第23話 絡み合う思惑
衝撃の正仁会事務所家宅捜索から一夜明け、八百万一家総長室からは本匠の怒号が聞こえてきていた。つい先程まで機嫌良くしていた本匠が、陣内からの電話に出た途端鬼の形相に変わり声を荒げたのである。
『どういう事なんだよ?・・・・あぁ!・・・・』
総長室から漏れ聞こえる怒号に、事務所は騒然となった。普段は悠然と構えて、下の者の落ち度にも声を荒げる事はない。いつでも懐深く構えて、舎弟達から尊敬と憧れを抱かれている。その本匠がぶ厚い扉で遮られている総長室から、ハッキリと聞こえる程の怒号で話しているのである。
『おいおい何事だよ。
『知らねぇよ。正仁会の奥村が引っ張られて行ったらしいんだけどさ、それと何か関係あるのかなぁ?』
『ああっ、・・・・何だよそれ?奥村って引っ張られたんだ。』
『なになに、俺にも教えろよ。』
事務所内では、昨日の正仁会事務所の家宅捜索の話しをし出した。
『でも前に来た時にはさ、イキって入って来て帰りにはニヤけ面で帰ったじゃんか。別に身内じゃねぇし、いいんじゃねぇか?そんなんで、総長が激怒してる訳じゃないんじゃねぇのかな。』
『ああそう言えば、俺昨夜奥村の舎弟見たよ。恵比寿の駅前でさ。なぁ?』
『おお、あの人と一緒にいたんだよな。名前忘れちゃったけどさ、あの〜あの人だよな。服部の
それを聞いていた服部が、話しに割り込んだ。
『ちょっとその話し、詳しく聞かせてくれよ。』
『えっ・・・・ああ、はい。昨日・・・・・・・・・。』
本匠の怒りは、まだ収まっていなかった。
『おい、敬!何かの間違いだろ?・・・・・何で睦が刺されてんだよ!そんな馬鹿な話ある訳ねぇだろ?俺は昨日、電話で話したんだぜ。二十時くらいかな、後は森高に集中するんだって言ってさ。なっ・・・・・おい?嘘だよな、おいって?』
陣内は、自分を落ち着かせる様に返す。
『いや、俺もビックリしてんだけど本当なんだ。本当に、病院で寝たまんま意識が戻んねぇんだよ。これは、本当の事なんだ。』
『誰だ!誰にヤラれたんだ?そいつ的にかけんからよぉ。』
『落ち着けよ恭介!お前が動けば、睦と八百万一家が繋がってるのがバレんだろうがよ。それに相手が解んねぇんだから、どうにも動きようがねぇんだよ!』
『チッ・・・・。』
『なぁ恭介。・・・・兎に角、睦がここまでやったんだ。姉貴にも俺にもお前にも、何の繋がりもない様に森高を主犯に祭り上げる。ここまでやったんだ、先ずはそれを優先してあげようじゃねぇかよ。・・・・・なぁ?』
本匠は、溜め息まじりに返す。
『ふぅ〜ああ、・・・・そうだな。』
『それで、森高の方はいつ頃になりそうなんだ?姉貴の離婚からこんな展開になっちまったけどさ、姉貴も話し合いが再開するって言ってるしな。』
『アイツは、そろそろだと思うよ。それこそ睦が昨日最後の詰めを終えたって、連絡して来たばかりだったんだからよ。』
『そっか・・・・。兎に角恭介、落ち着けよ。睦は、じきに意識取り戻すよ。俺は会社引けたら、もう一度病院行ってみっからさぁ。また連絡するよ。』
『ああ、頼むなっ。・・・・・じゃっ。』
そう言って電話を切ったところに、ノックをして服部が入って来た。
コンコンコンコン・・・・・
『失礼します。会長、あのぉ・・・・・若いのが言ってるんですが。・・・・・昨夜恵比寿駅で、奥村の舎弟が石川さんと一緒にいた所を見たって言うんですよ。それが少し、気になりまして。』
本匠の目付きが鋭くなるのと同時に、額に血管が浮き出てくるのが服部にはハッキリと分かった。そして服部に、無表情のままで囁く。
『
服部は軽く頷いた後、深く一礼して静かに部屋を出て行った。
本匠は煙草に火を着け、大きく吸い込み溜め息と共に煙を吐いた。
森高は社長秘書に連れられて、六本木のとあるスパニッシュレストランに招かれてた。勿論、社長との会食の為である。奥のVIPルームに連れられて行くと、社長の飯田が笑顔で出迎えてくれた。
『いやぁ、忙しいのに申し訳ないねぇ森高君。』
『とんでも御座いません。飯田社長、今夜は御招待していただきまして有難う御座います。』
『森高君のワイン通は、社内でも有名だからなぁ。気に入ってくれるといいんだけど如何かなぁ。ああ、・・・・まぁ座って。』
森高は、会釈をしながら腰掛けた。
『しかしバスク料理とは、流石飯田社長ですね。恐れ入りました。美食家は、バスク料理を好むと聞いた事が御座います。私はオムレツ以外、よく存じ上げないんですが楽しみですねぇ。』
