その名前はリリィ[完結]
イケのタコ
一章
0話 悪くない人生
ここは西の国王が住まう街、帝都。広々とした土地を保有し、王族に貴族に平民と沢山の人々が行きかい。住宅はもちろん、工場や商業と様々な用途で作られた建物が並ぶ、発展した街である。
その中心には王が住む大きな城が建ち。その城を中には王に使える帝国騎士団がというものがあった。王を守護し、帝国の秩序と安寧を守り人。
この国では、騎士である事は民の誇りであり、地位を確立させるものでもある。皆がこぞって入団をしたいという、憧れの騎士団だった。
そんなある日、沢山の憧れを背負う騎士団に事件が起きた。
「イナミ隊長っ!」
城の中、俺の名前を呼んで廊下の奥から走ってくるのは、隊員の部下二人。
だいぶ急用に迫られているのか、俺の元に着いた時には口で息を吸い、肩を上下させていた。
「どうした」
「魔物の数が多すぎて壁を越えそうです。どうにか、残っている部隊で抑えているのですが、町に到達するのも時間の問題かと」
「やはり状況は芳しくないか……分かった、すぐに行く。お前たちもすぐに戻れ」
『はいっ!』
一人はすぐに同じ道を辿って駆けていく。もう一人は残り何かを言いたげに唇を動かした。
「イナミ隊長……」
「どうした?お前も早く行け」
そう言っても動く気配はなく、さらには俺の腕を掴んで引き留めた。
その行動に少しだけ胸を突かれた。この部下は優秀であり、賢明であり、生命を脅かすようなこういう時には感情で動く人間ではないと思っていたからだ。
あまりの不自然な行動に俺は歩みを止める。
「なんだ」
「あの……なんだかこの魔物達の襲撃に違和感があります。誰かの意思を感じるというか、仕組まれたような気がしてならないんです」
「……」
自身も考えていた事だ。元々は集落の周りにいる数匹の魔物を追い払って欲しいとの小さな依頼。
しかし現状は、沢山の魔物が集落を襲撃した。簡単な依頼だと少人数の部隊もあって、あまりの魔物の数に処理が追いついていない。
魔物は個々が思う意思で行動すると言われているが、今回はまるで作戦を立てたかのような動きに部隊を更に翻弄させていた。
予期していない大きな事態に、騎士団の中も同じ情報が交錯するほど少々混乱させている。
そこに、誰かの意思を感じないわけなかった。
「分かっている、だが今は集落にいる命が優先事項だ。だから、感じている違和感や犯人探しは後回しだ」
「……はい」
「早く行ってこい。俺も出来るだけ仲間を引き連れていく」
先ほどの部下と同じように向かわせた。部下と同じように出来るだけ早く現場に駆けつけるためにも、隊長室に足を速めた。
隊長室の扉を開けると机の上にはまだやり残した書類が山のように積まれていて眩暈がする。まだまだ、やる事は沢山あるというのに緊急事態とは災難だと。
それより、自分の剣はどこにやったのだろうか。
「隊長……」
開けたままの扉、後ろから低く囁くような呼び声が聞こえた。後ろを振り向かずとも、自分が持っている部下だとすぐに理解した。
ここにまだ残っているとなれば、連絡がまだ行き届いていなかったようだ。こういう緊急事態には、すぐに伝わるよう連絡網の改善をしないといけない。
そう頭の隅で考えつつ、同時に剣を探しながら部下に答えた。
「まだ、いたのか。連絡はしたと思うが、緊急事態だ。数多くの魔物が集落を襲撃した。急いでお前もっ……」
ゴボッ、と思わず唾を吐くような咳が出た。
今になって風邪を患ったのかと思ったら、机に広げられた紙には数滴の血が落ちていた。
何故、血が落ちているーーー、理解できない状況。
それに腹も痛い。
訳もわからず腹に手を当てて見れば、ぬるりとした液体の感触と刃のような鋭利な物に触れる。
下を見れば、鼻を突き刺すような匂いと、沢山の血が腹から足に落ち、腹には剣が突き刺さっていた。
途端に足に力が抜け、踏ん張ろうと必死に机を掴もうとしたが血で手が滑り積まれた紙を部屋中に散らしただけだった。
それでも机を背にしてどうにか座る事は出来た。とにかく、立ちあがろうと床に手をついたが頭がボーッとして力が入らない。
なんだ、毒か? というか、この散らかった書類どうする。面倒だ。誰が集めんだよ、これ。
金切り音や水の音、色んな音がぐわんぐわんと重なっては脳内に響き渡り、子供から大人まで声が聞こえてきた。
腹に刺さっていた短剣はいつのまにか目の前に転がり、その剣の銀色が自身の赤で染められていくのをただ見ているしか出来ない。
「ひっ」
喉を引きつくような悲鳴。自分が刺したというのに真っ青な顔して真っ赤な手を震えさせていた。
怯えるくらいならやらなければ良いのに。
「アンタのっ、せいだからなっ」
扉に血の手跡を残し、部下は扉の向こうに姿を消した。
どうしよう、まだやり残した仕事があるし。襲われた集落が気になるが、手で押さえても止まらない血。
もう一度血を吐き出して理解する。黒々とした血の塊、残念ながら俺は見届けることは出来ないらしい。
所詮、俺の最後はこんなものかと。
「イナミ隊長……すみませんがまだ気になってっ」
扉の向こうから顔をひょっこり出したのは、先ほど様子がおかしいと申し出た部下だった。
当然、俺を見るなり目をまん丸とさせる部下。額に汗を滲ませすぐに駆けつけては、どうにか手で血を止めようとする。
「なんで……どうしてこんなことに! イナミ隊長、俺の声わかりますかっ」
聞こえているが、返事が出来ない。目だけを配る事は出来たが、どんどんと力が抜けていく感覚は毒が全身に回ってきていると実感させられる。
返事のない俺に、焦った部下は俺の足と体に手を回し抱えた。
そして、重たい俺を抱えながら走る部下は必死に人を呼ぶ。
「誰かっ! 救護できる方いませんか!」
廊下をかけずり回る部下に答える者はいない。今日に限って、今日だからこそ、外の魔物で手を焼いている忙しい今、ここを通る人はいない。
「お願いです返事をっ、お願いですからイナミ隊長、死なないでくださいっ」
懇願されても無理なものは無理だ。それに救護班を呼んだところで、この怪我では到底助からない。だから、死んでいくものは置いて任務につけと言いたいがブラブラと揺れる腕。もう、指先すら動かせない。
「誰かっ! 誰でも良いからお願いします」
こいつは喉がかれるまで呼び続けるつもりなのか。このまま城内を足が疲れるまで回る気なのか。まったく、今から戦いに行くというのに無駄な体力を使うのは、やめて欲しい。
「イナミ……隊長」
もういいって。
「……レオン……ハルト」
「っ……!」
「……おろせ」
目から溢れてくる涙が部下の顔を伝い、俺の頬に降り落ちてくる。
まったく、先輩から虐められても泣かなかったくせに。
「嫌ですっ」
「無理だ」
「無理じゃない、アンタを絶対助ける」
「ハル……」
「……」
余計に涙が止まらなくなったようだ。
でも、悪くないな。こんなにもコイツに好かれていたとは思わなかったし、俺のために涙を流して奮闘してくるのは何より嬉しいし、何ものにも代えがたい。心が満たされるような良い気分になったのは久しぶりだ。
最後にしては悪く無いな。
「ハル……ありがとう……」
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