第36話 覚醒


 俺は二人を助けたいと考えるよりも先に、体が勝手に動いていた。


「あ……あぶ……ない……!」

 

 俺は声を振り絞り二人に声をかけた。が、その声は届かず二人は将軍に真っ直ぐ向かっていっている。

 

 俺は二人を助けたいという気持ちで頭が一杯になった。刹那――――俺の五感が研ぎ澄まされていくのを感じた。


 ――何だ……?

 さっきまで何度も何度もくらってきた罠の位置。

 それと発動するまでの時間。

 罠の種類から順番まで全てが手に取るようにわかる。

 頭が冴え、視界が綺麗になり、どんな小さな音すらも聞こえる……。


 

 最中、走り出した俺に次々と罠が襲いかかる。

 しかし俺はそれらの位置、発動時間、種類、順番を全て把握し罠に合わせて瞬時に身体の一部をスキルで口に変化させ対応していった。

 

 それを見た将軍からは、先までの余裕の笑みが消えた。


 

 俺はそれらの罠を全て捕食し、グレンとサナエの前に立った。そして二人がくらうはずだった罠を俺は全て捕食した。

 

「「リオン…………!!」」

 

 将軍は奥歯を噛み締め悔しそうにこちらを見ていた。

 

「貴様……一体何をした……!? 我の罠が全て効いていないだと!?」

 

「お前の……罠は……もう……いらない。腹一杯なんだ……」


 

 俺はそう言うと将軍の元へと走り出す。

 将軍は再度パチンパチンと指を何度も鳴らし罠を仕掛けた。

 

 しかし俺は口の位置を、手、肩、肘、腹、膝、足――――と瞬時に切り替え、罠を次々に捕食していく。

 それは傍から見ればまるで身体中から口が出ている化け物のようだった。

 

「ははは! そうだ! リオン! それさえできりゃあお前に敵う奴なんていねぇよ!」

 

「いけ!! リオン!! 将軍を倒せ!!! 私達の里を救ってくれ!!!」

 

 俺は二人の呼び掛けにニコリと笑い、将軍の元へと辿り着く。将軍は怯えた表情を浮かべ俺を見た。

 

「き、貴様! 我に無礼を働くとはいい度胸だ! こ、今回は見逃してやる! だ、だからこの場は退け! ……な?」

 

 将軍の言葉に俺は耳を貸さず、彼の首元へ右手の口を向けた。

 

「ひ、ひぃ!! やめてくれぇ……! ――――――などと言うと思ったか? 我が貴様ごときに負けるはずがないだろう……!」

 

 そう言うと将軍は左手で指をパチンと一度鳴らし、右手で刀を掴むと、俺の腹目掛けて突き刺した。

 

 だが、俺は瞬時に腹を口に変え、将軍の刀を噛み砕いた。

 

「何だと……!?」

 

 将軍は驚き、怯えた声を上げた。

 

「これがお前が今までやってきた事の報いだ……」

 

 俺は右手で将軍の首元に噛み付いた。

 

「ぐがぁあああぁぁぁ…………!!!!!」

 

 将軍は、それはそれは情けない叫び声を上げ、天を仰いだ。するとそれが引き金となり、天井に先程自ら仕掛けた罠が発動した。

 

「し、しまっ……!」

 

 将軍がミスに気付いたのも束の間。天井の罠は爆発を起こし、崩落。瓦礫が俺と将軍の頭上へと落下し始める。


「あぶねぇ……!!!」

 

「くっ……。――――剣技 閃光!!」

 

 そこへグレンが咄嗟に走り出す。が、彼一人の出せる速度では間に合わないと瞬時に判断したサナエが、後ろからスキルでグレンを俺の方へと押し出した。そのお陰で、グレンが俺を担ぎ崩落から逃れる事に成功した。

 

 そして俺は、そのままグレンの腕の中で気を失った。


 

 瓦礫の下敷きになった将軍は顔だけ出た状態で動けなくなっていた。

 

「ぐっぐあぁぁ……。痛い……痛いぞ……。貴様ら……我を助けろ……」

 

「誰が助けるかよバカが! お前が俺達にした事、サナエにした事を俺は忘れてねぇからな!」

 

