第28話 其々の幕の引き方
南州製薬の謝罪会見から一月が過ぎた土曜日の十五時、見舞いに来ていた陣内夫婦と駆け付けた筒井瞳に看取られながら石川睦が息を引き取った。昼前に陣内夫婦が来た時には、いつもと変わらず静かに眠っていた。だが十四時を過ぎた頃に。容態が急変し処置の甲斐も無く息を引き取った。陣内からの連絡を受け、瞳が駆け付けるのを待っていたかの様な最後だった。
『あ・・・・つ・・・わぁ〜・・・・・・。』
瞳は、石川の手を握ったまま号泣した。いつでも、どんな時でも自分を愛してくれた存在。その石川睦が、もう居ないのである。瞳は泣きながら、自分の心の奥底から崩れていく何かを感じていた。陣内に抱えられて、石川の遺体から離される。看護師達が、霊安室に運ぶ準備を始めた。すると陣内の腕を振り払い、瞳が石川の遺体に抱き付いた。
『違う、違うのよ看護師さん。睦は、起きるの。ちょっと待ってれば起きるの。この子はいつも、いつもそうなのぉ・・・・・。』
瞳は、そう言いながら石川に抱き付いている。そんな瞳を見て、看護師が困った様に陣内を見た。
『姉貴、・・・・・こっちに来いよ。看護師さんが、困っているだろう?』
瞳は、鋭い目付きで陣内を見て言った。
『何言ってるのよ、睦は起きるの!アンタからも言ってよ、この人達に睦にベタベタ触るなって!睦は、私以外の人に触られるのが嫌なの。』
そう言って、瞳は石川の唇にキスをする。それを見て陣内は、目を潤ませながら瞳を抱き寄せた。
『姉貴、もう睦は・・・・・。』
陣内は瞳を強く抱きしめて、それ以上は何も言えなかった。それからは死亡診断書を作成してもらい、通夜に向けての事務的なやり取りが行われていく。陣内は、石川の姉に電話をした。なかなか電話に出てもらえず、四度目の電話でやっと石川の姉と話す事が出来た。
『もしもし、陣内です。何度かお電話したのですが、お忙しかったみたいで。今日十五時過ぎに、弟さんの睦君が息を引き取りました。通夜・葬儀の事で、お姉さんにやっていただい事が御座いまして・・・・・』
陣内がそこまで言った時に、石川の姉が語気強く遮って話す。
『睦の事は、こちらには何の関係もない事で御座います。そちらで、よろしい様になさって下さい。通夜も葬儀も、御自由にどうぞ。』
陣内は、首を振りながら返す。
『お姉さん、そんな事を言わないで下さいよ。睦君は、貴方の弟さんなんですよ。その弟の睦君が、亡くなったって時に何て事を言うんですか。事務的な事は、やってもらっています。今すぐ病院に来て、葬儀屋さんとか身内の方とかに連絡を取ってもらえませんか?たった一人の身内じゃないですか、色々な事があったのでお気持ちは察します。ですが、まずは睦君を見送ってからではないですか?』
陣内がそう言うと、石川の姉は堰を切ったように話し出した。
『この前にも同じ様な事を言いましたが、睦のお陰で私達は散々な目に遭わされたのですよ。それは、貴方も同罪ではありませんか?貴方達は、昔の事など無かったかの様に過ごしているのでしょうけど。私は、そんな都合の良い話し全く聞く耳を持ちません。確かに、父も母ももういません。唯一の肉親は、残念な事に私と睦だけになってしまいまいた。でも、だから何なんですか?睦が死んだから、今までの事は無かった事にして涙を浮かべて見送れとでも言うのですか?人間は、そんなに単純な生き物ではないんですよ。私は睦を、今でも憎んでいます。家族をボロボロにした弟を、何で私が見送らなければならないの?貴方達、仲良しのお友達で見送って差し上げて下さい!』
そう言われて石川の姉には、遺体の引き取りも喪主も拒絶されてしまった。それからは、陣内が喪主となり通夜と葬儀を
実は瞳が喪主をさせてくれと言ったのだが、靖久との離婚協議中という事で陣内に落ち着いたのだ。葬儀には南州製薬の社長に就任したばかりの小山内賢治をはじめ、会社関係者が多数弔問してくれた。