『ほう、流石は森高君だ。ワインもなかなか良いのが揃っているんでね。期待してくれよ。』
『それはそれは、・・・・是非。』
チャコリという白ワインを、ボトルを高く構えてからグラスに注ぐ。この独特な提供の仕方に胸を弾ませながら、森高と飯田の会話は弾む。会話はまるで、ワインや料理の世界紀行みたいになっていった。スペインの中でも、何処のワインには何の料理が絶品だとか。気候や習慣に至るまで、バスク料理に舌鼓を打ちながら会食は進んでいった。
森高としてはこの最初の接触で、趣味やプライベートに繋がる接点を見付けられれば御の字だと思っていた。そんな時にふと、石川が社長の血圧の事を話していたのを思い出した。
『社長、お身体の方は大丈夫なんですか?』
『おおっと、森高君にまで広がっているのかい?困ったなぁ。』
『いえ、少し小耳に挟んだだけなんですがね。』
『実はねえ、見ての通り僕は小柄で横だけは大きいだろう。だから、血圧の方がちょっと高くなっちゃってさぁ。上の方が160センチの身長よりも高くなっちゃって、恥ずかしながら薬を飲んで抑えてるんだよ。ハハハッ・・・・。』
冗談まじりに、笑いながら飯田は話した。それに合わせながらも、森高の頭は鋭利に働く。健康面と食事と酒、これでコイツを
『でしたら、赤ワインをメインにされたら如何ですか。赤ワインを楽しみながら、食事のメニューを考えられるとよろしいと思いますよ。』
『んっ?赤ワインを、中心にかい?』
『ええ。・・・・・赤ワインにはカリウムが豊富に含まれていますので、利尿効果が高まりまして尿と一緒に塩分を出してくれると言われています。体内の塩分が減る事により、血圧を下げる効果が期待出来ますよ。』
『ほう、なるほどねぇ。流石は、森高君だ。』
『そんな、とんでも御座いません。ですが、是非お試しになって下さい。』
『そうかい、やっぱり森高君は着目点が違うな。他の人とは、一味も二味も違うんだねぇ。そりゃぁ、出世も早い訳だね。』
そう言うと、飯田社長はガハガハと笑い出した。
ワインとバスク料理に、舌鼓を打ちながら会食は進んでいく。そして会話が進んでいく中、飯田社長がさりげなく聞いた。
『また、食事に誘っても構わないかなぁ?んっ、森高君。』
『勿論で御座います社長。いつでも、気軽にお声掛け下さい。』
笑顔で応える森高に、社長も笑顔で返した。
『いやぁ、森高君にそう言ってもらうと助かるよ。最近は、良くない話ばかり聞いていただろう?それで、うんざりしていたんだよ。』
『なるほど、分かります。そうですよねぇ、最近あまり良い話を聞きませんでしたからねぇ。なんだか、物騒な話ばかりですからねぇ。困ったもんです。』
小さく頷きながら、飯田社長が相槌を打った・・・・。
『飯田社長・・・・。誤解を恐れずに、言わせていただきますと・・・・。』
森高は、ワイングラスを眺めながら言葉に詰まった・・・・振りをした。
『どうしたのかね。気にせずに言いたまえ。』
森高は、得意の小芝居まじりの話し方で社長に語り出した。
『私は、あまり裕福な家庭の出身では御座いません。だからかも知れませんが、周りの同期や同僚に比べますと成功と申しますか。周りよりは、出世が早かったと思います。だから、出世欲が強いと思もわれがちなんです。まあ、全てが違うとまでは申しませんが。ですが私がこの製薬会社に入社した志は、そのような事からでは御座いません。普段の行いからなんでしょうが、周りの方々は誤解しているのです。私は貧しい家庭の出自だからこそ、この南州製薬に入社を致した次第で御座います。私は両親を、高校を卒業する迄に二人とも病で亡くなってしまいました。だからこそ新薬開発を以前より活発に致しましたし、その決定権と決済権のある立場に早くなりたかったのです。ですので最近社内で聞こえて来る色々な話を、私は全く快くは思っておりません。この際、社内を綺麗にする必要を感じているのです。飯田社長ならば、この志を御理解していただけるのではないかと。本当の私の志を、理解していただき会社を改善出来ると思ったのです。この決意を持って、今日参上した次第で御座います。』
ワイングラスやテーブルの角等を見ながら話していた森高が、ゆっくりと飯田社長の目に視線を上げた。
『社長!この会社を救って下さい。飯田社長、この会社を正しい道に戻せるのは貴方しかいないのです。』
そう言うと、森高は深々と頭を下げた。
