四話 来客
使用人室より広い客室、トイレに風呂もついているから泊まるには文句ない設備が揃っている。
毎日、使用人達が屋敷全体を綺麗にしているので、あまりやることはないが部屋全体を磨き、ベッドのシーツを新しいものに換え、クローゼットにも新しいパジャマを補充する。備品も揃えて、あとは言われていた花を花瓶に刺し棚に飾るだけとなった。
「赤い薔薇とは、粋だな」
沢山の赤い花が鼻腔をくすぐる。花の言葉は愛情だったか。
花が好きだったミオンが沢山の花言葉を教えてくれたのを思い出す。
聞いていないのに隣で沢山解説して、飽きるまで連れ回されたのは良い思い出だ。
赤い薔薇が入った花瓶をそっと棚に飾り、口元を緩ませイナミは部屋を出た。
部屋を出れば次の仕事に取り掛かる。空いた時間は身の回りを調べるのを繰り返し。元から仕事ばかりしていたのでイナミは苦にならず、動いている方が考え事が少なくて済むとも思っている。
シロに報告して、次はシーツの洗濯だろうか。
すると、玄関の方からザワザワと沢山の人の声がする。声をたどるように近づいて行くと、玄関に続く一つの廊下が使用人達によって塞がれていた。
「帝都から来た人だって」「えーだから、見た目が綺麗というか、なんというか凛々しいよね」「でも、知ってるここの親戚だって」「うそっ」
「わざわざ帝都の騎士がここに、すごいな」
帝都の人間であり騎士団の一人がここに来ているのか、それは是非見たい。帝都の現状を分かるはずだ。
「すまない、時間より早く来てしまった」
「いえいえ、なによりご無事にご到着されたのですから、ご主人様方が喜びますよ」
使用人と来客が話しているが影すら見えない。
人物を見ようと足先を伸ばして見てみたり、斜めに顔を傾けるが、盾のように憚る人によってことごとく塞がれた。
くっ、身長が低くて見えない。
それでも諦めずに角度を変えては挑戦したのが、いけなかった。後ろから集まってくる人だかりを気づく事が出来ず、片足を上げたまま前に押された。
どんどん前に押されて、人の壁に挟まり、また人の圧によって前に連れて行かれる。
元の場所に戻りたいが、自分ではどうにもならないほどの圧力。
「っぎゃ」
解放されたと思った時にはバタンっと派手な音を立て床に大胆にも転げていた。前のめりで倒れたことで顎を擦りむき、足首を曲げた。
この体になってからというもの、良いことが一つもない。これもきっとこの身体が貧弱すぎるせいだ、一度鍛え直すしかないな。
「……大丈夫ですか」
優しく落ち着いた声、どこかで聞いた事があるような。
顔の前に、差し出しされたのは骨ばった男の手。
「レオンハルト様っ」
息を飲むーーーレオンハルト?
使用人の声に導かれてゆっくりと上を向いてみてみると、あれから10年、大人びたレオンハルトがいた。
声も低くなっていたし、顔から幼さが消えている。というか騎士ではない、普段のこいつを初めて見たかもしれない。
「……っハル」
レオンハルトは一瞬だけ差し出した指を包める。
「レオンハルト様が、そのようなことはおやめください。リリィは早く立ちなさい」
鬼の形相でこちらを睨む使用人。
それもそうだ、部下に気を取られて呆然としている場合ではない。
「また、リリィだよ」「アイツいつも肝心な時はああだよな」
「恥ずかしいーーー子供じゃないんだから、そろそろ落ち着いた方がいいよね」
押し出されて転げたのは性格関係ないだろ。
後ろでコソコソと非難されながらイナミは、差し出された手は取らず、自力で立ちあがろうと手をついた。
手に力は入るが、足に力を入れようものなら電撃のような痛みが走る。
一瞬の激痛に思わず「うっ」と鈍い声を漏らすイナミ。
「えっえっ」
「うおっ」
叱った使用人と自分の声が重なる。
重なるのも無理もない。レオンハルトは何を思ったのか俺の足と腰に手を入れて軽々と持ち上げた。
所謂、お姫様抱っこというやつだ。
地面から空に目線の高さが一気に上がり、反射で落ちないよう相手の襟辺りを掴む。
「あの、レオンハルト様……その者にそのようなことは」
「私の部屋は、いつものところですか」
「えっはい、いやあの」
「荷物運んでもらって良いですか。私は先に行ってますので」
「はいっ……」
終始笑顔のレオンハルトに圧倒されて使用人は何度も頷いた。
笑顔の圧とはこういう事だろうか。
ーーー笑顔を作れたのか、いつもムスッと顔を顰めているから出来ないと思っていた。
元部下と話したいのは山々だが、そろそろ下ろしてもらわないと、使用人達のヘイトが一気に溜まりそうなのでレオンハルトに耳打ちをする。
「すいません、歩けますので下ろしてもらえませんか。痛くありませんし、もう大丈夫です」
「良いけど、離せば腰から落ちるけど」
何故、手を一気に離す前提なのか。
「それに、怪我人を置いて行くほど私は薄情じゃないからね」
抱く腕に力が入る。端から下ろす気はないようだ。
こうなったレオンハルトは何を言おうが聞かないので、腕を組んで大人しくすることにした。
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