第617話 んなわけない()

「予想通りの美味しさですわね」

「本当に、沁みわたる美味さだ」


 ぬる燗で程よく回った酔いに、イセカイハモの出汁茶漬けが本当に沁みる。

 なんと言うか、二日酔い寸前の状態で飲むしじみの味噌汁みたいな。


「もれなく全部美味しかった」

「天ぷらが俺は一番だったな。あのサクサクの衣とフワフワの身の相乗効果はすげぇ」

「わしは酒蒸しかの。天ぷらとはまた違った身の柔らかさと、しっとりした食感がたまらんかった」

「すまし汁。土瓶蒸しとは少し違うけど、あれも美味しかった」

「刺身と湯引き。何を付けても美味い。珍しく酒にも手を伸ばしたが、あれは一緒に飲む価値があった」


 みんなお茶漬け食べながら今日の晩御飯を振り返ってるよ。

 美味しかったもんね、マジで。


「ラベンドラ、今日のレシピは?」

「別に渡してもいいが、材料はどうする気だ?」

「??」

「カケルに頼まなければ、『――』の骨を全て抜く事は出来ないんだぞ?」

「あ」


 ……めっちゃ見られてる。

 すんごい見られてる。


「今言われてもすぐには用意出来ないですね……」

「いじわる」

「いや、違くて。ゴー君に頼むんですけど時間がかかるんですよ」

「……ふむ」


 正直、魚の骨くらいは魔法で何とかならないのか? と思わなくもない。

 でもなぁ、全部が魔法で出来るんだったら、ガブロさんが解体士として名を馳せてないと思うんだよな。

 だって解体も魔法に任せてしまえばいいわけで、そうなると魔法はドワーフよりエルフでしょ? って思っちゃうわけで。

 つまり魔法は万能ではない。


「美味しかった……」

「ご馳走さまでしたわ」


 お粗末様でしたっと。

 面倒な調理はラベンドラさんに任せた身だけども。


「『――』の骨さえ無きゃぁな。もっとこういう飯が食えただろうに」

「そもそも捕獲や討伐の難易度が高すぎて、結局はろくに出回らないと思うがな」

「獲っても骨ばっかでどこも買わねぇから需要がねぇんだよ。たまに幼体が水揚げされてるぜ?」

「ちょっとその話詳しく。いや、私が買い取るから次回以降は確保しておいてくれないか?」

「次いつ入るか分かんねぇぞ?」


 鱧の幼体?

 いやまぁ、異世界の魔物だから詳しく知らんけど……。

 どれくらいの大きさなんだろ。

 ワンチャンドジョウみたいなサイズだったりして。

 となるとイセカイハモの幼体で柳川鍋とかやりたい気もする。

 なお、ここまで全部俺の妄想なもよう。


「お茶が美味しい」

「また『――』の余韻と合いますわね」


 本日お出ししたお茶は、玉露の水出しにござい。

 まろやかでふくらみが大きい甘さと、水出ししたことによって抑えられた渋味が、イセカイハモによって引き延ばされたゆったり時間を引き延ばしてくれる。

 ここにお茶請けでもあれば、最高なくつろぎタイムが約束されただろう。


「デザート! デザート!」

「今日のご飯がアレだったからな! あれらに負けない強いデザートが出てくるぞ! きっと!!」

「ワクワクが止まりませんわぁ!!」


 デザートを待ちきれないエルフと狐の獣人が居なければ、の話であるが。


「すまねぇな。うちのツレが」

「いやまぁ、元々二人居たところに、一人増えたところで、ですよ」


 慣れたとは言わないけどね。

 それでもまぁ、見慣れた光景にはなってきたかな。


「じゃあ、デザートを持って来ますか」

「待ってました!!」

「やんややんや!!」


 はしゃぐなぁ……。

 まぁ、それと同じくらい俺も内心はしゃいでるんですけど。

 だって高級マンゴーですよ!?

 俺が一人でマンゴーを食べたいって思っても絶対に手が出せないレベルの代物ですよ!!?

 それが異世界組発姉貴経由で俺の手元に来たんですよ!!?

 これでテンション上がらないのは嘘だろ。

 

「姉貴から高級フルーツが送られてきましてね? 今日はそれを食べていこうと思います」

「やったぜ」

「カケルのお姉さまに感謝感激雨霰ですわぁ!!」

「その為の右手」


 どの為だよ。

 と言う訳で冷蔵庫から宮崎県産マンゴーを取り出してっと。

 ん? ほらほら、山芋マンドラゴラ君。マンゴーに抱き着いても君を一緒には連れていけないよ?

 ……呪いを移したりしてないだろうね? もしやってたら、君全体を解呪しなくちゃいけないんだ。

 そんなの勿体ないからね? やってないよね?


(クッソビビっとるぞい)


 よし、脅しはこれくらいでいいな。

 これで嘘つかれてたら、もう沈めるしかなくなっちゃうからね。

 俺にそんな事はさせないでほしいな。


「ラベンドラさん」

「どうした?」

「ちょっと冷蔵庫の中で山芋マンドラゴラに今日のフルーツが触られててですね」

「ふむ。呪いが移ってないか確認して欲しい、という事だな?」

「ですです。お願い出来ますか?」

「任せろ」


 見た目は特に変わった様子はない。

 でも、呪いって目に見えるものだけじゃあないかもしれないからね。

 念には念を、エルフの鑑定スキルで確認して貰おう。


「で? フルーツはどれだ?」

「これなんですけど」


 と、手に持ったマンゴーをラベンドラさんに向けると……。


「……っ!? 手を離せ!! カケル!!」

「え? は? の、呪いですか!?」

「違う!! そいつは……不死鳥の卵だ!!!」


 とんでもない事を叫ばれたんだけど……。


「いや、違いますが?」


 どう見てもただの高級マンゴーなんですよ、これ。

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