富士山百面相

@moyasai

第1話.季

今日は晴れてるから富士山が見える。恐らく日本一大きく見える。私は富士山が好きで、富士山が毎日大きく見えるこの場所も好きだ。田舎だけど何もないわけではないし、美味しいものもたくさんあるし、何より富士山が綺麗に見えるから。


朱音あかねは進路は決めたー?」


 私の隣を歩く香住かすみがそう尋ねて来る。私も香住もお互い高校3年生。そろそろ卒業後の進路を決めなければいけない時期だ。


「うーん、とりあえず大学進学かなって思ってる」


 私と香住は2人ともこの土地、静岡県富士宮市ふじのみやしで生まれ育ち、同じ中学に通い、お互い学力に大差がなかったから同じ高校に進学した。幼馴染とは言えないくらい長さの付き合いだけど、間違いなく親友の一人だ。


「大学かぁ、なんかやりたいことある感じ?」

「いや、やりたいことがあるわけではないけど、親にはとりあえず大学には行けって言われているから」


 将来やりたいことは特にないけど、大卒は給料が良いって言うし、なんとなく安定しそうなイメージがあるから大学進学をしようと思っている。消極的な理由だ。


「そっかー、私は専門学校にしようかなぁ」

「専門? やりたいこととかあるの?」

「いや、特に。4年間も勉強すんのは嫌だなーって理由」


 香住も私と同じで消極的な理由で進路を考えているらしい。私と香住の学力は高校生になってもほぼ同じで高いわけでも低いわけでもなかった。頭のいい大学には到底行けないが、行ける大学はたくさんあるという感じだ。専門学校に行くというのも学校が勧める選択肢の一つだ。


「確かに4年間は長いね、私も親から何も言われなかったら専門にしちゃうかも」「朱音もあんまり勉強したくない感じ?」

「それもあるけど、専門は実家から通えるから」


 この街、富士宮は誰がどう見ても田舎だ。隣の市や隣の隣の市には専門学校があるが、最寄りの大学は電車で1時間半以上かかる。都会に出るのも時間がかかるし、電車もバスも少ないという典型的な田舎だ。なので、大学に進学した場合は十中八九一人暮らしになるが、専門学校に進学すれば実家から通える可能性が高い。


「一人暮らししたくないの? 私はできればしたいなぁ」

「うーん、一人暮らししたくないってわけじゃないけど、実家から出たくはないかなぁ」

「どゆこと? それは一人暮らししたくないってことでは?」

「そういうわけじゃないんだよなぁ~」


 私は説明するのが面倒なので香住の疑問をテキトーに流す。一人暮らしはもちろんしてみたい。高校生になってから親が鬱陶しく感じることが増えたし、一人で自由に生活できるのは魅力的だ。でも、実家を出たくないという気持ちもある。いや、正確に言えば『富士宮を出たくない』。私は富士宮が好きだからずっと富士宮にいたい。仮に富士宮内で一人暮らしができるのだとしたらそれが一番の理想だ。だから、私の中では、一人暮らししたくない≠実家から出たくないというわけだ。


 悲しいことに同級生にこれを説明してもあまり理解してもらえない。私の周りにいる若者には共通思想がある。それは「富士宮から出たい」というものだ。若者はみんなここよりもっと便利な都会に出たがっている。私みたいにずっとここにいたいと思っているのはごく少数だ。ここにいる香住も多数派のうちの一人。


「ふーん、私はやっぱり一人暮らししたいなぁ、もっと便利な生活を送りたい」

「じゃあ、高校卒業したら一人暮らし?」

「いんや、専門は実家から通える場所にしろって親に言われてるから学生のうちは実家暮らしかな。働くようになったら都会で一人暮らしする」


 私は大学生になって県外で一人暮らしすることになったとしても社会人になったら富士宮に戻ってきたいと思っている。二人ともうまくいけば同じ土地に住むのは高校で最後になるかもしれない。それは少し寂しい。


「今日イオン行かない? スタバ飲もうよ」


 香住が富士宮唯一の楽園であるイオンに行くことを提案してくる。ここの高校生が放課後に向かう場所と言えば、家か塾かイオンだ。


「いいよー、確か新作出てたよね」

「そうそう! 私はそれ飲も」


 自分は何を飲もうかと考えながら香住とイオンへと歩く。今は6月、初夏、気温は26℃、晴れ、イオンまでは徒歩20分くらい。ちょっと疲れるが、移動手段が徒歩しかないので仕方がない。


 高校からイオンまでしばらく歩くと商店街の入り口が見えてくる。私はこの商店街を見るといつも少しだけ複雑な気持ちになる。悲しみ、哀れみ、心配、不安、そういう気持ちそれぞれが一滴ずつ心に落ちてくる気がする。


