~恋歌~(『夢時代』より)

天川裕司

~恋歌~(『夢時代』より)

~恋歌~

 〝スラムダンクには、信長の野望の「風光明媚」を思わせる、日本人気質が在った訳か。俺はあれを見てずっと喜んで居たんだ。きっと。〟〝I am reflecting on being late for the English Class of English Seminar 2-1 (the charge of the class is Takada Harumi). I, from now, swear that I will never be late for your class. Please forgive me because I surely will attend to your class hereafter.〟と銘打って、様々な記帳をしながら俺は、とんと相見(あいまみ)えなくなった無数の友人の視座を片手で葬りながら、ぴくともびくとも動かなく成った我が一介の至純を我が墓標の碑に連名させるが如く姑息を操り、今、〝我が青春の新聞局〟と銘打った我が徒労の呈する同志社の新聞紙の障害に身を重ね、織り成す言葉を、体操でもするが如く足早・手早に書き連ねて行く訳である。手許(ここ)に、「デカ貴族二」と独自に銘打った転倒して居る夢物語が転がる。これを如何してくれようか、と密かに苛まれながらも我は唯、一介人が明日を見る如くほくそ笑んで書き殴る。頃合い見計らった頃合いにでも読んで貰えれば、私はその態で唯、嬉しいものである。

 近年TVで放映して居た「ハンチョウ」(「新ハンチョウ」に成る迄の)に出演して居た桜井刑事の様な熱血を持った相棒と共に俺は、何を仕出かしたのか知れない夢游の犯罪者を追う破目と成って居た。これ見よがしな総体の念が見せる何時もの不純であり、純念(じゅうねん)の像である。白日、来たる優駿の叫びに似た愚問の数々を我が一掃された情欲と共に理性さえも金繰り捨てて、我は母親に〝海神(わだつみ)とは?〟、〝バックナンバーとは?〟等子供を装って、春が早く来る事を願いつつ、或る爛漫に咲き誇る歯牙無い都民の様に安らいで居た。その恰好とはまるで戦後間も無くに愚民に紛れて土方の体で靴磨きを強要された様な、論駁さえ許されない儘器量良と成り果てた一介の紳士の様である。見る物見る物途端に朽ち果てて、成る物成らずの這う這うの体にて我が家(我が街)を辿り、白紙の虚無に辿り果てた、正に一介の紳士の様でもあった。俺は唯、犯人を追った。その犯人の顔も知らず、抜け目無くも、何処にも証拠を残さない儘で屈強の彼方へとその身を晦ます、出で立ちの良い鞍馬天狗の露呈を兼ねて、その魅力は尽きる事無く我の思惑を唯、この春の自然の彼方へと積み上げて行く様でも在った。

 今、外ではうーうーと救急車かパトカーか、或いは消防車のサイレンには〝かんかん〟がその後続かず鳴り響かないからその音の可能性は無いにして、心地の良い子供の声と街の喧騒が、春をもう直ぐ思わせる唯自然の息吹を奏でて居て、私はほっと溜息を漏らすと共に、これ迄の快楽が見せて来た助長の全ての険相が持つ街と享楽とを、一掃して又我が自然の境地へと自己を見送る事が出来た様だ。これ程嬉しい事は此処最近の流れの内には無かったもので、私は間だこの新天地で遣れる、否、この新天地でこそ物が書ける、と心安らかに執拗の安堵を我が身の存在(ぞんざい)に振舞う程に奏でて行くが如く、私は唯、この自然の成す力の業の胸中に、この身を誘う事が出来た。それを容易く出来たのだ。今、この我の身の上、心中を、どの様に罵ろうとする共鳴を図ろうとする紳士が、文士が現れたとしても、決って我が論駁が〝飛ぶ鳥火の鳥にする〟が如くその身を金振り上げて、きっと誰もを灰燼の海の闇の中へと葬り去る事だろう。きっと、そう成る。此処迄で我に現れて来たあの〝小田神二成〟も〝西田房子〟も〝法民聡一〟すら、私に対して一矢の〝態〟すら浴びせられないで未来の彼方へと消えて行く。きっと又何時か己が生命の危機を悟り、無我夢中でこの郷里へ辿り着く事が在ろうが、その時迄、私は彼等の顔も見上げずとも良くなったのだ。我が目前に残ったのはあの〝路傍の石〟の如く、密かに我が身元を田舎染みた〝襲来〟が闊歩する田舎侍が懺悔を胸に謳歌して居る桃園に返す事が出来た郷里である。片田舎であり、都会である、我が密会の地の事である。そこへ私はこの密かな宴の御蔭で我が身を置く事が出来たのだ。これを感嘆し称賛すべき事とせずして何とするか。今日、車で我が大学の図書館へ行く為にと、又、論文を提出する為にと、嬉々(いそいそ)出掛けた春の日に門下の学生達は生身の臭いを洋服に埋めて男女問わず、あの変わり得ぬ見慣れた図書館のフロアに身を置きながら、密かに嬉々、自己の郷里を探して居た。唯、させられる勉学に励んで居たのだ。その義務の源は自然の内と人工の内とに在り、人は人工(これ)さえ自分の郷里なのだと感心しながら見上げて居る。糞っ喰らえな質問・求道を胸にした憂いの地に在る一学生は、自らの血肉を啄み、照れを打破せん、と、他人が静かに寝静まった深夜に苦労を呈して白紙を我が物と成すので在ろう。無論、孤立無援の襲来が成させる業の事であり、誰もが誰も、出来る事ではない。この様なまるで文殊を仰ぐ〝地味確変〟であり〝一身の革命〟は、この様な者がこの様な低落を秘めた環境の内で成就して行く。人が良く頬張って中々吐き出せない〝孤独〟が成す処である。

