ピンク髪の悪魔は廊下を爆走する!なんてったってヒロインだからね!

白雪なこ

 ヒロインは苛立っていた。

 何故、こんなことになったのかと。

 自分はどうして、こんな酷い目に遭っているのかと。




 15歳の春、ふと気がつけば、自分が自分ではなかった。

 街を歩いていて、湧き上がってきた強烈な違和感。


 え?周囲の景色がおかしい?

 は?周囲の人間もおかしい?


 見慣れた色合いじゃない人だらけだ。

 近くにあったウィンドウガラスに映る人物の色合いも猛烈におかしい。


 自分だった!自分もおかしい。すんごくおかしい。


 妙に艶々したピンク色の派手な髪。

 何これ?ペ?とかパ?の人?


 私の頭がピンク?嘘でしょ?

 そして、つるぺたボディ、ちんちくりん系。

 格好良いモデル系ならともかく。

 子供アニメのキャラみたい?

 いや、あそこまで頭が大きいわけじゃないけど。

 うん、頭がシャツの首元で引っかかって、着替えができない……ことはない。多分。


 なんだこれ?

 少し考えてみると、この姿の自分の名前や家は覚えている。

 帰れる。


 私の本当の名前や家は……あれ?名前は……タドユキナ!そう、ユキナ!

 家は……トウキョウ?違うか。キュウシュウ?違うか。

 マローナ?そうそう、そこ!

 って、これはこの姿の私の住んでいる、この街の名前だ!

 えー、家はわかんないや。帰れないじゃん。


 怖い。

 とりあえず、“今は”思い出せている、この街の家に帰る。

 全部忘れちゃって、どこの誰だかわからなくなったら困るから。

 覚えているうちに帰る。


 周囲に並ぶ家と同じく、二階建ての煉瓦造りの家。

 玄関ドアは木製で、鍵なしで入れる。防犯大丈夫か?


 この家に住んでいる親?

 ……そう、仕事でいない。うん。


 自分の部屋もわかる。

 部屋にある姿見で、自分を確認。

 うん。ピンク頭といまいちボディの割に、顔は可愛い方かもしれない。

 それに安堵する。いや、安心できないけど。


 でも、頭の色、絶対に変だし。

 つるぺたボディだし。

 ちんちくりん系だし。


 どうすんの、これ?

 じっくり鏡の中の自分を観察していて、気づいた。

 もしかして、私、まだ子供なのかもしれない。

 この少年の様な体つき!12歳?ぐらいかな?つるぺたは今だけかもしれない。

 いやでも、さっき街中で見たこのぐらいの子供よりバランスが……


 ちんちくりんは……固定?嫌なんですけど。

 でも、どこか見覚えがあるようなないような。

 その前に名前だ、名前。

 私は誰?年齢は?


 私は。そう、マリリン!

 マリリン、15歳!

 おい!12歳じゃないじゃないか!

 つるぺたボディで、ちんちくりん系で、生涯固定?

 そ、そんな!嫌だ〜!

 ゲームとか、アニメでは可愛いなと思うけど、リアルではボンキュッボンに憧れていたのよ!


 いや、落ち着け、私。これは私ではない!

 そう。ゲームとか、アニメの世界の!

 そう、夢でその中に!


 ああ、なんだ。夢か。今寝てるのね、ユキナは。

 なんだ。焦って損した。バカだな私。


 夢なら夢って書いておいてよね!もう!

 神様のウッカリさん!


 で、ここは何の世界?


 あ、自分で当てちゃおう!折角だし、楽しまないと!


 部屋を見渡すと、見覚えのある、特徴的なデザインの制服がかけてあった。

 膝丈の白いセーラーカラーのワンピース。胸元にリボン型の巨大ブローチ。

 顔の幅サイズだよ。いや、邪魔でしょ、これ。


 でも、わかった。ここがどこか。


 少し前にハマっていたスマホゲームだわ。

 “愛されたのは私でした。少女は学園で愛に包まれる”って、ゲーム。

 そして、ピンク頭の私。


 ヒロインじゃん!

 ウケる!






 ウケてる場合じゃありませんでした。

 何度寝て起きても、私はマリリン、15歳!

