼女に対して昼食などを用意していなかった……いや、用意するという発想が浮かばなかった。


「……先輩って……」


「フ。なぁに?」


「案外、人の事を良く見てるんですね」


「フ。あらやだなに告白? だとしたら、もっとロマンチックな告白じゃないとこの下冷泉霧香は靡かない。僕の処女膜を貰って下さいぐらいは言って貰わないと」


「そんな台詞、死んでも絶対に言ってやりませんから」


「フ。そういうドSチックで意地悪な台詞でキュンって来た……! いいわ! 結婚しましょう! 唯お姉様! とってもチョロい不束者ですが幸せにして!」


「嫌です」


 だが、それはそれとしてこの人を年長者として敬ってやってもいいかなと思う昼下がりの出来事だった。


 僕と先輩は完璧な尾行をしていると勘違いしていらっしゃる茉奈お嬢様に偶々鉢合わせた風の態度で合流し、買い出しで得た荷物を下冷泉霧香の関係者に預けて、3人で近場のカフェに寄る事にした。


 以前の僕なら、僕の舌は何も感じないからと一緒に食事する事を辞退したのだろうけれど、この人たちと囲う食卓は一体どうなるのだろうかという期待で胸がいっぱいだった。


「……ふふっ」


 つい先日に僕の作った料理を食べて庶民的な素を出しくれた心優しいお嬢様を思い出して、僕の頭の中はまだ知らない彼女たちがどういう表情を見せてくれるのだろうという思いでいっぱいだったのだ。

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