#31 クリスマス ─side 肇─
「佐倉、ちょっと良いか?」
廊下を歩いていると、祐宜に呼び止められた。おそらく仕事の話ではないし、こんな時期に異動の話でもない。きっと美姫の話だろうと予想してミーティングルームへ着いていくと、やはりそうだった。
「俺と美姫のこと……中野さんに言ったんやってな?」
「あっ、ごめんなさい、つい……」
誰にも言うなと言ったのに、と祐宜は怖い顔をしたけれど、まぁいいわ、と笑った。
「あの子は黙ってくれてるみたいやし。知ってる方が、美姫も気が楽やろうしな」
「岩瀬さん……最近来てないって聞いたんですけど、連絡あったんですか?」
「いや──ない」
祐宜はため息をついた。美姫と連絡がつかないと聞いてから、既に二週間は経過していた。美姫がいるときは楽しそうに仕事をしていた彼も、最近はまた暗くなってしまっていた。
「何があったか聞いたか?」
「いえ……」
祐宜は真剣な顔になってから、美姫に何があったのか教えてくれた。取引先の営業から乱暴されそうになって、外に出るのが怖くなったらしい。ただの部下ならまだともかく、美姫は祐宜の婚約者だ。そんな大切な相手が傷つけられて、どれだけ辛かっただろうか。もしも咲凪が、と考えるとおかしくなりそうだった。
「一応、その会社とは縁切ったし、美姫にも手紙出したんやけどな」
連絡がないのはもしかすると、自分が男だからなのでは、と祐宜は心配していた。美姫は男性が怖くなってしまったのではと、辛そうにしていた。
「もしかしたら、中野さんに連絡来てないかと思ったんやけど……何か聞いてる?」
「いえ……。あとで聞いてみます。──あ、堀辺さん」
よろしくな、と言って立ち上がろうとする祐宜に声をかけると、彼は席に座り直した。
「クリスマス……会うって聞いたんですけど」
「ああ……その予定やけど」
「僕──前に言ったけど、岩瀬さんのこと好きやったんです。その、○△社の人のしたこと肯定するわけじゃないですけど……それくらい、可愛いんです」
「そうやな。知ってる」
「だから、クリスマスに会えたら、思いっきり優しくしてあげてください」
「──もちろん」
祐宜は一瞬ニヤリとしたけれど、すぐに真剣な顔になった。
美姫のことを諦められたのは、祐宜のことを信頼していたからだ。入社前に兄から聞いている情報だけではあまり良い印象はなかったが、研修のときに世話をしてくれるのを見て〝面倒見が良い人だ〟と思うようになった。女性とあまり話さないのはその通りだったけれど、必要なコミュニケーションはきちんと取っていた。
本社で働くようになって彼と関わることも増えてから、仕事ができる人だと知った。もしかすると彼は、単に〝人事だから〟という理由で距離を置かれている人もいるのではないかと思い始め──、実際、一部のバイヤーが休憩中にそんな話をしているのを聞いた。
美姫は本社に来てから祐宜のことが分からないと言っていたが、挨拶をきちんとしてくれることは高評価だったらしい。
「すごい肩書き持っててふんぞり返ってる人ってたまにいるやん? 新人とかレベル違う人を見下してる人……あんな人がいたら、よっぽど仕事できる人でも、その会社で働きたくない」
「この会社にはいてない?」
「全従業員を知ってるわけじゃないけど、少なくとも、本社にはいないと思う。堀辺さんは、まだ謎なこと多いけど、挨拶はちゃんとしてくれるから、部長になっても他の人らを平等に見てくれると思う」
美姫は祐宜の外見は初めから褒めていたし、後から中身も褒めるようになった。問題だったのは彼との接点の無さで──。友人宅でのバーベキューがなかったとしても、美姫が人事に異動したことは祐宜と付き合うきっかけになっていたはずだ。告白したのは祐宜だと言っていたし、美姫と初めて会った日から気になっていたと聞いた。
美姫が同年代より年上の男性を好むことは知っていたし、僕が祐宜と同い年だったとしても勝てる自信はなかった。美姫がバレンタインに祐宜に一番特別なものを贈ったことも、祐宜も美姫にホワイトデーに特別なものを用意したことも、後になって知った。
付き合うようになって二人がどんな休日を過ごしているのかは分からないが──、人事になってから美姫は、確かに大人っぽいメイクをするようになった。祐宜との関係はずっと隠していたが──祐宜と同い年の彼氏がいるとは言っていたが──、周りが疑いたくなるのも無理はなかった。
「肇? どうかした?」
「あ──いや──、咲凪は……そういえば、咲凪も最初、堀辺さんのこと格好良いって言ってたよな?」
「ん? あー、言ったかも。でも、私はあの人と関わること無かったし、同年代のほうが話合うから良いかな」
クリスマス前の平日、咲凪と休みをあわせてテーマパークへ行った。アトラクションで遊ぶというよりはクリスマスの雰囲気を楽しみたくて、昼間は街でデートをして夕方からのチケットを取った。大きなクリスマスツリーも点灯して、二人で手を繋いでしばらく見つめていた。
「岩瀬さんから連絡あった?」
「あったけど、あのこと解決する前やったかな……。心配かけてごめん、ってそれだけ。美姫ちゃんのこと気になる?」
「気になるというか、堀辺さんが辛そうやから。元気に出てきてくれたらそれで良いわ」
本当は気になるが、咲凪の前でそれを言うのはやめた。咲凪は僕のことを一番に考えてくれているし、社会人として一人前に成長できたら──せめて二十代のうちにプロポーズするつもりだ。美姫のことは祐宜に任せて、咲凪のことを大切にしていきたい。
「いつか、肇と一緒に働きたいなぁ」
「それは難しいかもな……あ、咲凪が本社に来たら良いんか。別に付き合ってるの隠してないし」
「本社……デスクワークよなぁ? 私、苦手やからなぁ。だから美姫ちゃんが選ばれたんよなぁ」
「一緒に働くより、一緒に暮らせたら良いよな」
「──え?」
「あ、いや、なんでもない」
咲凪の手をひいて、人の少ない方へ向かって歩いた。角を曲がると行き止まりで、思わず笑ってしまった。
「ごめん、間違えた……咲凪?」
引き返そうとしたが、手を繋いだままの咲凪に足を止められた。咲凪は黙って僕を見つめ、それから抱きついてきた。
「肇……」
「ん?」
「大好き」
見上げる咲凪が可愛くて、思わず唇を奪った。周りに人がいるので咲凪は初め抵抗していたが、やがて諦めて僕に従ってくれた。彼女候補の二番目だったのは申し訳ないが、今は誰にも渡したくない女性だ。
「そんな可愛い顔するな……帰したくなくなる」
「良いよ。明日はちょっと遅いから」
「いや──咲凪、実家暮らしやろ? 僕の印象が悪くなるからあかん」
「……そういうとこ好き」
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