22  コレクターは鑑定する

 収集家コレクターと会う場所は、その貴族の別邸だという。

 

 夏の都市の石畳いしだたみの熱気がしずまる日暮れ、オユンとシャルはノイを連れて、サンジャー家の馬車でコレクター邸へ向かった。精霊のノイがえる者はいない。


 オユンは十二日女じゅうにひめの随行メンバーに選ばれてから、金杭アルタンガダスのいろいろを学習した。城壁都市内の配置図も覚えた。


(これが、金杭アルタンガダス

 

 馬車の車窓には、石造りの建物が通り過ぎていく。オユンの頭の中の配置図が、光の加減や街の匂いで、あざやかに立体となっていった。

 金杭アルタンガダスは外からの防御に徹した城壁都市の造りゆえ、さっきから見えている王城の尖塔へは、いっこうに近づけない。貴族の住まいは、その周辺にあるというのに。かなり入り組んだ石畳の道を馬車は進んでいく。硬い石を馬車の車輪が進む振動は田舎の砂利道のそれと、またちがったものだ。


「お尻が痛いという顔をしているぞ」

 シャルがオユンの顔を覗き込んだ。そう言っているということは、自分もそうなのだ。

「わたしのひざに乘ることを許す」

「ありがとうございます——って言うわけないでしょう」


 サンジャーは、もう1台の馬車に乗ってついて来ているから、シャルは言いたい放題だ。

「その地味な灰色のドレスの下に、あの下着をつけていると想像すると、たまらないな。サンジャーは、なかなか趣味がよい。こんな古銭の売買などやってる場合ではないぞ、おまえ」 

「そのために来たんでしょう⁉」

「また、がめつい女だな。おまえは」

「——がめつい女は、いらないですか」

 オユンは半分、本気で聞いている。


「いや。村人に出した大入袋おおいりぶくろ。結構な金額になってしまった。その古銭を売って回収するぞ」

「やっぱり! もしかして破産寸前とか⁉」

 いくら氷結の魔力持ちといえど、金が空から降って来るわけではないだろう。


「使い道に困るくらい財はある! 貯蓄が目減りするのがいやなんだ!」

「……シャル、おじいさまのことを吝嗇家りんしょくかだって言ってましたけど」

 血筋かな、とオユンは。


「わたしをケチだと?」

「言ってません」

「顔に書いてある」

「書いていません」

 シャルは、オユンを馬車の窓辺に追い詰めた。

 せっかく結いあげた髪が、馬車の窓で押しつぶされる。

 と、がっくんと馬車が止まった。


「着いたよー。アルジ、おたのしみは帰ってからねー」

 オユンが、「よいしょ」と馬車の床に置いた壺を抱え直しているうちに、ノイは若草色の衣装をひるがえして、馬車を降りていった。


「シャル・ホルスご夫妻をお連れしました」

 サンジャーの声がする。

 馬車から降りたオユンたちを出迎えたのは、サンジャーともう一人、濃茶の、もじゃもじゃ頭に丸メガネ、ちょびひげの男だった。


(この人がコレクター)

 サンジャーが言っていた通りだろう。貴族階級の男。

 収集家コレクターは貴族の上に、お忍びであるらしかった。

(どう見ても髪はかつらだし、ひげひげ


「シャル・ホルスご夫妻にございます。由緒ある魔族の家系、氷結の魔導士であらせられます。先頃、奥方を迎えられたばかりです」

 サンジャーが、よどみなく紹介した。

「こちらは、エル・ゾリグさまです」


 それは仮名かりなかもしれない。

 銀針ムング・ズーの貴族社会にいたオユンには、わかる。

 貴族たちは仮名かりなの自分でもって城下へ繰り出す。ひとときの自由アバンチュールを楽しむために。

 このエル・ゾリグもだとしたら、古銭の収集のためというのなら、かわいいものだ。


「着いたばかりで、御足労をおかけしました。持ちましょう」

 エル・ゾリグ氏は、オユンに両手を差し出した。

 オユンは、古銭の入った壺を抱えていた。

「命の水をたたえた壺を抱える女神のごとく、うるわしい奥方であらせられる」

 丸眼鏡の奥でエル・ゾリグ氏の目が、いたずらっぽく笑った。


(レンズも入っていない、だて眼鏡じゃないの)

 そんな世辞が言えるということは、遊び人かもしれない。

 身分を偽る男にろくな者はいない。と、断じてしまうのはオユンの心根が狭いだろうか。


「気遣いはいらん」さっと横からシャルの手が伸びてきて、オユンから壺を取り上げた。「奥方は小銭を壺に貯めるのが大好きで」

 おまけに、噓情報を。


(それは、シャルでしょ!)