「ここってこんなにお店少なかったけー?」


 私の心を読んだかのように香住が口を開く。ここの商店街のお店はほとんど昼間からシャッターが閉まっている。いわゆるシャッター商店街というやつだ。ところどころやっているお店もあるが、来るたびにシャッターの数が増えてる気がする。


「元々少なかったからね、正直、お店が1つなくなったくらいじゃ気づかないかも」「そのうち全部なくなっちゃうかなー」


 香住は呑気にそう言った。多数派の若者らしくあまり関心がなさそうだ。将来、私が富士宮に帰ってくる頃には一体いくつのお店が残っているだろうか。私がここの商店街で買い物したことは数えるほどしかないけど、富士宮を構成するものの一つであるこの街並みが消えてしまうのは悲しい。


 そう思いながらシャッターが閉まったお店を眺めていると、お店とお店の間から富士山が見えた。今日も綺麗だ。もう6月だから雪は溶け切って緑とも黒とも言えるような色で染まっている。私は冬の富士山より夏の富士山の方が好きだ。冬は雪を被っていて美しいが、夏は地面が露わになって凹凸がはっきりしていて雄々しい。冬の富士山は着物を着た女性という感じだが、夏の富士山はタンクトップを来たボディビルダーのような感じがする。大きくて綺麗だ。


 そんなことを考えながら筋骨隆々の富士山に見とれていると香住が肩を叩いてきた。


「なんか新しいお店出来てない?」


 香住が指さす方向を見ると商店街の曲がり角に見たことのないお店ができている。どうやらクレープ屋のようだ。店の外観は木を基調として店先に置かれた黒板にはメニュー表が手書きで書いてあって、素朴なオシャレさがある。オシャレのベクトルはアメリカよりはヨーロッパというような感じだ。どっちも行ったことないけど。


 店の看板には『akari』と書いてある。私の名前『あかね』と一文字違い。少しだけ縁を感じる。


「クレープ屋だね、新しくできたんだ」

「へぇ~なんかオシャレで良い感じ」


 新しくできたクレープ屋さんは香住からは好評のようだ、見た目だけは。この街にはこういうお店がたまーにできる。大体は見た目がオシャレなカフェか目の前にあるようなスイーツの店だ。でも、ほとんどのお店は長くは持たず、すぐに潰れてしまう。


「せっかくだし、ここでクレープ食べる?」


 私は香住の返答を予想しながら提案をしてみる。


「うーん、もうスタバ飲みたい気分だから、スタバ行こ!」


 私の予想は的中した。そして、これがオシャレなお店ができてもすぐに潰れてしまう理由だ。新しくできるお店は大体が若者狙いのカフェやスイーツ、でも、ここの若者はそういう店よりイオンの中にあるチェーン店を選ぶ。その理由がなんなのか私には分からないけど、そういう傾向にあると感じる。最近は『古民家カフェ』とかが人気らしいけど、この土地ではうまくいかないらしい。


 私が小学生の頃、家の近所に新しくケーキ屋ができた。それまで見たことがないようなケーキが売っていて当時の私はとてもワクワクした。そのケーキ屋は1年で潰れた。中学生の頃、学校からの帰り道にオシャレなカフェができた。カフェなんてチェーン店しか行ったことなかった私はワクワクして休日にお母さんと行ってみて美味しいパンケーキと紅茶を注文した。そのカフェは半年で潰れた。


 ここの若者は「ここは田舎だ」「都会がいい」「流行りに乗りたい」とは言うが、いざ身近に新しいものができても全く興味を示さない。この街は新しいものばかり失われていく。それをとても悲しい。


「美味しそうだから今度の放課後にでも行ってみようよ」

「そうだねー」


 明らかに気持ちのこもっていない空返事を返す親友とともに、私たちはクレープ屋の前を通り過ぎ、イオンへと向かった。通り過ぎる瞬間、店先に置かれた富士山を模したぬいぐるみと目が合った気がしたから私は心の中で「頑張れ!」とエールを送る。


 その後飲んだスタバのフラペチーノとても甘かったけど、ただ甘いだけだった。


 土曜日、今日は補講も部活もない完全な休日だ。でも、今日は予定がある。香住と映画を観に行くのだ。場所はもちろん、田舎のオアシス a.k.a イオン。イオンモール富士宮の中にあるイオンシネマが最寄りの映画館だ。ちなみに、次に近い映画館は隣の隣の市にある。そこまでは電車で1時間弱。


 今日は気温がそこまで高くない予報だったから、家からイオンまで歩くことにした。自宅からイオンまでは徒歩30分。一応イオンまでのバスはあるが、本数が少ないし、時間通りに来ないから徒歩で行くのが最適解だ。


