ホラー短編集 涼しい夏
桜舞春音
壱 黒いノート
「好きなの読みなよ」
「……」
春介はすでに奥の準備室から海外の神話をまとめたぶ厚い本を持ってきて貸出の手続きをしている。
竜也はそれまで本なんて読んだこともなかったが、少し探したあと一冊の薄い本を手に取った。紙の匂いが心地いい。
その本はすごく薄かった。まるでノートのようで、黒色はとても
おすすめの棚にあったのに借りれないなんて変だなと思いつつ、ほかに面白そうな本もなかったから、竜也はその"ノート"を開いた。
中は五ミリ方眼だったが、インクで印刷された文字が横に並んでいて、ちゃんと本だった。ただ表紙も作家の表記もなくて少し不気味だった。
「……也?竜也!」
竜也が気付くと、春介は借りた本を手に帰ろうと竜也を誘っていた。
「ごめん、気づかなかった」
竜也は元あった場所にノートを仕舞い、図書室をあとにした。
家についた頃には、下校時間を大幅に超えていた。家に帰り、風呂に入り、宿題に手を付ける。
ドスン
「なに?どうしたの?」
竜也が椅子から転げ落ちたのは、ランドセルの中に"黒いノート"が入っていたからだ。
「なんでもない、から」
「そう……?気をつけなさいね」
「わぁってるよ」
母は終始心配を隠さなかったが、借りた覚えのない本がここにあるなんて言ったらいよいよ病院送りにされるだろう。
黒いノートは確かにさっき図書室で読んで本棚に返したものだった。借りられないし、ちゃんと戻した。
なぜここにある?
よく考えれば、読んでいたときは意識が完全に本の中にあったのに我に返ったら内容を覚えていない。
気味悪かった。
間違えて持ってくるなんてあり得ないし、ランドセルは図書室では開けなかったはずだ。
竜也はノートを開いた。相変わらずの五ミリ方眼ノートには、横に文字が並んでいた。
翌朝。
どうやって寝たのか母に尋ねても父に訊いてもわからなかった。気付いたら布団にいた、と。
怖かった。
朝起きてから、どこを探しても黒いノートはなかった。
そしてまた、あのノートの存在と見た目以外は何ひとつとして覚えていない。
「おはよ、竜也」
「おー……」
「元気ないね、風邪?」
「いや、昨日のノートなんだけどさ」
竜也はノートの件を春介に話した。春介は考えられるのは、と冷静に例を出していく。
まずは竜也に起因する現象の可能性。本当に竜也がなにか記憶をなくすような症状の病を患っているか、単に忘れただけの可能性。
次に、霊絡みの現象の可能性。
この学校の土地はかつて神社だった。人形供養や葬式など、寺に近いこともやっていたらしく、慰霊碑が建つほど人ならざるものの集まりやすい場所だと言われている。隣の神社の神主も否定しないから事実ではあるようだった。
その怨念のいくつかがあの謎の本に宿っている可能性。神話好きな春介はオカルトにも精通しているらしい。
「そもそもあのノートは何なんだよ?」
「さあ……」
最大の謎は黒いノートの正体であり、それがわかれば自ずと現象の原因も明らかになる。ノートの質は古いが生徒が使うノートそのもの。しかし、小学生があれほどまでに高度な印刷技術を持つとは思えない。中身は覚えていないが、文才もだてじゃなかった気がする。
小学生が自分の作品を置いたにしては不自然だが、一般に販売されているとも思えなかった。
「今日も行くか」
「そうだね、確かめたい」
竜也は春介と約束して教室に入った。
授業終わりが楽しみなのは変わらないが、その理由がその日は違った。
黒いノートはどこにもなかった。
本棚は全部漁ったが、黒い表紙もノート程度の薄さも存在しなかった。
「とりあえず帰ろう。もしかしたら家かもしれない」
「おう」
春介の提案で図書室を去った二人は、帰りの路々、考えていた。
幻覚?
夢?
勘違い?
ならなぜ春介も知っている?
あのノートは春介もたしかに認識している。
竜也だけの幻とは思えない。
公園のところで春介と別れて、家に着いた竜也は靴を脱ぎ捨てて部屋に直行した。
教科書置き場であり物置、もとい本棚をあさり、机の中をひっくり返し、どったんばったん狂ったように散らかし続ける。
「ない」
ない。
ない。
ない。
どこを探してもない。
あのノートが、消えた。
気付いたら家を飛び出していた。
春介。
だけど竜也は春介の家を知らない。
諦めて家に戻ると、母が戻っていた。
「ちょっとなによこれ!すぐかたしなさい!」
母のアカネは竜也を叱る。
竜也の部屋はリビングからふすま一つで仕切られていて普段開け放たれているから丸見え。
竜也は渋々片付けながらここ数日の怪奇体験を思い返していた。
あのノートはなんだろう?