 (話戻して、)俺は〝熱血相棒〟とその〝孤独犯〟を追い、やがて小さな街へと入って行った。そこへ入ると、初めてなのに既に見慣れた看板の様な文字書きが在り、〝クリーニング屋〟と銘打った娯楽施設の様な小さな社が在った。そこはそれでも、我々が辿り入った時には未だ日が明るかった為か、確かに〝クリーニング屋〟であって、真っ黒に映るTVのブラウン管や何も見えない儘で〝孤独の母〟、〝独白の母〟、〝何も語らぬ母〟、〝文字(もんじゃ)の母〟の様に密かに空想をくれ給う一層の独語が身を呈して居り、他人も私も何も疑わないで各々の頭上に〝クリーニング屋〟を仕立て上げて居た様だ。俺たちはそのクリーニング屋から出て来た壮年か若人か分らぬ一人の紳士を捕まえて、「この辺りで怪しい奴を見なかったか?」と、俗なTVドラマで貴族達が問う様な即席の言葉を無理矢理吐いて、二人は唯、陶酔に溺れて居た様子が在る。この白紙、何事に代えられず、先のモンタージュ写真に余りに豪勢に自分達から観える〝夕暮れの背中〟を見て居た為かつい、投げ売る様にして出て来た〝戯言麗句〟の態をして居る。如何も波長が合わぬ様だ。〝今日はこれ迄―〟としたいが故の内故、中々真意が通らず、遂には〝お終い迄見て居る活動写真〟の様に、我々の目前で回り続けて呆然でも我々はその〝結末〟迄を見なくちゃ成らない様だ。結構捗る汗の散乱が弱々しくも成る秋の夕暮れの苦行をも思わせられた。何処を見ても、その一部始終を両手両足を組んで眺める仁王様の真摯が我々の心置き無く透き通って見える〝思想繚乱の地〟の天地を引っ繰り返す荒業を見た気がして居た。二人共、であった。

 その(クリーニング屋から出て来た)兄ちゃんは「(ほんの一瞬間を空けて)居た!居たよ」と教えてくれ、俺達を束の間でも安心させた。この「安心」という奴は俺達の前に既に俺達の先輩貴族やら同僚やらがその犯人の行方を追い掛けて居り、俺達はその群れから離れて単独捜査を行って居た故の産物であり、実はその相棒・桜井も、私と同じく追い掛けて居る筈の犯人の顔も姿も前歴もアウトラインも全く知らない内実で居たらしく、当てが無かったからだった。だからその兄ちゃんが「居た!」と言ったのはまるで自分達のこれ迄を足元から掬ってくれ得る程に忌みじく助け舟と成る程出来栄えの良い〝俊敏〟に至るものであって、この白紙の空に、何かと〝目的迄のヒント〟を描いてくれる手足とさえ成ってくれ得た様子で有難かったのだ。良くも悪くも我々はこの単独捜査に依って何か一つ、事件を全て解決し得る大袈裟な手掛かりでも掴めそうに思えたのである。その兄ちゃんは「居た!」に加えて「こんな事をして居た」と迄とことん闇の部分を明るみに引き出してくれ得る進言迄してくれて居り、我々の前途は一向に明るいものの様に観えて居た。根っから貧乏性の我はその進言を一つ残らず聴く調子に譫言を述べ、その解決迄への道を遠いものに仕掛けた様子も在ったが、その辺りは束の間喋り出した相棒・桜井君が恰も上司の様に気取って我と解決との仲介に努め、幅広く脱線する事の無い様、助手・監督をしてくれて居た。私はその両者から既にこの身を救われ、一層揚々と熱気を帯びた様に真相究明へと尽力して行った。