身内・親戚はいなかったが、寂しくない送り出しをする事が出来た。そして会社関係者の中には、橋本飛鳥の姿もあった。本匠恭介は稼業が稼業なだけに、陣内に香典を預け出席するのを控えた。こうして慌ただしくはあったが通夜から告別式、そして初七日までを無事に終えられたのだった。
その後石川家の墓には納骨も拒否をされた為、本匠が手出しで都内の墓地を購入してくれた。忌明けの後、石川睦はそこに眠る事となる。
そしてその石川睦の勤めた南州製薬だが、記者会見で会長と社長の辞任を発表後小山内賢二が社長に就任していた。その後都市銀行の元取締役頭取を会長職に据え、再起を果たすには十分の体制を整えたようだ。汚名を晴らすのも、そう時間はかからないと市場評価もまずまずのようだ。
本匠は自分の親分である、櫨川会若頭・設楽芳信を訪ねていた。当然、この一連のシノギの報告をしに来たのである。組長室で待つ事十分、設楽が
『今日から八月か。暑ぃ〜なぁ、クーラー入れてんのか?恭介が暑がってんぞ?』
本匠が、照れながら返す。
『そんな事はないですよぉ、やめて下さいよぉ。』
『ははははっ、それでぇ?』
本匠が、襟を正して話し出す。
『はい、今日は正月明けにお話した件での御報告に上がりました。』
すると、設楽が身を乗り出して聞いてきた。
『あれか?正仁会から、五億くらいせしめ取ってたお姉ちゃんの話か?』
本匠は、口元を緩ませて応えた。
『はい、その件での御報告に参りました。』
『おう、聞かせてくれ。』
設楽は、満面の笑みでそう言った。それを見て本匠は、少し嬉しくなり笑顔で頷きながら話し始める。
『初めに、今回は
そう言って、本匠は立ち上がり深く頭を下げた。勿論、後ろに控える服部も同じく。
『おういいぞ、続けてくれ。』
そう言われて、本匠は姿勢良く座って続きを話し出した。
『順序通りに話しますと、奥村を呼び出して筒井瞳から無条件で手を引けと強めに言いました。当然向こうも渡世人です、引く事なく絡んできました。そこで、他のシノギで埋め合わせをするので手を引いてくれと話しました。歯科矯正モニターとかで会員費や社債など、富裕層相手にやっている奴らを使ってのシノギです。この詐欺師の連中は他の件で目を付けていたのですが、今回の件で上手く働けば勘弁してやると言う事で
嬉しそうに聞いている設楽を横目に、本匠は話しを続ける。
『流れとしては、こういう流れになります。まずは奥村のゲーム屋に、博打好きで有名な南州製薬元副社長広瀬秀幸を招待する。初めは飴を与えて、味を占めた頃に焦げ付かせる。その貸付金を払うのに、会社の金に手を付けさせる。ただし、最初は直ぐに補填出来る様に仕向けるのが条件で。ですので、広瀬には直ぐに金になる事を教えてあげなくてはならない。その時に詐欺師達に用意させておいた、投資話をもちかけるように指示しました。その投資で、奥村の約一千万あった借入金はチャラに。その上半月もしないうちに、数千万の利益を生んだそうです。』
そこに、設楽が割り込んだ。
『そんな美味い儲け話があったんなら、俺にも教えといてくれよな。』
本匠が、微笑みながら返す。
『本当にそんな美味い儲け話があったら、直ぐに親父に報告するに決まっているじゃないですか。世の中に、そんな美味しい話はありませんよ。』
『な〜んだよ、そうなのか。悪ぃ、続けて。』
『これは勿論、最初の餌です。ゲーム屋と同じ様に、広瀬には投資でも味を占めてもらいました。これには、広瀬の馬鹿な愛人にも一緒になってもらって。そして南州製薬の取締役会や、会計監査のタイミングを見計らって次を誘いました。それは日経平均先物という、株価の上下推移で取引をする先物取引です。この商品には証拠金という、種銭と保証金を合わせた様なものが御座います。この証拠金に、二百万くらいの金がかかります。ただ基本的には、少し余裕を持って三百万くらいを証券口座に入れての取引となります。この投資を広瀬に持ち掛けさせて、証拠金五億円を詐欺師の会社の銀行口座に入金させる事に成功しました。勿論これは親父に報告した、正仁会への未払いの上納金とは別の金という事になります。』
設楽は、頭の中で計算しながら聞いた。
