廻り道してみませんか?

HerrHirsch

第一回 接吻

 廻り道。それは俺の苗字。平仮名が当然のように入り込む。しかもなんか変にえんにょう…だったか、延の字とかに使われるしんにょうの仲間みたいなやつが付いてるのも気に食わん。回道でもまわりみちと読むらしいから、生まれの不幸を呪ってみたくなるのもしばしば。昔から《急がば回れ》という諺があるが、俺の苗字は急ぐのをやめてしまったらしい。書くのが割と難しいので、小学校の頃はずっと〈まわり道〉と書いていた。まぁ、何でこんなことをいきなり冒頭で言い出すのかという話だが、この小説は俺の苗字、【廻り道】がテーマになっている。

 俺が歩くこの田舎らしい田んぼの間を縫う十字路。俺の通学路からは相当離れているのだが、まぁこれこそ廻り道である。俺が何故ここにいるかと言えば、俺のすぐ横を歩くこの女にその要因はある。

「女っていう表現は実に差別的な気がするな。いや、まぁいいのだが、せめて僕の事も苗字で呼んではくれないかい?」

 こいつ、有為楠〔ういくす〕園果〔そのか〕は新聞部員である。それも筋金入りの。この歳にしてすでに地方新聞の記者として活動していて、そして校内新聞の作成を担当している。その校内新聞の企画として、俺の苗字にあやかったコーナー、【廻り道してみませんか?】というものをやるそうだ。で、現在その取材中である。

「お前苗字呼びにくいから面倒。」

「なら園果で構わないよ。」

「じゃ、園果で。」

「ついでに廻り道氏も企画とごっちゃになるんでゆずっちって呼ぶね。」

「なんでだよ。」

 俺の名前は廻り道ゆず。どこか女っぽいと感じたら正解である。父母が俺の事を可愛く育てたいということで名付けたのがゆず。ジェンダーに対して非常に関心の薄い両親なのであった。なので、ゆずっちゆずっちと呼ばれる事にはかなり抵抗があったりするのだが、まぁ正直廻り道と呼ばれるのも癪なためここは妥協することにした。

「んで、何すりゃいいんだ?」

「企画は単純だね。ゆずっちと僕でじゃんじゃか廻り道をして下校、その間にあったことを記事にするというものだよ!」

「……面白くなくないか?」

「面白くして見せるのが僕の務めさ。」

 と、どや顔でない胸を叩く園果。いで立ちについて簡単に説明すると、紅いリボンの映える銀髪に黒目のスレンダーな長身が園果。で、黒髪黒目でぱっとしない気だるそうなやつが俺だ。

「んで?俺は正直もう廻り道をこれ以上する気力がないんだが。」

「ふっふっふ……では、とっておきを披露しようか。」

「ほほう?何かあるのか。」

「うむ!ちょっと眼を瞑ってい給え!」

 言われるがまま、眼を瞑ってみる。耳から入るのは鳥のさえずりと麦穂の揺れるざわめき、そして園果の鞄を置く音。何をしているのかまるで分らんが、悪いことではあるまい。と思っていれば、なんだか前方から気配が。恐らくは園果なのだろうが、近い。とはいえ避けるとまずいかもしれない。何かしらのグッズを俺に取り付けようとしている可能性も――

「ちゅっ」

「あ?」

 接吻だった。いや、は?

「どうだい?これでやる気が出ただろう!」

「お前は俺のことを勘違いしているようだな。俺にとって接吻とは挨拶の一種であり情欲を掻き立てる行為に分別されない。結論から言えば、むしろやる気が下がった。おつかれさん。」

「ふぁっ?!ちょっとまっ――」

「ちゅ」

「ふぇ」

「お返しだ。また明日。」

「……え?は?ちょっなななな」

「明日もこの調子なら明後日は直帰するからな~!」

「ゆずっち!君こんなことするタイプだったのかーっ!?」

 いや、しないぞ?お前以外には。

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