隙間の話

騎士団三番隊に所属する隊長イナミの仕事は今日は、今日で、忙しかった。


「腰、いたっ……」


今朝から災難だ。ベッドから落ちて腰は打ち、大事な資料にコーヒーを引っかけるという、災難続きでなに一つとして良い事がない。

こういう日は空回りするから休むのが吉だが。期日は待ってはくれないので、駄目にした分の書き直しを昼休み返上で行う事となった。

そもそも、アイツらが急に罵り合いを始めなければ資料がコーヒーに浸かるという悲劇は起きなかった。

毎日毎日、顔を合わせるたび喧嘩、喧嘩、アイツらに調和という言葉ないのだろうか。いや、無いな。

頭が重いイナミは、トボトボと腰を抱えて資料室に向かう。


「おい、聞いたか中庭で決闘だってよ」

「マジかよ、騎士団なのに決闘とか、おもしれー」

「騎士だからだろっ行こうぜ」


イナミの横を楽しそうに通り過ぎていく若い騎士達。


騎士内での決闘とは、お互いに騎士としての義をかけた熱き戦い。自分が信じるものを相手に通すためには、言葉ではなく剣を交えるしかない。決闘終えた先にあるのは固き結束と友情である。

ーーーというのは大昔の話。普通に怪我するし危ないし、建物が破壊されることがあるので、今は騎士であろうと禁止である。

だから、決闘って聞いて思ったのは、いつの時代の話だよ。

爺さん世代ならまだしも、今のご時世にやるとは相当な馬鹿か、騎士道大好き大真面目野郎だな。


「でいったい、誰と誰なんだ」

「決まってるだろ、レオンハルトとロードリックさ」


はぁ?







「今日こそ貴様に引導を渡してやる」

「どうでもいいんだけど、早くしてくれないかな」


レオンハルトとロードリックは剣先を向け合った。

騎士が訓練も行う中庭で決闘を始める二人、に「いいぞ、やれ」と見物客が煽り誰も止めることはなかった。


「ダメに決まってるだろ!!」


中庭の奥から聞こえてくるのは、叫び声に近い怒鳴り。皆、ビクリと体を飛び跳ねさせては一斉に怒鳴り声の方に顔を向ける。


「ハル! リク! お前らいい加減にしろ」


中庭を突っ切ってくるのはイナミ隊長。

それを見た騎士達は顔色を青くさせては蜘蛛の子散らすように必死に逃げていく。レオンハルトとロードリックは素早く剣を下ろすと背中に隠した。


「今日は大人しくしろって言ったよな。なに、そんなに俺のことが嫌いなの」

『いえ、そうではなくて、こいつが』


声を合わせて、同時に指を指すレオンハルトとロードリック。同じ動作にお互いに顔を見合わせては眉を顰めた。


「合わせてくるな」

「貴様の方が合わせてきたんだろ」


またギリギリと歯を立てて歪み合う。イナミは肺から吐かれる息が重くなるのを感じた。


「この際、どっちが悪いとかどうでもいい。朝に言ったよな、騒ぎを起こすなと」

『でも、コイツがっ』

「一週……一週間、お前ら謹慎な」

『何で!』『何を言って』


掴みかからんばかりに迫ってきた二人。その圧に思わず怯み背を逸らしたがイナミは負けず、もう一度同じ処分を下した。


「そもそも、実践や訓練以外で剣を抜くのは禁止だと知ってるだろ。さらに禁止されている決闘もしくは喧嘩をしようとした。この処分に文句あるか?」

「……無いです」


あからさまな不服の顔ではあったがロードリックは、すいませんと言って一歩引く。相変わらず、もう一人は納得がいっておらず前に出た。


「こちらの話を全く聞かず、判断するのはどうかと思います」

「じゃあ、言ってみろ」

「剣を抜いていたのは訓練後だったからで、決闘と勝手に吹いたのは周りです。俺はするつもりはまったくなかったです」

「する気がないなら、その時に剣を収めればいいだろ」

「それはコイツが剣を向けてくるから仕方なく。正当防衛……」


「はぁ!? 貴様の方だろ」とロードリックがすかさず突っ込んできた。


「いや、アンタだった」

「最初に関わってきたのはそっちだ」


最初に仕掛けたのはそっちだの押し問答が始まり、また出口の見えない戦いのコングを鳴らそうとしていた。


どちらが始めたとかどうでもいい。喧嘩するのをやめろと言っているだけなのに。


仕事で詰め込んでいた脳内をさらに圧迫させてくる二人に悩まされ。さっきほど怒鳴ったおかげで腰の痛みがさらに増して、イナミは心身共に最悪となった。


「分かった、分かった。お前ら一週間、俺のところで書類整理の手伝いしろ。ただし、俺の目の届く範囲にいること、喧嘩……口喧嘩もダメだ。一つでも違反した場合、口と手足を縛って外に放り投げる。わかったか?」

「分かりましたけど、そんな脅しをしなくても。子供じゃないですから」


ロードリックの発言に横で頷くレオンハルト。


「俺が、お前らに嘘ついたことあるか」


『無いです』

真顔で声を揃えたレオンハルトとロードリック。仲がいいのか悪いのかわからないイナミである。


「今日は腰が痛いんだ。頼むから大人しくしていてくれ」


腰をさするイナミは早く隊長室に戻りたかった。


「大丈夫ですか。どこかで打ったのですか」

「今日ベッドに転がって、そのまま……おい、レオンハルトどうした顔赤いぞ」


イナミとロードリックと話している横で、何も脈略なく顔に熱を登らせていくレオンハルト。

熱風邪で引いたのだと思いイナミは、手を伸ばしてレオンハルトの首を触ろうとした。

しかし、レオンハルトは手を避けるように身体を後退させる。

そんなに避けなくとも思ったが、他人、しかも俺に触られるのは嫌に決まっているかと納得して手を下ろす。



「大丈夫っです。少し、太陽の熱にやられただけです」

「そうか、水分取って安静にしてろ」

「少しだけですのでご心配なく。資料整理に必要なもの取ってきます」

「えっ、ちょ待て」


イナミの返事を待たずにレオンハルトは駆け足で建物に戻る。


「なにが必要かまだ言ってないだろ。レオンハルトは人の話聞いてなかったのか」

「なんなんですかアイツ。今日体調悪いじゃ無いですか」

「そうかもな。ロードリック、いくぞ。どうせ資料室にいるだろうから、そこで説明する」

「分かりました、イナミ隊長」


イナミとロードリックはレオンハルトのあとを追うのだった。

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