『恭介よぉ、俺は頭の中がパンクしそうだぞ。』
『ではここで、金の内訳を説明します。一番最初に話した、正仁会への未払いの上納金約五億。これは南州製薬の社員で、今小菅の拘置所にいる森高融。コイツが全部せしめた事にして、警視庁に
『おお、そうなのか。それで?』
『自分の馴染みの連れ、親分も御存知の陣内敬に頼まれたのもあり少しやり方を変えました。奥村や活きのいい姉さんの金ではなく、その状況を上手く使って南州製薬から金を引き出そうと。そして、詐欺師共の持っていた金も御座います。そこで、先程の森高という南州製薬の社員に犠牲になってもらいました。その関連で、奥村も今小菅にいます。最初に相談させていただいた時と、状況が変わってしまいましたので複雑になってしまいました。』
『おう、分かった。それで?』
本匠は、後ろに立たせておいた服部に声をかける。
『おい!』
すると服部が、幾つかジュラルミンケースを運ぶ。四つをテーブルの横に置き、一つをテーブルに乗せた。そして設楽の方へ向けて、ジュラルミンケースを開けると同時に本匠が話し出す。
『ジュラルミン一つに一億、計五個で五億御座います。お納め下さい。』
そう言うと、本匠は深く頭を下げた。当然、服部も同様に。
『おいおい、俺は一億って思っていたぞ。それにこんなに俺にやっちゃあ、恭介の分はねぇんじゃねぇのか?』
『いえ自分の分は正直二億少々御座いますので、御心遣い有り難う御座います。』
『そうか、しかしやっぱお前は・・・・・。』
設楽は、そう言いながら頷いていた。
『詐欺師の持っていた金と金塊、これが八十億相当御座いました。しかしここまで大掛かりな詐欺で、
『おう、お疲れだったな。おい、酒持って来い。祝い酒だ!』
ここで本匠が、設楽に耳打ちする様に言った。
『親父、もう少し話が御座いまして。』
『んっ、・・・・・なんだ?』
『別件で、南麻布にいい物件があるんですが。』
『おお、南麻布ねぇ。俺もあそこら辺で、良い物件探しているんだよ。噂じゃ、令和の不動産バブルって話だもんなぁ。』
『はい、なんでも取り壊しの決まっている物件がありまして。そいつが、正仁会の所に流れたって言うんですよ。』
『何、正仁会に?』
『はい。今回のとは別件ですし、仕込みもしてあります。正仁会も何かと目障りですから、踏み潰しちまおうって思いまして。若頭の奥村も居ませんし、骨抜きみたいなもんです。それで、親父に許可をいただきたいんですが。』
設楽は、呆れた様に笑いながら言った。
『嘘吐け、お前始めから潰すつもりだったんだろう?いいよ、ケツは持つから好きなように暴れて来い。』
『有り難う御座います!』
『まぁ、いいから呑めよ。ほら、服部も座って呑め!本当に、お前らは危ねぇなぁ。ははははっ、本当に可愛い子だよお前らは。』
その後も、祝い酒は暫く続いた。
八月も終わりを迎える頃、丸十建材では靖久と加藤が昼食を摂っていた。退院はしていたのだが、日常生活に戻る為のリハビリに時間がかかっていたのだ。九月からの復職を、靖久に伝えに来たのである。
『どんな感じなんですか?話し合いは進んでいますか?』
ソファーに座りながら、加藤が靖久に聞いた。
『御心配おかけしました、なんとか話し合いは進んでいますよ。後は社長をどうするのかとか、自分がいつ退職するのかですかねぇ。』
『そうですか、やはり退職せねばなりませんか。』
『はい。優樹と葵の事を考えますと、浮気をして家を出て行った父親ですからねぇ。会社には残っているとなると、触れなくていい所に気付くかもしれません。石川さんがいれば、まだ簡単だったんですけどね。残念な事になってしまいましたので、あの子達には何も知られない様にしたいんです。大人になって、それこそこの会社を継ぐくらいの年齢になるまではね。浮気をして、会社を追い出されたダメな父親にしといて下さい。その方が、自然でしょう?』
『そうですか、分かりました。』