 ピンク頭で、つるぺたボディで、ちんちくりん系なままです。


 ユキナとして目覚めたいけれど、どんな世界が、ユキナの世界なのかもわからないんだもん。


 ユキナ情報もないし。今と顔や髪の色が違うことしかわからない。

 ユキナの世界は?どうやったら、夢から覚める?戻れる?





 次第に世界や自分に対する違和感もなくなり、転生の自覚は少しだけあるけれど、私はほぼマリリンとして生きている。夢ではない、このリアル世界で。


 憧れの異世界転生を果たし、前世でハマっていたスマホゲームの世界のヒロインとして生きる!という自覚はないけれど、マリリンは、運命に従い、マローナ学園に入学。


 あんなにおかしいと思っていたことも忘れ、今は自分の姿が大好きになっている。

「いやーん、この制服私に似合う!」と、鏡の中の自分を愛ですぎ、入学式に遅刻。


 家で食べられなかったパンを咥えて、走りに走って、門が閉まる前に、学内に滑り込み。


 入学式で、最後に会場入りする、高位貴族令息攻略対象が待機している中に突っ込んでいき、ブリブリぶりっ子で、魅了。


 流石ヒロイン!

 どんな無茶な意見も、マリリンヒロイン無双で、叶えてしまい、学園の一般生徒達を震撼させた。


 目を合わすな、睨まれたと泣かれ、高位貴族令息たちに責められるぞ!

 近くに寄るな、突き飛ばされたと泣かれ、高位貴族令息たちに責められるぞ!

 持ち物の側にも寄るな、盗られた、壊されたと泣かれ、高位貴族令息たちに責められるぞ!

 

 高位貴族令息たちは、貴族だから、当然みんな婚約者持ちだ。


 マリリンは、「皆さんは、我慢ばかりしていて可哀想!」と、いつもいつも慰めていた。みんな「そうなんだ、辛いよ。だし」と、断罪ができるその時を心待ちにしているようだった。


 姿を見たことはないけれど、婚約者はみんな高位貴族の令嬢だと聞く。

 だから、派手で傲慢な悪役令嬢に、虐められたらどうしよう、と不安に思っていた。

 会う前から、貴方たちの婚約者に虐められたら、婚約者を成敗してね?とは言えないので、言う準備だけして、待っていた。可愛い私が、虐められて、それを高位貴族令息達が助けてくれる未来を信じて。婚約者とは婚約破棄よね。そして、私がみんなのお姫様になるの!



 そんなことを考えていたら、明日、貴族のが、学校に来るとの情報を得た。なんでも、見学するとか?


 貴族の子供って、悪役令嬢達だよね、絶対。

 学園に入る前に見学する子供ってことは、1こ下か!

 婚約者を見ないと思ったら、なるほど!

 そっか、来年入学か!

 でも、来年まで待つなんて、長すぎるわ!

 相手がまとめてくるなら、まとめて片付ければ良い話!

 明日勝負をかけちゃお!

 かかってこんか〜い!



 お昼休みの頃に来て、食堂とか見学して、午後の授業を、廊下側から少し見学して帰るらしい。


 よし!


 まずは、親にどうしてこんなにすぐにボロボロにするの!と怒られながら買い直してもらった、まだ綺麗な制服と靴を脱いで着替える。


 毎日の激しい走り込み、地面への滑り込みのせいで、ボロボロになった古い制服と靴を身につけ、廊下を歩く集団に向かって爆走!ちょっと距離があったので、滑り込むタイミングがズレちゃいそうで、必死に走る。


 廊下の角を曲がれば、悪役令嬢の集団に突っ込んで、転ける。そして、泣く!完璧!


 走って引き離したけど、私の後ろから高位貴族令息達が、婚約者を出迎える為に歩いて来ている筈だから、転ばされた、泣かされたと、アピールできるわ。


 これで、悪役令嬢退治は余裕で終了。最大の邪魔者がいなくなった学園では、私だけが愛に包まれるの!



 真っ赤な顔で、顔を歪めて突っ込んできた、ピンク色の生き物。

「きゃあぁああ!いやぁあやめてぇ、悪役令嬢ぉぉぉ!酷いわぁぁぁ!誰か助けてぇええええ!」

 自分達の真ん中に滑り込みながら、大声で叫び、すごい顔で睨んできたあと、固まったピンクの悪魔。


 怖い、怖すぎる!


