「かわいい」は好きな子にだけ

小糸 こはく

「かわいい」は好きな子にだけ

 午前7時45分。

 おむかいさんから、同い年の幼馴染、フウカくんが出てくる時間。

 ほら、いつも通りに、


「おはよう、ルリ」


「おはよう、フウカくん」


 あたしがタイミングを計って家を出てるのを、彼はわかってるかもしれない。そんな気がする。

 だっていつも、同じ時間に出てくるんだもん。


 教科書やタブレットで重くなった通学バッグ。中3女子にしては体格がいい、というか背が高すぎるくらいのあたしはまだいいけど、普通の体格の女子は大変そうにしてる。

 一年生なんか、フラフラしてる子もいるよ。学校と家が遠い子も大変だ。あたしたちは、せいぜい10分くらいの距離だけど。


 当たり前のようにフウカくんの横に並ぶ。ドキドキしてるのを隠して。

 昔はこうじゃなかった。彼の隣にいるのが当たり前で、なにも感じていなかった。

 でも5年生くらいから、彼に男の子を感じるようになった。そして、女の子として意識してもらいたくなった。


 こうして並ぶと、彼はあたしより背が低い。

 といっても中3男子の平均くらいはあると思うから、低身長なわけじゃない。そんなに高くもないけど、あたしが高いだけ。


 あたしは幼いときから、背が高かった。小6で168cmあったからね。

 中3になった今では、さらに10cm伸びた。


 これほど高身長な女の子は、あんまりいない。少なくともわたしは、あたしより大きな女の子をお姉ちゃんしかしらない。

 お姉ちゃんは運動神経がよくて、バスケでジュニア日本代表にも選出された人だから、背が高くて喜んでるけど。


 だけどあたしは、背が高いのがうれしくない。

 かわいい服が似合わないし、そもそもおしゃれを楽しむ権利すらない気がする。

 女子中学生に似合うかわいい服は、180cm近くある子のことは考えられていない。


 というか、そんな規格外きかくがいの子まで考えて作ってると商売がなりたたないと、服飾関係のお仕事をしているお母さんがいっていた。

 そんなの、しったことじゃないんだけど。


「数学の朝テスト、大丈夫?」


 フウカくんが聞いてきた。あたしたちは受験生で、これからは勉強づけの毎日になるはず。

 だけど彼は成績がいいし、万年平均順位のあたしとは違う。どういうことかというと、彼のほうが勉強が大変になるって意味。


 あたしは普通の成績の子が行く高校しか選べないけど、彼にはいくつかの選択肢があって、それには地元で一番の進学校も入ってくる。

 だけどそこを目指すには、競争相手と戦わないといけないってことだ。勝負はもう始まっているんだから、のんびりしてる暇はない。


「うーん、どうだろ? 大丈夫だといいねー」


 他人事のような答えに返ってきたのは、彼の苦笑。


(女の子みたいな顔、かわいい♡)


 服装も性格もちゃんと男の子なんだけど、フウカくんは見た目が中性的というか、むしろボーイッシュな女の子って感じなの。

 昔は女の子にしか見えなかったくらい。


「勉強、教えようか」


「えー、いいよー。フウカくん、自分のお勉強してよ。受験生だよ?」


「受験生はルリもでしょ。ちゃんと勉強しなよ」


 今度はわたしが苦笑する。彼は何も返さずに、スタスタと歩き出した。


     ◇


 フウカくんに、『好きな子』がいることが判明した。

 友だちが告白して、


「好きな子がいるから、ごめん」


 というお返事をいただいたらしい。


 好きな子がいる? できた? 最近の話かな? でも、なにか変わったという雰囲気もないし、ちょっと信じられない。


 信じたくないって気持ちかもしれないけど、やっぱり彼に変化があったら気がつくと思う。

 好きな子ができるなんて、結構大きな変化だよね? だけど、なにも変わらないよ。いつも通りなんだけど。


(好きな子がいるなんて、おことわりの言い訳だと思うけど……)


 だけど、そんな嘘をつく人じゃないんだよな。

 なんか、もやっとする。


 それから数日後の土曜日。塾の帰り道を、あたしはフウカくんと家へと歩いていた。

 通う塾は別々だけど、土曜日は終わりの時間が近いから、待ち合わせして一緒に帰るようにしているの。


 家まではもうすこし。幼い頃は毎日ように遊んだ公園に寄り、並んでベンチに座って少し休憩。

 塾では受験勉強だったけど、午後からは家で定期試験の勉強をしないといけないから。

 土曜日のお昼どきなのに、公園にはあたしたちしかいない。貸切かしきりだ。


「ルリ。背、伸びた?」


「伸びてないけど」


 じつは中3になってから、2ヶ月で1cm伸びた。


「髪が長くなったから、すっとして見えるのかもね」


 中学に入ってから伸ばしている髪は、完全に背中を隠している。

 中学生になるときネットの記事で、『背が高い子は、髪を伸ばした方がきれいに見える』って読んでから伸ばすようになった。


 ホントかウソかわからないけど、なんとなく従っちゃった。

 だって、きれいになりたかったんだもん。


「髪、長いほうがいい?」


「いいってなに」


「似合うとか、きれい……とか」


 うっわ、恥ずかしー。「きれいですか?」って聞いちゃった。

 彼はなんだか困ったような顔をして、


「別に長くても短くても、ルリがかわいいのは変わらないよ」


 それって、どういう意味? きれいとは思わないけど、かわいいとは思ってる?