『それで次の社長をどうするのかなんですが、色々考えて陣内君にやってもらう事は出来ませんかね。彼は、まだ三十二歳だったかな。優樹が大学を出て、ここに入社をするでしょう。その後十年経っても、六十前でしょうしね。これからの事を考えると、陣内君に社長になってもらうのが一番だと思うのです。加藤さんには、また御苦労をおかけするのですがね。自分を育てていただいた様に、陣内君を指導していただきたいと思うんです。』
『こりゃあまた、大変な事をお願いされましたなぁ。しかしそういう事であれば、陣内君をしっかりとした社長に鍛えましょう。なんなら、優樹君が社長になる時にも協力しますよ。』
そう言って、加藤は大きな声で笑った。
『それで一つ、気になる事が御座いまして。』
『何ですか?ん・・・・・、奥さん(玲子)・・・・・の事ですか?』
『そうなんです、陣内君の事をどう思っているのかは分かっています。だから、お義母さんをどう説得しようかと考えると頭が痛くて。』
加藤が、小さく頷きながら応えた。
『ふぅ〜そうですね、そちらの方もなんとかしてみましょう。ですが、少し時間がかかると思いますよ。ですので、事務的な事は進めながらという事にしましょう。』
こうして、丸十建材は新たな出発をする事となった。
九月も十日が過ぎた頃、八百万一家事務所にタブレットサイズの荷物が届いた。本匠恭介宛のこの荷物を、どう扱うのか事務所内は混乱していた。
『お疲れ様です、お忙しいところお申し訳ありません。たった今、不気味な荷物が総長宛に届きまして。どうしたものかと、
服部は出先でこの電話を取ったが、不気味なと表現した事が気になった。
『不気味っていうのは、どういう意味なんだ?臭いのか?重たいのか?それとも、中から音がするとかなのか?』
『いえ、そんな感じではないんです。タブレットサイズで、厚さが五センチくらいの荷物なんです。ただ、海外から送って来ているみたいなんですよねぇ。何か見た事のない伝票で、持って来た奴も片言でしたし。そういう意味で、何となく不気味だと言う事です。』
『分かった、すぐ行くからそのまま置いておけ。絶対に開けるんじゃないぞ!』
『はい、分かりました。』
それから、二十分程して服部が事務所に来た。そして、すぐにその荷物を確認する。
『総長は?この事は、御存知なのか?』
『いえ、総長は十時過ぎに顔を出されて直ぐに出掛けられました。まだ、戻っておりません。』
『そうか、そしたらこれを応接室に運べ。そんで、・・・ジュラルミンケースがあっただろ?一つ持って来てくれ。』
『はい。』
『それと一応、事務所の中から全員外に出ろ。もしかしたら、爆発物かもしれないからな。俺以外は、全員避難しろ。急げ!』
『はい!』
事務所内は騒然となり、服部は荷物を持ってゆっくりと応接室へ向かった。荷物を揺らさない様に、静かにゆっくりと運んだ。応接室に着くと、若者が一人ジュラルミンケースを持って入って来た。
『おしっ、お前も早く外に出てろ!』
『ちょっと待って下さい!若頭にもしもの事があったら、誰が・・・・誰が総長を支えるんですか!ジュラルミンケースの中で、荷物を開封するんですよね。自分がやりますんで、若頭は少し離れて下さい。扉の所にいて下さい。』
そう言って、ジュラルミンケースの中に荷物を入れた。抱え込む様にして、ケースの中で荷物をゆっくり開けていく。一・二分経ったであろうか、手先を器用に動かしていた若者が口を開いた。
『若頭、何か違うみたいですよ?爆発物じゃないみたいですね。』
そう言いながら、ゆっくりと中身を取り出した。中からは、スマートホンと小さなボトルが出てきた。服部は、溜め息を吐きながら言った。
『何だよ、心配して損したぜ。有り難うな、皆んな呼び戻してくれ。何でもなかったって言ってさ。』
そこに勢い良く、本匠が走って入って来た。
『どうした、爆弾が送って来たって?何処の何奴だ?』
強張った顔をした本匠に、服部が事情を説明する。
『何だよ、取り越し苦労かよ。まあ、爆弾じゃないんだったらよかったじゃないか。それで、中身は何だったんだ?』
『それがスマホと、ちっちゃなボトルなんですよ。あっ!』
『どうした?』
服部が、小さなメモを見せながら言った。