 びえぇぇーーーーーーーん!

 びえぇぇーーーーーーーん!

 びえぇぇーーーーーーーん!


 40人程いた、7歳児達はもちろん大号泣だ。


 怖いよぉ、えーん!怖いよぉ、えーん!


 あら?私より、ちびっちゃいのがいっぱい?マリリンも内心パニックだ。


 背後から複数の足音が近づいて来た。騒動に気づいて駆けてきた高位貴族令息達だ。

 マリリンとしては、涙を出して救いを求めたいが、顔が強張っていてうまくいかない。


「ローズ、ローズ、大丈夫か!」

「何があった?メリー!」

「シルビィ、こっちへ、こっちへおいで!」

「どうした!ああ、こんなに泣いて!私のリリー!」

「私が来たから大丈夫だぞ!ほら、シーナ、こっちへおいで!」


 高位貴族令息達は、廊下に座り込んでいるマリリンなど、目に入らないかのように、震えながら大泣きしている美少女達の下に駆けつけて、抱きしめたり、抱き上げたりして、慰めている。

 その他の子ども達は、数人いた引率の教師にしがみついてエグエグと泣いていたり、子ども同士団子になったり、壁にくっついて泣いていたりで、カオスである。




 ヒロイン、マリリン。

 入学前の見学ではなく、社会見学に来た、7歳児の集団を襲って、怖い目に合わせたとして、退学。

 これまでの問題行動を庇ってくれていた高位貴族令息達が、裏切りました。


 元々いた、同世代の婚約者達は、13歳の頃、女児を集めたお茶会で、落雷により全員亡くなったんだって。

 この国では現在女児の人数の方が男児より少なく、貴族は6歳ごろに婚約者が決まるので、13歳で婚約者を亡くした少年達とその親は困ったらしい。

 同世代でフリーで残っているのは問題のある令嬢のみ。縁を結びたいと思えるようなの令嬢は見つからず。そこで、まだ婚約者が決まる前の5歳児と婚約することになったのだ。5歳の男児がいる家からはブーイングの嵐だったそうだが、そこは全員高位貴族。黙らせたそうだ。


 なので、本日社会見学に来た、小さな令嬢達は、彼らこの学園に通う高位貴族令息達にとっては、大事な大事な宝物。普段チヤホヤしてくれていても、マリリンなど比較にならない、守るべき愛する婚約者ちゃん達なのだ。


 マリリン、惨敗。






 修道院に入るのは、持参金が足りないと言うより、ない。

 なので、過酷な場所にある修道院の修道女の手伝いをする下女として、マリリンは辺境に連れて行かれた。


 マリリンヒロインは苛立っていた。

 何故、こんなことになったのかと。

 どうして、自分が、こんな酷い目に遭っているのかと。

 可愛い自分は、人生勝ち組はなかったのか。

 高位貴族の誰かのお嫁さんになり、宝石とドレスで誰よりも美しく身を飾って。

 素敵な男性に囲まれて、毎日優雅にお茶会をしたりして。

 こんなに可愛いのだから、お姫様にだってなれたはず。



 いや、頭の色、絶対に変だし。

 つるぺたボディだし。

 ちんちくりん系だし。

 バカだし。


 でも、頑張れ。

 バイバイ。



 そんな声が聞こえた気がしたけれど。


 マリリンヒロインは、握りしめた洗濯物に、恨みを込めて、ガッシガッシと洗ったのだった。


 fin


あとがき

ユキナは、元の世界に帰れたようです。マリリンに憑依してただけみたいな。マリリンの性格は、元々自分勝手です。そして、自分のことが大好き。ユキナはそれを見せられていただけですね。


婚約者の成長待ちな少年たちでした。

貴族は全員婚約者がいるし、平民は近づいてこないし。身分無視なヒロインといると、婚約者が生きていたら、こうやって学園で喋ったり、頼られたりしたのかなと、半分妄想世界に生きていて、ヒロインの迷惑行動についてはよく考えてなかったのでしょう。彼らも、後で迂闊な行動について、叱られました。大事な現婚約者と婚約解消なんて嫌なので、そのあとは更生??したようです。

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ピンク髪の悪魔は廊下を爆走する!なんてったってヒロインだからね! 白雪なこ @kakusama33shiro

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