 だけど短くてもって、小学生のときと変わらないってことかな。


「ねぇ、フウカくん」


「なに?」


 これはチャンスだ。周りに誰もいない。


「好きな子、いる……の?」


 もやもやしてるのは苦手。ずっと気になって、他のことができなくなるから。


「あぁ、そっか。ルリは鴨生がもうさんと友だちだもんね」


 鴨生さんというのが、彼に告白した友だち。


(うっ、聞かなきゃよかったかも……)


 もやもやしてるのはイヤだけど、彼の答えがめっちゃ怖い。胸がドキドキというか、胃がギリギリする。

 あたしの内面なんか知ったことじゃないように、


「いるよ、ルリは知っててもおかしくないはずだけど」


 彼は何でもないように答えた。


(え? いるの!? あたしが知ってる子って)


 小首を傾げて、わたしを見る彼。子どもっぽい口調で、


「かわいいっていっていいのは、すきな子にだけだよ? すきじゃない子に、かわいいっていっちゃダメなんだから」


 なんだか、聞き覚えがあるセリフ。

 だけどピンときていないあたしに、


「やっぱり、忘れてると思った。ルリがいったんだよ、これ」


 そう続ける。


「そう、だっけ?」


 いったかもしれないけど、それはずっと子どもの頃だと思う。小学生になってないくらいの。


「さて問題です。ぼくはこれまで、何回ルリにかわいいっていったでしょう。ヒント、さっきもいいました」


 な、何回? そんなのわかんないよ。彼はすぐ、あたしに「かわいい」っていうから。週1くらいでいってるかも。


「わかんない、何回?」


「そんなの知らないよ。いっぱいいったから」


 あれ? なんかひっかかる。


『かわいいといっていいのは、好きな子にだけ』


 やっと、その意味に気がついた。ドクンと心臓が跳ねて声が出そうになり、あたしは口元に手を当てる。


「最初はドキドキしてたよ、いつ気づいてくれるのかなって。でもね、もうあきらめた。だって完全に忘れてるもん」


 彼の手が、あたしの髪にふれる。彼のためにきれいになりたかったから、伸ばした髪に。


 頭の中がぐるぐる。あたし、どんな顔してるかわからないけど、じっと見つめられてる。


「やっと気がついたみたいだね。その顔、かわいいしうれしいよ」


 ど、どんな顔してますか!?


「ルリはかわいいよ。ずっと、そう思ってたし、今も思ってる。髪の長さは関係ない」


 彼の手が、わたしの髪からはなれる。


「あ、あたし、どんな顔してる?」


 みっともない顔は、見て欲しくないんだけど。

 彼こそかわいく笑って、


「顔を真っ赤にして、照れてるし、うれしいって顔してる」


 今度は髪じゃなくて、手を握られた。

 手を繋ぐのは、ひさしぶりかも。小学校の高学年になってからは、繋いでないと思う。


「うっ……」


 昔はもっと柔らかだったように思う。でも彼の手の感触は、やけに男の子を感じさせるものだった。


「嫌?」


「そ、そうじゃない……けど」


「ルリが嫌ならやめる」


 離れそうなった手を、今度はあたしはつかんだ。


「嫌じゃないよ! うれしい」


 手の感触とは違い、彼は女の子みたいな顔で微笑んで、


「明日、デートしよ? ずっと手をつないでさ」


 やばい、どうしよう、泣いちゃうかも。

 心臓が膨らんだようで、意識して呼吸しないと息苦しい。


「勉強、大丈夫?」


「ぼく、ルリと同じ高校にしようかな」


「だ、ダメ! それはダメっ」


「どうして? 一緒の高校に行くの、楽しそうだけど」


 そうかもしれないけど、それは違う。


「じゃましたくない! 今が大切なときだってわかってる。高校受験、フウカくんの一生に関わってくることだよ? そんな大切なこと、じゃましたくない! 責任取れないっ」


「……そう、だね。ごめん」


 彼の手が、あたしの手とつながるように動き、


「これからも一生一緒なんだから、同じ高校じゃなくてもいいよね」


 もう、なにもいえなかった。


春花はるのはなるり子さん。あなたが好きです。一生、ぼくと一緒にいてください」


 本名。フルネームで呼ばれた。「さん付け」なんて、初めてかもしれない。

 や、やばい、泣いちゃう。だけど、ちゃんと返事をしないと。


 あたしは涙声で、


「はい。一緒に、いさせて、くだ……さい」


「ありがとう。でも、ぼくはちゃんと好きっていったんだけどな」


 いたずらっ子みたいに笑う彼。

 あたしは涙でぐちゃぐちゃの顔。


「そ、それはまた、今度。こんな顔じゃいえないよ」


「ごめん、その涙で伝わった。うれしい、大好きだよ。ぼくのかわいいルリ」


 この人はずるいよ! なんでこんな、泣きそうなことばっかりいうの!

 ちょっと頭にきた。やられてばっかりいられない。


 あたしは彼の手をひっぱって、彼の顔に自分の顔を寄せる。


 こつんっ!


 想像した唇への柔らかな感触はなく、鼻に鈍い痛みを感じた。

 どうやら、鼻先同士がこっつんこしたみたい。


 顔を上げると、彼、めっちゃ恥ずかしそうな顔してましたよ。


 あれぇ〜、キスされちゃうと思った? まぁ、勢いにまかせてしようとしたんですけどね! 失敗したんですけどね!


 なんだかニヤけちゃったあたしに、ちょっと怒った顔をするフウカくん。


「へたくそ」


 そう呟いた唇が、あたしのそれへと近づいて――。



【fin】




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口から砂糖をザーっと出したくなったので、それだけの話です。

あと、身長差や年の差があるカップルを書くのが好きです。


【小糸 こはく】2024.06.20

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