『どうやら、総長と直接話をしたい奴がいるみたいですよ。』
メモには、「電源を立ち上げて、一件ある発信履歴先にリダイヤルをして下さい。」と日本語で書いてあった。本匠がスマホを取ろうとすると、服部が眉間に皺を寄せて遮った。
『総長お待ち下さい、スマホの電源を立ち上げると起爆する爆弾かもしれません。荷物を受け取った奴の話では、片言の外国人がこの荷物を持って来たそうです。』
そんな服部に、本匠は笑いながら言った。
『大丈夫だよ、こんな手の込んだ事をする奴は一人しかいねぇ。盗聴されるのを、相当警戒しているんだろうよ。大丈夫々、貸してみろ。』
そう言って、本匠は何食わぬ顔でスマホの電源を立ち上げた。すると、何事も無くスマホは立ち上がった。そしてそれを見て服部は、胸を撫で下ろすと同時に不思議そうに聞く。
『総長、誰からの荷物か見当がついていらっしゃるんですか?』
『ああ、赤い旗を”血”で染めたい奴だよ。あれ、なんだ充電ねぇじゃねぇかよ。アイツも、充電してから送ってこいよなぁ。』
本匠がそうボヤくのを見て、服部が再度尋ねた。
『この荷物の送り主、一体誰なんですか?』
『まあ見てろよ、いかにもって感じじゃねぇか。』
充電コードを差し込み、本匠はメモ通りにリダイヤルをした。
プルルル・・・・プルルル・・・・プルルッ
本匠はスピーカモードにして、スマホをテーブルに置く。
『もしもし、重勝修さんかい?』
服部はそれを聞いて、納得したかの様に大きく息を吐いた。それを一瞥し、本匠は会話を続ける。
『えらく盗聴を気にしているって事は、そろそろ借りを返してくれるのかな?』
『流石総長さんだ、勘が良いですね。奥村も拘置所生活が板についてきて、最近じゃあ屋上の運動場でランニングなんてしているみたいです。本匠さんに、借りを返し易くなりました。すぐに、良い知らせを受けると思いますよ。』
本匠は、頷きながら返す。
『それは楽しみにしときますよ。それで、この同封してあった小せえボトルは何なんだい?何かの、液体みたいだけどさ。まさか、やばいヤツじゃねぇだろうな。』
『あははははっ、いやいやそれは「VXガス」ではありませんよ。安心して下さい。いやっ、安心はしても気安く開けないで下さいね。これは以前お約束したでしょ?重宝するだろうと思って、プレゼントしますよ。』
『ほう、そういえばそんな事言ってたなぁ。それで気安く開けるなって事は、それなりにヤバイ物って訳だろう?』
本匠は、ボトルを見ながら聞いた。
『ボトルの中の無色の液体、それはテトロドトキシンと言う神経毒です。気安く開けないでと言うのは、基本的には触っただけでは死にませんが・・・・恐らくは。怪我している人だとか、触った手をそのままで食事をしたりとかはやめて下さいね。そう言う意味です。体内に入ると、神経伝達を阻害したり遮断します。そして、身体のあらゆる部分に麻痺を引き起こしていきます。その後、呼吸困難になり死亡する。と言うのも、青酸カリの千倍以上の猛毒なんです。いいですか、取り扱いには十分気をつけて下さい。そいつは加熱に大変強くて、誰かに手料理を食べさる時にも重宝しますよ。 因みに、ほんの二・三ミリグラムで人間は死んでしまいますからね。しつこい様ですが、取り扱いには十分に注意して下さいね。』
『おいおい、えれ〜もんプレゼントしてくれたなぁ。まあ、有り難く貰っとくよ。こっちも、プレゼント貰ったからお返しって訳じゃないけどさ。オタクの、港区に在る工房兼アジト。あそこも、そろそろヤバイだろう?そんで、ヅラかってくれたらそこを奥村の拠点にするからさ。今週中に、躱しといてくれよ。
『分かりました、それで良いでしょう。またいつか、こんな感じで荷物が届くかも知れません。その時は、大騒ぎしないで直ぐに電話して下さいねぇ。』
『ああ解ったよ。アンタも日本に帰って来ているんだったら、恥ずかしがらないで尋ねて来てくれて良いんだぜ。』
二人の会話は終わり、それと同時に落とし所も決まったのだった。本匠は首元を揉みながら、ボヤく様に言った。
