研修期間300年は長すぎると思います!もうキレていいですか?いいですよね?

白雪なこ

そして……

 ワタクシ、先ほど、オギャーと産まれました。


 はい、“今回も”無事に。

 つるん、スポンと、産婆も驚く程の安産で、生まれちゃいましたとも!


 もう!酷くないですか?

 死んだと思ったら、もう生まれちゃってるんですよ?


 人の一生なんて短いから!?

 人として生きてる時の感覚では、十分長いですからね!


 まあ、毎回早死にで、享年18とか、20とか、最長でも23歳でしたから、短いっちゃ短いですけどね!


 でも、仕方がないじゃないですか!

 派遣先の環境が酷すぎるんですもの!


 研修なんだから、苦労して、経験を積んでこい!?

 悪役令嬢コース一択って、何を学ばせたいんですか!?


 ち、が、う、で、し、ょ、う?


 苦労を経験とか、人の人生を学べとか、全部後付けでしょ?研修という名目で行かせたいから、無理やりでしょ?


 人の世界での研修なんて考えついたやつ、出てこいや~です、わ!


 異世界転生のパワフルヒドイン病患者による世界の理への悪影響を食い止める手段に、神界の新人職員を使おうなんて、おかしいでしょう!おかしいんですよ!めちゃくちゃです!


 末端であろうと、新人職員だって、ちゃんと神界に属しているんですよ!

 私だって、神なんです!(大人扱いされていませんけども!)


 それをポーンと簡単に人間界に落とすだなんて!

 しかも、不幸にも早死にしたけれど、やっと神界に帰れたと思ったら、すごい勢いでまた落とされるんですからね!


 お疲れ様と労うこともなし!


 報告をと聞かれることもなし!


 問答無用ですよ!


 毎度毎度、壁に打ち込んだボールが戻るが如しですよ!

 バンデバン、ババンババンバンですよ!(意味不明)


 誰だぁ、落ちていく新人職員を眺めながら、あいつどこかの世界のスカッシュのボールみたいだなとかほざきやがった奴は!


 聴こえてんぞぉ、こらぁ!


 いつか、いつか天界に帰還したならば、覚えとけええええええ!


 くぅぅぅ~~~!苦節300年!


 人間体験はもう十分ですから!

 世界の歪みなんて、人間1人の力で何とかできるわけないんですから!


 とにかく、私は、悪役令嬢役なんて、もう飽き飽きなんです!

 安産は喜ばしく、赤ん坊の誕生はお目出度いことですけれど、それとこれとは話が違うんです!

 おまけに、なんだか髪の色がどうとか言って、誕生を喜ばれてないみたいですし?


 はいはい、わかってますよ、今回はどうせいらない子なんでしょ!


 慣れてますからね、このパターンも!

 何回も何回もありましたからね、今までも!


 で?この嫌ぁ~な、生育環境で!!

 また赤ん坊から、愛されも可愛がられもしないのに、雑草の様に力強く、スクスクスクスク、立派な悪役令嬢になるべく育って、ジジイ共を喜ばせろ、と!?


 ジョーダンはヨシ子さんdeathゥ!!!


 もぉおおおお!!

 やあだああああ!


 これが、ブラック!ブラック職場なのねぇ!!

 労働基準局に訴えてやるぅ~~!


 ああああああああああああ!もうもうもう無理!


 無理無理無無理無理無理!












「おや?研修中のあの子、もう帰ってきたね。さっき誕生する子供の中に送ったばかりなのに…おかしいねぇ」

 神界の人界管理局でお茶を飲んでいた、局長は呑気に呟いた。









 元に戻ってきた新人職員の魂は、いつもと違う色をしていた。

 神界に戻ってきたなら、そこに属すものらしい、白さと輝きを即座に取り戻していて当たり前なのに、だ。


 戻った瞬間、いつもの様に地上の人の世界に打ち返す勢いで、新たな研修に出されたならともかく、今回は神界に戻ってから数日経つというのに、彼女という存在から発される色は赤黒いまま。


 非常におかしい。とってもおかしい状態。



 神界の住民にとっては、当たり前の、その身の内から湧き出す様な、神々しさが感じられない新人職員の彼女。

 姿形だけは、本来のものに戻った様に見えるが、どうにもまともではない。そして、なんだか禍々しい気配を感じさせるのだ。


「おいこら、許さね~ぞ!コンチクショウ!そこに直れ、成敗してくれる!」


「我は、社畜にあらず!ブラック許すまじ!」


「天誅!」


「ジジイどもどうしてくれよう!」


「簀巻きで沈めるか!」


 口から漏れる言葉も、非常に禍々しいし、目つきもヤバい。ある意味キレッキレ!