 故に我々は直ぐにその少年の言う事を信じる事が出来、無駄をせずに跡を追う事が出来た。一九九三年、夏の事である。我が夢想はこんな日時設定を成した。故にこれも本物なのだろう、と我は一時(いっとき)の安堵を得る。唯、この生命(いのち)尽きる迄、否尽きようとも天国にて、この進言、究極の〝我〟を白紙である〝自然〟の内に書き連ねて刻み込もうと尚一新この相棒の存在と共鳴を図ったのである。してその熱い最中。その彼を信じた甲斐在り、犯人は居た。しかしこれは俺達警察署(皆)が狙い追って居た犯人なものか如何か確信を得る算段が無く、もしかすると別件、或いはモンク(monk)の修道院こと根っからの善人を犯人に仕立て上げ、冤罪を構築する為奔走して居る可能性だって在るのだ、と、此処へ来て急にしょぼくれ始めて、俺達は〝次の手足〟が中々出せなかったのは事実である。この事は既に相棒・桜井さえも思って居た事であった。向こうの霧の様な都の上に拡がる曇り空に、彼方から吹いて来る忘却の新風が吹き荒れて、我等が優駿の美を奏でる昨日(さくじつ)さえ消そうと試みられて、俺一人、唯俺一人は、血相変えて又、この白紙に深淵成るもので良い、何か根拠を欲しがった事も〝二人の自室〟の内に書き添える。

 その恐らく犯人が潜伏して居るとするアパートか一戸建ての家迄俺達は漸く辿り着き、ぷくーっとシュガーの様に甘い煙草を一服する間に桜井はより状況を確認するべく自分の着て居た上着を剥ぎ取り、地味な衣服を誰もに晒して桃源郷を見続ける様にして、その犯人の出足を追った。俺も桜井にその時ばかりは倣って一瞬の気後れの後じいっと見入り、犯人の状況を捜す。既に俺達は真犯人と対峙して居たのだ。しかしその犯人とは複数人居り、―確か、さっきのクリーニング屋の兄ちゃんもその内に混じって居た。仲間懐柔下暗しという奴である。煩悩の成せる業だと思われるその最中、私はその一連の愚劣成る始動に連動する様に、掴み損ねた憤怒の魂を落ちた草地から再び拾い、我が胸中へと取り付け直し、只管次はその〝兄ちゃん〟のみに照準を当てながら靄の掛った泥沼の淵から甦る推理の機敏に身を託し、天へ上り詰める一匹の竜の様に絆された犯人を射止める術を画策して居た。桜井さえも、似た様な工作をして居た。しかしその兄ちゃんは主犯ではなかった様子で、その仲間の内には一人女が居り、その女を既に俺は捕まえて居た。丁度買い出しか何かでその集地(アジト)を出て居た処へ俺がにゅっと顔を出した様で、その女の身元を洗った所、不審が在る事に気付いて取り敢えず確保と成ったのである。この女はその複数犯に混じって居た割には小心で俺に詰問された際一言も真正面(まとも)に喋る事が出来ずに、唯顔を俯かせて硬直し、短髪の黒髪を微妙に震わせながら、心中で俺の顔をちら、ちら、と覗いて居ただけなのだ。だから俺はこの女を捕え易く、何時の間にか捕まえて居た、という次第であった。

 しかし犯人の数は曖昧で良く分らず、その数とはそれ程重要なものでも無かったかも知れなかった。空気が流れ、青白く光る銃弾の一撃に始まった乱射戦は知らず内に始まって居た様子で、俺は持って居た警察御用達の短銃で先ず、〝殺(や)られる前に〟とクリーニング屋から出て来たその兄ちゃんの脚を射抜き、次に胴体、頭と執拗に撃って、次はこの女を完全に騙した上で(その女の)右横に立ち米神辺り、頬・頭、を執拗に撃ち抜いた。しかし不思議な事に、この女もクリーニング屋の兄ちゃんもこれ程撃ち抜かれたと言うのに生きて居る様で、未だ例えばこの女は、私の左横に毅然と立って私が観て居たのと同じ遠くの地点を目を稍細めて見詰めて居り、又その横顔は何処かで以前に見た様な、大人しく、可愛い年増の表情をして居る。俺はつい、その女の妖艶成る真摯の体(てい)に感情を埋没させられそうに成ったが、先程の私の〝黄金色した竜〟が未だ生きて居たのか息を吹き返し、失墜の受け皿として既に構築されて居た白い容器(うけざら)の果てより甦る様にしてその現実に戻って来て、この女の両手を奮縛(ふんじば)って、俺の仲間である警察数人(ジープや何台かのバイクに乗って来て居た見慣れぬ数人の刑事)に引き渡したのである。きっとその仲間に、相棒である桜井刑事が丁度好い頃合いを見計らって前以て連絡を入れてくれて居たのであろう。俺は、引き連れられて行く女の背中を見ながらそう思って居た。

 そこは海岸沿いの様であり、大きな鮫(ホオジロザメだった様に記憶する)がそうして立ち尽くす俺達の真横を過ぎて行った。



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