批判アルバイターへのいわれなき暴力
ちびまるフォイ
批判耐性ゼロなので批判はしないで!ああ石を投げないで!
「え? 批判するだけでお金がもらえるんですか?」
「はい。そういうバイトです」
「誰が得をするんだ……」
「現代だからこそのバイトなんですよ。
最近はとくに需要が高まっています」
「はあ」
「ほら、ネットだと同じような意見が多いでしょう?
それって健全ではありません。
なので、こうして批判者を用意しておけば
偏った意見だけが広がるのを防げるんですよ」
「なるほど。そう考えると人助けにも思えてきました」
「でしょう? それで、批判バイトやってみますか?」
「もちろん!!」
こうして批判バイターとして活動をはじめることになった。
批判する対象はいつもバイト先から指定される。
自分で批判先を決めると、同じようなものばかりになるかららしい。
新作商品のレビューへの批判。
政治活動への批判。
バズっているトレンドワードへの批判。
種類はさまざまで、自分の知らないジャンルへの批判も求められる。
「うーーん……。批判するといっても
ゼロ知識で批判するのはよくないよなぁ」
批判するだけでバイトとして成立する。
そんな楽なことがあるのかと思って始めたバイト。
けれどいざ始めてみると、知らない知識の学習が求められてしんどい。
政治なんて勉強したこともない。
「これでよし。これなら批判としてまっとうだろう」
大人気の政治家のコメントに対して、批判的なメッセージを送った。
自分の批判が波紋を広げるように議論を加熱させる。
「すごい……。これが批判の効果なんだ。
いやぁ、まるで自分がインフルエンサーみたいだな」
批判に味をしめると、バイトの仕事をじゃんじゃん入れ始める。
さまざまなところに批判を続けてお金が増える生活。
けれど、批判活動が多岐にわたればわたるほど、学習コストはかさむばかりだった。
「こ、今度は裁判への批判!? いったい何を勉強すればいいんだ……」
次の批判は殺人事件の裁判における判決への批判だった。
人の命を扱ううえに、裁判ともなればテキトーなことは言えない。
そう思いながらも裁判の勉強なんかできっこない。
勉強時間で人生が終わってしまう。
「仕事としては受けちゃったし、これをクリアしないと次の仕事は受けられない。困ったな……」
数日悩みに悩んだ結果、自分の批判はシンプルなものだった。
>裁判官の顔がブサイク
それだけだった。
なんの知識も前情報も必要のないシンプルな視覚情報。
それがかえってよかった。
裁判がどうとか、被告の命がどうとか難しく重い雰囲気のなか。
ふいに放たれたバカ丸出しの批判は議論と笑いを白熱させた。
これまでにない大きな反響を感じる。
「こんな雑な批判なのに一番の効果じゃないか。
今までの批判はなんだったんだ」
よく考えてみれば、このバイトに批判の質は問われない。
批判さえすれば良い。
ということは、一生懸命に勉強して出した批判でも。
コンマ数秒で思いついたことをそのまま批判しただけでも同じ成果になる。
どちらがコスパよいかは明らかだった。
「なーーんか馬鹿らしくなっちゃった。
批判なんて誰も見やしないだろ。テキトーに書いちゃお」
それからはいちいち勉強することはやめて、
なんかムカつくことや、人と違う特徴を脳死で指摘する批判にスタイルを変えた。
それから数日が過ぎた。
ある日、コンビニから帰ったとき。
自宅のドアに傷やいたずら書きが書かれていた。
『〇〇をバカにするな!』
『しね!! 〇〇くんを批判するな!!』
そこに書かれている名前は、つい先日自分がバイトで批判したアイドルの名前だった。
「これ……ファンがやったのか……?」
仕事で批判をしている関係上、悪口に慣れているのでダメージはなかった。
怖かったのはむしろ自分の住所が知られていることだった。
それからもファンとおぼしき人からの嫌がらせは止まらない。
自分のSNSには怨念が込められたメッセージが届き、
自宅にはブチ切れの直電と、迷惑な宅配の数々がとどく。
意味なく家の前にゴミが撒き散らされたり、
家の鍵穴にボンド詰められて夜中公園で一日を過ごすこともあった。
たまらず警察に相談をしてみたが、鼻でせせら笑われた。
「これだけの迷惑行為されてるんですよ!? なんで助けてくれないんですか!」
「そう言われても。もとをたどれば君がまいた種だろう?」
「そうですけど! だからって……」
「まあ、因果応報って言葉もあるからね。
この嫌がらせも一生涯続くってわけでもないし
自分が犯した罪として反省するのがいいんじゃない」
「いや罪じゃないですよ! 仕事でやっただけですよ!」
「相手にはそんなこと知ったことじゃないでしょ。
自分の好きなものを批判されたら誰でも許せないからね」
警察は相手にしてくれなかった。
むしろ罰をうけてしかるべきだという空気感だった。
「はあ……これからどうしよう……」
家には消化器の粉とゴキブリが放り込まれたので帰れない。
今日も公園で一夜を過ごすかと覚悟したとき、目の前に覆面の人がやってきた。
「え……? 誰ですか?」
「間違いないこいつだ」
「〇〇くんを批判したやつだ!」
「ちょ、ちょっと!?」
「〇〇くんを批判するなーー!」
その掛け声とともに持ち込んでいた木製バットがみぞおちに入る。
「げほっ!!」
「人の好きを否定する痛さを思い知れーー!!」
「わああ! ご、ごめんなさいぃぃ!!」
警官に言われた言葉が脳裏によぎる。
因果応報。
この暴力も自分に対する罰なのかもしれない。
「待ちなさい! なにやってるの!!」
そこに女の声が割って入った。
「なにって……。〇〇くんを批判した奴を反省させてるんだよ」
「ちがうわ。あなたがやってるのはただの暴力じゃない」
「はあ? この男は〇〇くんを批判したのよ。
そのせいで〇〇くんはライブでも落ち込んでいた。
悪かったら死んじゃってたかもしれないのよ。
なのにこいつと来たら、なにも反省せずにのうのうと……」
「その報復を〇〇くんが望んだの?」
「それは……言ってないけど。
でも! 私達がやってることは正しいことよ!
〇〇くんが死んだら、推している他の子も自殺するかもしれない!
私達はこのゴミに鉄槌を与えて、他の子を救ってるの!」
「さっきから何言ってるの? 〇〇くん、〇〇くんって。
あなたは自分の意志でここに立って、自分の意志で暴力を振るってる。
その責任や大義名分を〇〇くんにして正当化してるだけじゃない」
「……!」
「それじゃ私はそこの男の人が大事だとしたら、
この場であなたを殺してもいいの?
だってこの人が死んだら、自殺しちゃう子がいるかもしれないもんね」
「それはっ……」
「もういいよ、行こう!!」
暴力を自分で正当化していたベールを剥がされたことで
過激派のファンたちはバットを捨ててどこかへ逃げてしまった。
助けられた自分にとって彼女はまさに女神同然だった。
「あ……あぁ……」
「もう大丈夫です。みんな行っちゃいましたよ」
「ありがとうございます、ありがとうございます……おかげで助かりました」
なんて言葉をかけたらいいんだろう。
どんな言葉がこの感謝をちゃんと伝えられるのだろう。
感動と感謝の涙を流しながら彼女を見つめた。
彼女は優しい顔で最後に告げた。
「気にしないでください。これただの批判バイトですから」
流していた涙はあっという間に引っ込んだ。
批判アルバイターへのいわれなき暴力 ちびまるフォイ @firestorage
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