丘の上の企み
遠くに白い煙が見える。
その煙は一定の大きさで夜空に立ち上り続けた。
森の雰囲気が変わった。
その言葉にできない違和感の正体を狼藉者は敏感に肌で感じていた。番人の代替えだ。夜目のきく目で煙を見つめ、やがて男は煙に背を向けて歩き始め、小高い丘までたどり着く。
小高い丘の上は太古に栄えた国の遺跡がまばらに散らばっていた。白い柱の側まで来ると一息ついた。
高い場所に来るとより闇夜へ昇る煙が良く見える。
あの男女との戦いを中断してきて良かった。流石に森の番人も相手にしたら勝ち目はねえ。
自分の勘が正しかったことに悦に浸りながら、しかし腹中では半端な戦いで火のついた闘争が血に飢えていた。
もう少しヤリ合ったら面白かったかもしれねぇな。あんな腕前のヤツとはそうそうお目にかかれない。まぁ…そのうちまたどこかで会えるかもしれねぇ。その時は…。男は舌舐めずりした。
「お楽しみのところ大変恐縮ですが」
唐突に声がした。しかもかなり若い。
少年と言っても差し支えない声の方へ男は視線を向けた。視線の先には1人の少年が遺跡の上に座っていた。
「これはこれは…雇い主サマじゃねぇか」
「ふふっボクの顔を忘れられていなかったようで、なによりです」
少年はにっこりと笑った。森には似合わない深緑の上等な服と革ブーツ。なにより少年の奥底の瞳が笑っていないことを見抜いて、男はイケすかないやつだと胸の内で毒吐いた。
「アンタの依頼は何度かこなして来たが、今回は色々あってな…」
「えぇ、全て言わなくて大丈夫です。存じております」
全て見ていましたからーーー少年は不気味に笑った。そのゾッとする笑い方に男は思わずじりじりと後退した。
「ああ。脅かそうとしたわけじゃないんです。ボク、嬉しくて」
少年はそういう言うと細い棒状のものを取り出して森の方へと向けた。手の中をくるくると回すとその棒は手の動きに合わせて少しずつ伸びていく。それでなにが見えると言うのか。少年はなにかを見つけると嬉しそうにはしゃいだ。
「ずーっと探していた人がようやく見つかって…本当に!あなたには感謝しかありません…!ふふっ」
「あ、ああ…そうか」
「ここの観測点は正直期待していなかったのですが、彼を見つけられて僥倖です」
「一体なにを見つけたんだ…?」
少年の浮かれた熱に感化されて狼藉者は尋ねた。興奮冷め止まない少年は単眼鏡から目を離さずに答える。
「ボクの愛しい明けの明星ですよ」
ふふっと少年は続けてじっとりと笑った。
抑えきれない興奮で笑う少年の背中を狼藉者はじっと見た。大人でさえ踏破するのが難しいこの森を、この少年は1人で来たのだろうか。汚れのない衣服と靴、なによりその異質な雰囲気から狼藉者は“絶対にこの少年に手出ししてはいけない”と理解していた。
ーーーいや、そもそもコイツ。ずっと姿が変わってネェんだよな…。
狼藉者とこの異質な少年は出会ってからおおよそ10年近く時が経過していた。少年はずっと変わらぬまま少年の姿で現れた。大抵狼藉者が仕事に困るとそれを察知したように現れるのだ。そして仕事の依頼は今回のように一定の土地を監視すること。そこに現れた人間を無差別に殺すことだった。
それを疑問に思ったことはないし、ガキの目的や考えていることなど興味はなかった。金がもらえればいい…。しかし…。
ここまで姿が変わらないなんてことがあり得るのか?
その可愛いツラの皮を捲ればとんでもない化け物が飛び出できてもおかしくない。いや、実際バケモ…。
「気になりますか?ボクの存在が」
狼藉者の考えを見抜いたように少年は言葉を投げかけた。いつの間にか単眼鏡から目を離した少年が狼藉者を見つめていた。少年らしからぬトーンの落ち着いたその声に狼藉者の心臓は跳ねた。
「いや…興味ねぇよ」
「うふふっ。そうですか。ボクはあなたのそういうところが気に入っていますよ」
少年は小袋を取り出すと狼藉者に見えるように袋の口を広げた。中には1ウォンス金貨が底が見えぬほどに詰まっていた。
「お金。欲しいでしょう?」
まだまだあなたには働いてもらわなくてはいけませんから。少年はそう言うと瞳を少しも動かさずにっこりと笑った。
フュナラルの剣 あじのこ @ijinoko
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