 そう言いたいところを納めてオユンは笑顔で、「コレクターでいらっしゃるのですね。とても興味深いです」と。

 屋敷の入り口から、すでに、収集品と思われる品々であふれていたからだ。

「実物を見たのは、はじめてです。神聖時代の丸木舟ボートオールなんて」


「この遺物が、お分かりとは!」

 エル・ゾリグ氏の声が称賛に満ちた。

「博学でいらっしゃる。ホルス卿の奥方は」


「いえいえ。たいしたものではありません。田舎領主の奥方です」

 シャルが芝居がかった口調で、オユンとエル・ゾリグ氏の間に割り入った。


 エル・ゾリグ氏は収集家コレクターと言われるだけあって、この邸宅は、いろいろな方向性の収集品で見事に埋まっていた。いくつもの展示室に分かれていて、それぞれの入り口の上に、その部屋に何があるかを示した象徴的な石の彫刻がめ込まれている。

 その中の〈古銭〉の彫刻を掲げた部屋に、オユンたちはいざなわれた。

 壁中が、古銭を配置した額で埋められている部屋だ。 


「さてと」

 シャルは大理石の角テーブルを見つけると、その上に壺をひっくり返した。じゃらじゃらと小銭がテーブルに拡がった。

「あれは、どの古銭だった?」シャルが人差し指で硬貨をはじいていく。「ウマとシカの刻印の」


 オユンがよけておいたのに、シャルが、また、壺に入れてしまった。「古銭をかくすのには古銭の中だ」とか、わかったようなことを言って。


「おおっ。リューデア王朝の貨幣がっ、このように、よい状態でっ」

 エル・ゾリグ氏が、古銭の小山に目の色を変えた。


「お探しなのは、これですよね」

 オユンは表に馬、裏に鹿の刻印のある古銭をようやくみつけ、つまみ上げた。

「まさに」

 古銭を手のひらで受け取ったエル・ゾリグ氏は、虫眼鏡で丹念に古銭の裏表を見る。

「ウマとシカ! リューデアのエラー硬貨だよ。本当は獅子と鹿なんだけど、そのころの王の支配に反発していた鋳造職人ちゅぞうしょくにんが、ひそかに作って混ぜたという——」

 エル・ゾリグ氏が熱いため息をついた。

「長かった。ようやく、わが古銭コレクションが完結コンプリートした。ホルス卿。ありがとう。君の御厚意には本当に感謝する。御礼は、わが所領の一端の権利か、それとも、携帯便利な宝石のほうがいいのかな」

 超すごい、お金持かねもかぜ収集家コレクターから吹いてきた。


「こんな古銭、1枚でか」

「価値のあるものです。わたしにとっては」

「領地はある。宝石は興味ない」

 シャルは一拍考えた。

「恩でも売っておく」


「恩」

 エル・ゾリグ氏は笑い出した。

「楽しい方だ。ホルス卿は」


(え? 褒美をもらって貯蓄の補填ほてんをするんじゃないの?)

 オユンは、ん? ん? という目線をシャルに送る。が、無視された。

「ほ、他の硬貨は、いかがでしょう」

 そこでオユンの、さもしい根性が首をもたげる。

「この際、換金をしたいんです」


「どれ。そこそこふるい硬貨だから、収集家品目コレクターアイテムだよ。うん、個別に鑑定しようか。少し、時間をいただければ」

 エル・ゾリク氏は愛想よく引き受けてくれた。


「閣下——」

 サンジャーが言いかけて、あわてて口を閉じた。


(今。閣下って言った?)

「エル・ゾリクさまは、鑑定士でもあらせられるのですか」

 オユンは聞こえなかったふりをした。


「うん? そうだよ。副業だけどね」

 エル・ゾリク氏はシャルを一回見て、話を続けた。

「ホルス卿の奥方。さっきから御主人が、わたしを射るように見ておられる。わたしからは何がしも受け取らぬというような視線でもって」


(え? もしかして、ふてくされてる?)

 何か気にさわることがあったんだろうか。

「シャル……」

 オユンは呼んでみた。

「この際、使えない古銭は換金しましょうよ。家令さんとゼスさんたちに金杭アルタンガダスのお土産も買って帰りたいですし。ね。新婚旅行の、お土産ですよ……」

 。その言葉でシャルの鼻の穴がふくらんだのは、エル・ゾリク氏にもわかったらしい。

「ぷはっ」エル・ゾリグ氏は吹き出した。「ホルス卿の奥方は交渉上手だ。その御土産代も、わたしが持ちますよ。どうか楽しい旅にしてください」


 商談は成立した。


「では、わたしは一足先に戻ります」

 さっと、エル・ゾリグ氏は古銭の入った壺とともに、邸の奥へと消えた。


 オユンとシャルは館の玄関の馬車回ばしゃまわしまで戻った。

「ちょっと、待ってください」

 そのとき、オユンは気がついた。


(ノイが、いません)

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