 この世界ではまだまだひよっこな新人職員の彼女の年齢は、400歳。

 300年前、神の世界でいえば、まだ幼児レベルと称される年齢から、研修と言う名の地獄体験を繰り返してきた。


 この度、派遣先から予定外の早さで帰還した彼女は、緊急招集によって、上司である局長だけでなく、仲良く雁首を揃えた、この世界の先輩である、神界の重鎮集団を前にしていた。


 前にと言っても、お疲れ様と、茶菓子を勧められつつ、ソファーに座っているわけではない。末端職員らしく、部屋の隅に、放置である。突っ立っているのである。


 正確には、重鎮集団の背後に。


 現在は、激しくぶっ壊れながらも、この後の自分の爆発に備え、怒りという燃料を自身の中に、投下するのに忙しい彼女である。


「燃えろ、ファイヤー!燃やし尽くせぇ」


「神も仏もあるものか、詐欺師、鬼、悪魔メェ!」






「おかしいな。自分が異世界転生したわけではないに、異世界の感覚で文句を言っているぞ」

「パワフルヒドイン病患者みたいだな」


 パワフルヒドイン病患者とは、自分が世界の中心となる存在で、物語のヒロインの様に大事にされ、愛される存在だと信じてしまう病を抱える者の総称である。総じて思い込みが激しく、攻撃的で、周囲に迷惑と混乱と破壊をもたらし、世界に歪みを発生させる存在である。


 この世界の神が招いているわけでも、許可を出したわけでもないのに、何故か定期的に、異世界から転生してくる魂があり、その一部が、パワフルヒドイン病を発症してしまうらしい。


 人類にとっては大変不幸なこと。神界の住民にとっては、多分ちょっと困ってるかもしれないことである。


 なので、神界の人界管理局は、パワフルヒドインによって発生した、世界の歪みに対処すべく、人材派遣を決めた。神としてはそこまで困っていないので、新人職員の教育課題にすればよかろうと、誘導したのは、勿論、この世界を牛耳る、神界の重鎮集団である。


 ──神として人界に常駐させ、それとなく世界に働きかけ、世界の理を守り、混乱と歪みを正す。または、人の振りをして王族や神職など、人に影響力を与える人物になり、世界を導く。


 世界の歪みに対処というなら、人界への派遣の形はこの様なものになった筈だが、何故が重鎮達は、ヒドインに対処するのは悪役令嬢の務め。定めなのじゃ!と、その時のヒドインが悪役令嬢だと認識する令嬢の「中」への派遣を決めた。



「パワフルヒドイン病患者と長く接しすぎたからかもしれないな」

「いや、人の一生など短いものじゃぞ」


「1回の研修期間でのヒドインとの接触は、3年から最長7年だが、300年の間に何度も繰り返したから、トータルだとそこそこ長いんじゃないか?」

「まあ、人ならな。だが、我らは人ではないぞ」


「だが、こやつを派遣する際には、人間の赤子の小さな器に納まりやすいカタチに圧縮して、歪めて、神気も押さえ込んで封印していたからな。300年間、ほぼただの人間として生きた様なものだ。人ではないが、ほぼ人だったのだ」


「…ほんの一瞬ならともかく、脆い人の器に、赤子の時代から十数年神族の魂を入れておくのは難しいからな」

「ではこやつの感覚は、神族ではなく、人に近いのかもしれぬな」


「おまけに、人の子の器を乗っ取らせる形で、悪役令嬢に仕立てたからなぁ。人の子の器には、本来の人の魂も眠っていたし、内からも外からも、人からの影響が強すぎたのかもしれぬ」

「で。神としての質まで人の感覚に引っ張られてしまって、こうなったと」


「ふむ。こやつの魂の質や感覚は、とことん人間に近づいてしまったということだな」

「人レベルの魂では、300年が限界だったのかもしれぬ」


「育つ過程では薄れさせていたが、魂への衝撃が大きくなる誕生時と最期には、神族の記憶が全面的に戻る様、ちゃんと配慮したのに、300年しか持たぬのか」


「久しぶりのひよっこは、根性がないのう」



 神界では、新しい神など滅多に生まれない。数千年振りに誕生した彼女という存在を、神界の住民は、大事に…可愛がってきた。彼らの感覚ではだが。



「そうじゃのう。幼児の時から、我らが課題を与え、鍛えてやったというのに、ダメだなぁ」

「また新たな課題を考えねばならぬな。うむ、手間のかかることだ」


「輝きも一向に戻らぬしなぁ。おお、まだ後ろで何かブツブツ言っておるぞ」

「ううむ。これでは当分研修には戻せぬな」

「それは困った。また世界が歪むなぁ」

「困ったことだな」


「…やはり、原因であるヒドインの違法流入の方を止めた方が早いのでないか」



「いや、それだと面白くない……」

「そうだ、楽しくない」

「うむ、暇つぶしにならぬ」

「つまらんのは駄目じゃ!」




「ほぉ……」


「「「「「あっ!」」」」」





 その日、神界の会議室で、新しい破壊神が生まれた。


 己が、退屈した老害達の「暇つぶしの遊び」で300年もの間、何度も人界に落とされ続けていたことを知ってしまった、400年前は神界で一番清らかだった存在は、荒れ狂う新破壊神へと進化したのだ。