それがハッキリしなければなにもわからない。
沈黙の小説……作者もタイトルも不明、読む者を引きずり込んでおきながら、ひとたび閉ざされてしまえば読者に記憶を残さない。
なくなってうれしい、という気持ちはない。
気味悪さが増しただけだった。
春介はそれから真相を突き止めるために竜也と行動をともにしてくれた。
「見つかんねーよな―」
「そうだね、せめて先生がなにか知っていれば」
職員室はとっくに当たった。だがそのノートを購入したかどうか、なんならその存在すら知らないと言われた。
この小学校の図書室には教壇がある。基本使わないところだからきれいに保ちたいのか上靴厳禁とされている。竜也はそれを信じて寝転んで天井を眺めた。
そしてすぐに飛び起きて春介を呼ぶ。
「やべーって、ここ!ここ!」
春介はあまりに竜也が焦って急かすものだから何事かと駆け寄り、天井に目線をやる。
あった。
そこには、靴の跡があった。
運動靴やスパイクとは違う、いわゆる革靴、ローファーといった靴のもの。サイズや形は女性ものっぽい。不吉な濃い_檜皮@ひわだ_色の跡のつま先から、廊下まで続く線のような傷に繋がっている。
二人はそれを辿った。
図書室は三階にあって、一応最上階だ。六年生のフロアと音楽室は四階だが、四階スペースは校舎の半分もない。
うねうねと曲がる傷を辿ると、校舎裏まで来た。
もう使わなくなったパソコンが粗大ゴミとして積まれている。
そのうちの一つが、誰かのいたずらか外用のコンセントにつながり、電源がついて画面を光らせていた。
「見る……?」
「見る価値はあるね」
二人はそれを覗き込み、その後激しく後悔した。
―アタシ_楽楽楽@ららら_
みたでしょ、どう?どう?
アタシ今度こそ褒めてもらえるよね?
先生、先生、先生先生先生先生先生先生先生先生先生先生先生先生先生先生先生先生先生先生先生先生先生先生先生先生先生先生先生先生先生先生先生先生先生先生先生先生先生先生先生―
あのノートは関わっちゃいけないもの。
今更ながら、二人はそう悟って逃げ帰った。
「春介の家ってさ、どのへんか知ってる?」
あれから春介が来なくなったから、見舞いに行こうと竜也は隣の席の
「春介?」
瑛太はキョトンとした顔で、竜也に質問で返した。
まじかよこいつクラスメイト覚えてねぇのとちょっとムッとしながら
「ほらメガネかけてて本と神話が好きな……」
とそこに
「なにいってんのよ、春介なんて名前このクラスにいないわよ?隣にも」
いない。
その瞬間、頭が真っ白になった。
いない。
いない。
頭の中でエコーする。
竜也はほうかになってからあのパソコンを見に行ったが、回収されたようでもうなかった。ただ、探していた黒いノートは落ちていた。
竜也はそれをそっと開く。
ポケットから鉛筆を取り出して、その場で黙々と言葉を綴った。
泣いた。
もう、春介はいない。
彼は自分で生み出したイマジナリーフレンド、もしくはこのノートの念が具現化したものなんだろう。そうでもなきゃ、こんなに悲しいはずがない。
竜也はこのノートにその思い出を書けば書くほど、その想いが春介と同じ不可解な"人の形をしたなにか"に変貌するのを感じた。
きっと何年も先、こうして誰かをつらまえて竜也の想いは怪奇現象になるのだろう。
そしてその誰かが気付いたときには、もう、竜也と春介の思い出は消えてなくなる。
それでよかった。
すこしでも、忘れないでいられるなら。
物語は想い。
たった数日のちっぽけな二人の日記だって、紙を束ねて文字を紡いで、そうしていけば重くなる。
竜也はこの楽しさと辛さを教えたくれた春介への想いを存分に書きなぐった。
綺麗でもないけど、汚くもないだろ。
上手くもないけど、下手でもないだろ。
俺たちは確かにここにいたんだ。
未来とかそんなの解んなくていい。
せめて忘れられる日までは、誰かのいたずらになっても、二人でいよう。
黒いノートはまた、ひっそりと図書室に収まって、今日も誰かを待っている。
―絆の子 春介
【あとがき】
こんにちわ!
この「黒いノート」は春音が実際に体験した物語をもとに脚色を加えております。
パソコン発見のくだり以降はフィクションですが、黒いノートがついてきたりなくなったり、イマジナリーフレンドも実話です。
舞台となったのは愛知県名古屋市にある小学校。かなり歴史があり、あの天照大御神を祀る神社の跡地ということで、出る、という噂は絶えません。
桜舞春音はみえる方なのでちょっと怖いですね。
ホラーや怪奇現象というと死んだ人の霊というイメージがありますが、生霊という言葉があるように生きている人間や動物の想いが意思を持つこともあるのかもしれませんね……。
「涼しい夏」ホラー短編集絶賛更新中!
ぜひ春音流のホラーで涼んでくださいまし〜(^u^)
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