 それに私は歩くのが嫌いじゃない。自分の住んでる街を見ながら歩くのが好きだ。イオンまでの道中にある本屋に「来月閉店」という張り紙が貼ってあった。街を見るのは好きだけど、街の変化を見るのは嫌いかもしれない。


 ふと、富士山の方に目を向ける。今日は曇りで富士山が全く見えない。富士山の方は雨か雪か雹だろうか。まだ山開きはされてないけど、富士山の麓の方にいる人は大変だ。まぁ、富士宮全体が富士山の麓みたいなものだけど。


 富士宮は富士山の南側にある市で富士山の一部みたいな場所にある。そのせいで坂も多い。坂に関してはちょっと多すぎるしそのせいで住みづらいとも思うけど、あの日本一大きい富士山を毎日一番近くで堪能できるのだから仕方がない。ちなみに、富士山の頂上付近は富士山浅間大社という神社の私有地で、その神社の本宮が富士宮市にある。これは私が持ってる最大の富士山豆知識だ。


 富士山がでっかく見えるだけでも素晴らしいのに、『富士山を所有してる神社の本丸がある市』だなんて素晴らしすぎるだろう! それなのにみんな文句ばっかり言って、けしからんぞ!!


 そんなことを勝手に一人で思いながら歩いていると、商店街の入り口が見えてくる。今日も昼からシャッターばかりの商店街だ。そして、この前発見したクレープ屋さんも見えた。香住との待ち合わせ時間まではまだだいぶ余裕がある。この前は香住の意向で食べれなかったクレープ。応援の意味も込めて今食べよう。私がこのお店を支える一人になるぞ!


「いらっしゃいませ~」

「すみません、チョコクレープ一つください」

「チョコクレープですね、少々お待ちください」


 私はお金を払ってお店の前で待ちながら、クレープができあがる様子を観察した。円形の鉄板に生地が塗り広げられ、中にチョコとフルーツを入れ、色が変わって硬くなったら、クルクルと包んで、完成。こうやって作る過程をじっくりと見れるのはスタバみたいな回転が早いチェーン店には無い良さだなと思う。


「お待たせしました! チョコクレープです」


 私は店員さんからホカホカのクレープを受け取って、お店の前のベンチに座って一口かじる。パリパリとした特徴的なクレープ生地がとても美味しい。他では食べたことない味だ。普通のもちもちとしたクレープが水餃子だとしたら、これは揚げ餃子だ。クレープを餃子で例えるのは合っているのだろうか。


 こんなに美味しいのに、このお店にはあんまりお客さんがいないように見える。土曜日の昼間なんて一番人がいそうな時間なのにあまり人気がないようだ。もしかしたら、商店街の客層とこのお店が合ってないのかもしれない。こんなに美味しいクレープでも富士宮への新しい風にはなれないのかな。


 そんなことを考えながらクレープをほおばる。私はまた富士山の方に目を向けた。相変わらず雲が覆っていて富士山を見ることができない。


 特にやることがない時に富士山を眺めるのは私の癖だ。癖だし好きな行為だ。ほぼ毎日『ただ富士山を見る時間』がある。毎日見てても飽きないし、毎日綺麗だと思う。それが富士山の魅力だ。


 私は富士山が人みたいだと思う。季節によって違う人になる。春の人に夏の人に秋の人に冬の人。色んな人になって色んな魅力があるから見ていても飽きない。この魅力に他の人は気づいているだろうか。


 雪が溶けだした春は白髪で初老のおじいさん、夏は筋骨隆々のお兄さん、雪がちょっとだけ積もった秋はニット帽をかぶった女子高生、冬は真っ白な着物のお姉さん。


 こんな風に色んな人に見える。その年によっても少しずつ表情が違う気がする。こんなに魅力的で一年中楽しめるものはそうそうない。だから、私は富士山が好きで富士山が近いこの街が好きだ。いつまでも富士山の表情を楽しみながら暮らしてたい。


 今日は富士山を見られなくて残念だな、そう思いながら私はクレープを食べ終え、イオンに向かって歩き出した。


 途中で大きな画用紙と絵の具セットを持った小学生とすれ違って、香住と合流した。


 その後観た映画はバッドエンドの恋愛もので感情移入はできなかったけど、色々考えさせられる映画だった。


 雪が解けて季節が変わって、

まるで映画のスパイみたいに富士山も別の人に成り代わって。

いつも私を楽しませ、いつもみんなを見守ってる。

足元から人がいなくなっても、足元の景色が変わっても、

ずっと変わらず富士山は得意の百面相で

いつも色んな人になる。私はずっとここにいて、

そんな百面相を見続けたい。


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