 その存在から、楽しげに逃げるのは、悠久の時を生き、存在することに飽きた古き神々。


 世界の歪みの原因は、ちっぽけな人間などではなかったのだ。











 さて。

 身の内に入っていた神界の魂が抜けた赤ん坊はといえば。





「だ、旦那様!お、お嬢様の呼吸が突然止まってしまいました!」


「そうか…まあ、うちにはもう後継も、嫁に出せる女児もいるからな。この子だけ、我が家の色を引き継いでいないし、ここで死んだほうが幸せかもしれぬ。赤ん坊の死亡については、まだ妻には話すな。安産とはいえ、疲れて眠っている彼女を起こして告げるのは酷だろう。あとで、私から話すことにする」


「はい…かしこまり…え?、あら?だ、旦那様、お、お嬢様の御髪が、だ、旦那様のお色に……」


「何!?おお、我が家系の輝ける碧に変わっているではないか!もしかして、生まれる瞬間に、誰かの呪いで不吉な赤に変えられ、死んだことで、その呪いが解けたのか!くっ!我が家の子供を呪うとは許せん!」




「ふっ…おぎゃあ、おぎゃあ!!」


「お嬢様!お嬢様が!!ああ!奇跡ですね!」

「なんと!おお、これはきっと我が家の先祖の加護だ!呪いを跳ね除け、生き返ったこの娘は、大事に育てよう」


 神に楽しみを提供する役から外れた赤ん坊は、身体の奥の奥に封印されていた本来の魂を解き放ち、「悪役令嬢になる予定」どころか「その人生全てが未定」な、ごく普通の人間の子供として、誕生を祝われ、愛される、記念すべき初日を迎えたのであった。


 fin


*おまけの話



 15年後。


「王立学園に入学したのに、ドリルヘアの赤髪悪役令嬢がどこにもいないなんて!もう、早く出てきて、私をいじめなさいよ~!それに、悪役令嬢の婚約者の王子もいないし!公爵令息はどこよ!侯爵家令息は?伯爵家令息すらいないなんてどういうことよ!」


と、王立学園に入学したパワフルヒドイン病患者の生徒(男爵令嬢)が喚いていたそうです。



 輝ける碧の髪を持った公爵令嬢は、愛され美少女に育ちすぎたので、乱暴な者もいる学園になど通わせられないと、王城内で高度な教育を受けています。

 他の侯爵家以上の、学園で学ぶ基本の勉学を既に終えているレベルの高位貴族の令息令嬢も、まとめて一緒に。


 学園は教育レベルが低い下位貴族に合わせた教育カリキュラムが組まれていること。野心に溢れすぎて異性を力ずくで落とそうとする勘違い行動をとる生徒などもたまに交ざってしまうこともあるため、王族や高位貴族、他国の貴族と縁づく可能性の高い令嬢達を通わせるには適さず、成人後には国の運営に関わる可能性の高い令息達もまた、「高位貴族家の家を継ぐ」「王城で、重要な役職に就く」という将来を考えれば、レベルが低く、道を踏み外す可能性もある学園より、王城で高度な教育を受けさせ、時には実習として、王城で仕事に関わらせた方が良い人材に育つだろうと、王城内で教育することになりました。


 学園に残された中では、最上位貴族となった伯爵家の者達も、高貴なもの達が根こそぎいなくなり、評判と評価の落ちた学園に通うのを嫌がったため、学園は再編し、生まれ変わるしかなくなります。


 伯爵家子爵家だけの学び舎と、その他の生徒の専攻で細かく分けられた学び舎に、学園敷地内で完全分離され、門は別、校舎同士は隣り合っていても、高い塀で行き来ができない形に変わったそうです。


 学内での行動を制限する校則も国の法律に準じた厳格なものへと変わりましたし、入学のハードルも上がりました。 


 学園に入学する前に、親も含めた面接で思考言動チェックをされ、親も代筆不可の必要書類の中に隠された常識テストを受けることになります。

 親がおかしい時には、子供の保護プログラムを発動できるので、学園だけでなく、教会や役所でも、それとなく組み込む様になったそうです。子供相手以外の問題も割と発覚するそうですよ。


 入学を希望する本人はといえば、課題解決型グループディスカッションでの行動観察テストに合格した後、難しい内容の筆記試験をクリアしなければなりません。

 入学後には定期試験に2回落ちれば退学。学園生としてふさわしくない思考の確認、言動の確認があれば、退学です。


 学園改革や厳しい入学テスト実施前に学園に滑り込めたパワフルヒドインでしたが、学力不足と学園の生徒として有り得ない愚かな言動を繰り返したため、早々に退学になりました。


 その後、学園に入学せず王城で教育を受けていた高位貴族の令息のいる家への突撃を試みては追い返され、実家に苦情が行き、それでも行動は改まらず、最後には王城に忍び込もうとして捕まります。


 罰として、厳しい環境の修道院での、10年間の奉仕活動を命じられたあと、修道院に向かう道中で逃亡したそうですので、現在は行方不明です。…多分、どこかで力強く生きているとは思いますが。

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研修期間300年は長すぎると思います!もうキレていいですか?いいですよね? 白雪なこ @kakusama33shiro

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