『聞いていた通りだ、奥村が
『畏まりました。』
返事をした服部が、頭を上げながら本匠に聞いた。
『総長が最後に仰った、尋ねて来て良いって言うのはどう言う事なんですか?』
『ああ・・・・あれはお前、アイツがそこら辺に居ただろうから言ったまでさ。』
『アイツって、・・・・重勝がそこら辺に居たんですか?』
本匠は、口を尖らせて頷く。
『そうだろうよ、恐らくは荷物持って来た片言の外国人っていうのがそうじゃねぇのかな。だから今度同じ様に荷物が届いたら、大騒ぎするなよってマウント取ったんじゃねぇかな。それに時折、周りの声って言うか音っていうかさ。その空気感ていうのが、日本の雰囲気だったと思わなかったか?』
服部は、頭を傾げながら返す。
『いや自分には、ちょっと分からなかったのですが。』
『まあ考えてみれば、俺達が川治を逃した様にさ。アイツらだって、いろんなコネクション使って飛び回っているって事さ。重勝って名乗っているけど、実際は違う名前でそこら辺に住んでいるかも知れないからな。』
『・・・・・はい。』
『まあいい、兎に角ここからが本番だ。気合い入れて行くぞ。』
『はい。』
闇の世界の男達が、幕引きに取り掛かった。
九月も終わりを迎える頃、陣内は社長室に呼ばれていた。瞳との事ではないと思いながらも、少し気後れしながら社長室へと向かっていた。
コンコンコンコン・・・・・
『失礼します。』
陣内が一礼して頭を上げると、意外にも専務の加藤も同席していた。陣内は瞳の事でなないと瞬時に分かったが、今度は仕事上で何かやってしまったのかと気になり出した。
『お疲れ様です、座って下さい。』
そう靖久に言われ、陣内はソファーに座りながら靖久に聞いた。
『社長すみません、自分何かやりましてかね?』
陣内のその言葉に、靖久はキョトンとして応えた。
『いや、何にもやっていないと思いますよ。逆に、やってもらいたい事があって来てもらいました。』
『自分にですか?』
そう言う陣内見て、靖久と加藤は顔を見合わせて笑うのだった。何が何だか分からないまま、陣内は困った様に苦笑いをするだけだった。
『ごめんごめん、陣内君に頼み事があるんだ。』
『はい、自分に出来る事でしたら。』
『勿論、陣内君にしか出来ない事なんでお願いしたいんです。明日付けで、加藤さんから搬出・搬入と仕入れ先等を教えてもらって下さい。それが終わったら、週末のゴルフやら食事会の事とかもありますからね。』
『はい・・・・でも、自分がですか?』
『そうなんです、実は陣内君に社長になってもらいたいんです。説明が前後してすみませんが、将来的な事まで考えてお願いする事にしました。勿論、加藤さんと瞳にも確認を取っています。陣内君本人に、最後になってしまって申し訳ないのですが。外堀を埋めてからでないと、陣内君は断ると思ったんでね。最後に、こんな形での報告ですみません。』
陣内は呆然として、靖久と加藤の顔を見て固まっている。靖久は続ける。
『優樹が大学を卒業して会社に入るとしたら、十年以上かかる事になるんだよな。石川さんの事がなかったら、また話は違ったんだけどね。残念な事になってしまったので、どうしようかと悩みました。浮気をして家を追い出されたダメ親父が、普通に会社に居残っているのはどう考えても不自然でしょう。加藤さんにお願いする事も考えたのですが腰の事もあり、将来的な事も考えて陣内君にお願いする事にしました。』
陣内は、眉間に皺を寄せて聞いてきた。
『お気持ちは分かりますが、自分には社長なんて出来ませんよ。』
『そんな事はないですよ、俺だって加藤さんに仕込まれたら出来たんだからさ。陣内君にも、間違いなく出来ますよ。』
そこに、加藤も加わる。
『そうだよ陣内君、社長も大変だったんだから。陣内君が来た頃と同じでね、先代はどこの不良を連れて来たんだってね。ははははっ・・・・。』
翌日から、陣内を次期社長としての引き継ぎが始まった。
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