18.〔尻尾付き〕戦 一『開戦』

 車が止まると、車内の人間たちは、トーリ以外、全員が注意深ちゅういぶかく車窓を覗き込む。そして一斉に車内から出ていく。


 最後に残ったのは、トーリと青年。トーリはゆっくりと大きなリュックを背負い直す。立ち上がった青年は、そんなマイペースなトーリを見下ろしている。


「気になるとこで終わっちまったな。だが、まぁ、俺はいくぜ。死ぬなよ」


 トーリは、青年に顔を向けると、鈍い動きで片手を上げる。


「行ってらっしゃい。そっちこそねぇ」


 曖昧あいまいな動きで手首を振りながら、トーリはそう答え、見送る。





 そしてトーリは、車内から出ると、体から黒い粒子を溢れさせる。やがて黒い粒子が収束すると、そこには黒い蜻蛉トンボが現れる。

 蜻蛉に、一瞬、顔を向けると、トーリは激しい爆発が起きている所に顔を向ける。


 そこにはボロボロだが大きい屋敷が一軒建っていた。

 その屋敷を確認すると、すぐさまトーリは素早く周りを見渡す。しばらくして、屋敷を見下ろせるくらい背の高い廃墟はいきょに顔を向けると、その廃墟を指さす。


 すると蜻蛉が、トーリの肩をその脚で掴み、廃墟めがけて飛んでいく。



――――――――


 壁が崩れ落ち、見晴らしの良いボロボロの廃墟に、蜻蛉に運ばれたトーリは降り立ち、廃墟の床に着地する。着地の際の勢いに、体勢を崩して、転びそうな、ふら付く足取りで、数歩、進む。

 しかし、なんとか転ぶことなく、トーリは、バランスを取る。


 やがてトーリは激しい爆発が起こっている場所が、見える位置まで歩いていくと、床にリュックを降ろし、胡坐あぐらをかき座り込む。そしてリュックを漁り出す。

 リュックを漁る、傍らで、その首に巻き付いている芋虫の背中が裂ける。


 トーリが、双眼鏡を、リュックの中から取り出すと同時に、芋虫の背中の割れ目から、影が丸まったような、細やかな黒い外骨格がいこっかくつらなりで構成された球体が、こぼれるようにして出て来る。

 こぼれるように落ちる球体を、トーリは片手で受け止めると、胡坐を組んだひざの中に、転がすようにして球体を納める。

 胡坐の中に納まった球体は、光の当たった影のような奇妙な速やかさのある動きで解け、長い馬陸ヤスデとなり、トーリの周囲を囲う。


 トーリの胡坐の中には、一匹のセミが、替わりに納まっている。


 胡坐の中に納まる蝉に「やぁ、セミちゃん」とトーリは声をかけると、蝉の、逆三角形の頭の、広い目の間を引っかきながら、双眼鏡を覗き込む。


 トーリが覗く、双眼鏡の先には、広めの敷地を持った、かなり大きい造りの屋敷が映る。


 その屋敷の正面を赤いコートを着た人間たちが立ちはだかる。

 そこに屋敷の中から、大量に出てきた、血餅けっぺいのように明るいつやのある赤い体を持った、人型の異形〔ブレイン〕が、襲い掛かる。

 〔ブレインの集団〕は、全て、大柄な成人男性ほど巨体をしている。


 人間に襲い掛かっていく〔ブレインの集団〕の後方で、屋敷の屋根の上には、更なる巨体を持った〔三匹のブレイン〕が、〔ブレインの集団〕と人間たちの衝突を見つめている。

 中心の長身で、かなり引き締まり、細く見える体を持った〔ブレイン〕だけが、しゃがみ込み、他の二匹は、その後ろで立っている。


 その〔三匹のブレイン〕は、血餅のような艶のある体だけは、他の〔ブレインの集団〕と同じである。しかし、その体色は、他の〔ブレインの集団〕より、濃く、体中に血管のように赤黒い線が巡り、走っている。

 その赤黒い線は尻に向かうにつれて、複雑に絡みあい、濃ゆくなり、やがてそこから伸びている異様な赤黒い尻尾にたどり着く。


 その尻尾は太く、しかしいびつの生命力が圧縮したかのように赤黒く、存在感のある引き締まりをしていた。


「あれが、〔〘尻尾〙のブレイン〕の肉体の一部を取り込んで、力を増した〔尻尾付き〕、かぁ」


 双眼鏡越しに〔三匹の尻尾付き〕を観察しながら、呟く。


 しゃがみ込み、顔を戦場に向けていた〔中心の尻尾付き〕の、水っぽい透明さのある赤みを持った肌でおおわれた、鋭い牙しかない、流線形の頭部の、目の位置の透明な肌越はだごしに、急に鮮やかな赤い光が灯る。

 そして、その顔をトーリに向ける。


「え? あ、バレた?」


 しかし〔中心の尻尾付き〕は、すぐにトーリから視線を逸らし、顔を戦場に向け直す。


 「ん?」と呟きながらも〔中心の尻尾付き〕の顔の動きを追い、トーリも戦場に双眼鏡を向ける。

 するとそこでは、赤い服を着た人間、〖致命の熱〗の構成員たちが集まり、各々が、鳥をかたどった炎を生み出し、その炎の鳥たちは一か所に集まり、やがて巨大な炎の球体を作り出す。


 そして炎球かきゅうは襲い掛かってくる〔ブレインの集団〕めがけて、飛んでいく。


 炎球が、〔ブレインの集団〕に激突すると、大爆発を起こす。

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