 将軍の悲痛な叫びは、グレンに一瞬で無下にされた。

 

「くっくっく。これが我がした事への報いだと……!? ふざけるな……。我を……我を誰だと思っておる……。くそ……くそがああああ……!!!」

 

 将軍は無様に叫び声を上げる。


 

「父上!! もう……もうやめましょう……」

 

 刹那――――情けない姿で足掻く将軍の元へ傷だらけの男が現れた。


 

「よ、ヨシロウ!?」

 

「あん!? 人斬りだと……!?」

 

 サナエの言葉を聞き、グレンはヨシロウの方を見た。

 

「テメェ……! この期に及んで何しに来やがった!?」

 

「黙れ……。お前に用はない」

 

「んだと……!?」

 

 怒るグレンにサナエはさっと手を出し制止した。

 

「何をしに来た、ヨシロウ? お前がただこの場へ戦いに来たわけではないのだろう?」

 

「ふっ。さすがだな。サナエ。私はただ将軍一族として、みっともなく足掻く父上を止めに来ただけだ」

 

 そう言うとヨシロウはゆっくりと将軍の元へと歩いて行き、傍に座った。


 

「父上……。もうやめませんか?」

 

「ヨシロウ……!? 何を言っておる……? 我に、将軍であるこの我に……自ら戦いをやめろと……? そう言うておるのか……!? ふざけるなよ……? ヨシロウ……貴様も殺してやろうか……!?」

 

 将軍はそう言うと右腕を瓦礫の中から引きずり出し、パチンと指を鳴らし天井に罠を仕掛けた。

 

「はい。そう言っております。もう我々将軍一族が治める時代は終わったのです」

 

「終わってなどおらぬ……! 終わってたまるか……。こんな……こんな、どこの馬の骨かもわからぬ輩に、我々将軍一族が終わらされて――――……っ?!」

 

 話の途中でヨシロウは将軍を抱きしめた。

 

「もう……。もうよいではないですか……。みっともなく足掻くのはやめましょう。将軍として……。私の父上として。誇り高く散りましょう……」

 

 そう言うと将軍は下唇を噛み、涙を流した。

 

「我は間違えたのか……? 何をだ……?」

 

 涙ながらにそう言葉を吐く将軍に、ヨシロウは涙を堪え口を開く。

 

「全てです……。私達は間違えました……。もう後戻りは出来ないのです……」

 

 そしてヨシロウは全てを言い終えると、サナエの方へ振り向いた。

 

「すまないサナエ。お前の言うように、生きて一生をかけて罪を償おうと思ったのだが、どうも私の中にある少しばかりの良心が、それを許さないらしい」

 

 サナエに頭を下げるヨシロウの目には、溢れそうな程の涙が溜まっていた。

 

「お前……一体何をするつもりだ……?」

 

 サナエがヨシロウの元へ行こうとすると、彼は手を突き出しそれを止めた。

 

「来てはならない。お前を巻き込みたくはない……」

 

「まさか……お前……!?」

 

 サナエはヨシロウの思惑がわかり、再度二人の元へ駆け寄ろうとした。

 しかしヨシロウは天井に目をやり、ヨシユキの罠を発動させた。

 そして天井は崩落を開始し、瓦礫が二人の頭上へと落下し始める。

 

「させんぞヨシロウ……!! ――――剣技 閃光!!!」

 

 サナエは二人を死なせまいと、必死に叫び声を上げスキルを使った。

 

「時間停止」

 

 しかし、ヨシロウもスキルを行使。

 そしてその間にヨシロウは刀をサナエの足元へ投げ、突き刺した。

 

 その後――――時間は再び動き出す。

 

 サナエは高速で動き出したが、目の前に刺さっている刀に行く手を阻まれ、転倒。だが、諦め切れない彼女は顔を上げ、ヨシロウを見た。


 

「サナエよ。最後にお前と戦えてよかった。私は武士として、罪を償い、ここで死ぬ。本当にすまない。そしてありがとう……」


 そう言い残したと同時、ヨシロウと将軍はドガンという爆発音と共に、崩落する天井の下敷きとなり、絶命した。その崩落により姿を現した空は、こんなにも美しかったのかと思える程に、青く澄み切っていた。



 

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