『まあまあ、森高君。頭を上げてくれたまえ。』
飯田社長は、微笑みながら森高に言った。
『どれだけの期待に応えられるかは解らんが、勿論精一杯やらせてもらうよ。君の力も貸してくれよ森高君。』
『はい、喜んで御協力させていただきます。』
そう言うと森高はもう一度深く、そして先程よりも長く頭を下げた。森高が程よい充実感を感じ、その快感に浸っている時にドアがノックされる。
コンコンコンコン・・・・・
『社長、お車の御用意が出来ております。』
この社長秘書の言葉で、会食はお開きとなった。車まで向かう廊下でも、二人はワインの銘柄の話しをしながら向かった。
ドフッ・・・・
森高は社長を車に乗せて、優しく後部ドアを閉めた。すると、すぐに窓が開き飯田が森高に言った。
『今夜は、本当に有り難う森高君。実に有意義な時間だったよ。』
『とんでも御座いません社長、私の方こそ有り難う御座いました。』
今一度深く頭を下げた森高に、飯田が言った。
『やっぱり君は強い人だねぇ。本当に感心したよ、早く回復するといいねぇ。』
「・・・・・?」
何の事だか解せないとは思いはしたが、森高はそのまま社長を笑顔で見送った。森高は車のテールランプが、見えなくなるまで深く頭を下げて見送った。そして、社長秘書に話しかける。
『貴方は、社長とご一緒しなくてよかったのですか?』
『はい、今日はここまでで良いと言われておりますので。』
森高は得意の鋭い勘で、飯田社長の今夜の予定を察した。
「恐らくは、愛人宅へ直行というところか・・・・・。」
納得したかの様に、森高は薄気味悪い笑みを浮かべて秘書にお礼を言った。
『今夜は色々な御配慮、本当に有り難う御座いました。』
不気味な笑みを浮かべて話す森高に、少し身構えて社長秘書は返した。
『いえ、とんでも御座いません。楽しんでいただけたのでしたら何よりです。』
そう言って、秘書は軽く会釈をした。
『あっ・・・・・そういえば、社長の最後の言葉聞いていましたか?』
少し大きな声になった森高の問いかけに、秘書はビックリした感じで応えた。
『はい?
『いやぁ、驚かせてすみません。確か、最後に早く回復するといいねぇって。飯田社長が、そう仰っていたの聞こえてました?』
『ああっ、あれは凄く大きなお怪我をなされたとお聞きしておりますので。お早い回復を願って、仰られたのではないでしょうか。』
森高は、得意の作り笑いを浮かべながら聞いた。
『何方か、事故にでも遭われたのですか?』
その森高の問いに、いつも冷静な秘書が顔色を変えて応える。
『えっ、昨夜の事件御存知ではなかったのですか?昨夜二十一時過ぎに、自宅マンションのエントランスで・・・・・』
森高は、真っ青な顔でその場にへたり込んだ。
自宅に向かう車の中で、小山内専務の携帯が鳴った。
プルルル・・・プルルル・・・ガチャ
『もしもし、小山内君かね。私だよ。』
『お疲れ様です。終わられましたか?』
『うん、今別れたとこなんだが。小山内君、大丈夫なのかね?石川君がいなくても、やっていけるのかね?』
小山内は、少し間を取って返した。
『・・・・・はい。不幸中の幸いと申しますか何と言いますか、石川君が被害に遭った数時間前に連絡があったんです。全ての下準備が、滞りなく終了しましたと。それですので、このまま広瀬副社長の刑事告訴まで持っていく事にます。先程弁護士とも話しまして、このまま乗り切れると言ってくれました。』
飯田社長は、いかにも面倒臭そうに返した。
『分かったよ、だったら良いのだがね。それで、当の広瀬副社長本人はどうしているんだ?こう言う話は広まるのが早いだろう、それに金額が金額だけにねぇ。誰もが面白がって、すぐに社外にも広まってしまうぞ。』
『はい。横領と脱税、色々な面で調べていると言っていました。ですが副社長は、投資詐欺の被害者でもあると言う事なんです。そちらの方の容疑者が、昨日逮捕された事もあり色々と複雑になっていると。』
『だが、本人は毎日出社してるじゃないか。本当に何億もの会社の金を使い込んどるのかね?間違いないのか?投資詐欺にあった金が、会社の金だったと確実に立証出来るんだろうね。彼が被害者だろうが加害者が、会社の看板に傷が付く事には変わりはないんだよ。一日でもはやく対応して、我々に害が及ばない様にしてもらわなければ困るんだよ。』
『はい、分かりました。』
小山内は返事をしながら、飯田社長の薄汚さを感じていた。いや、飯田社長だけではなく人間の薄汚さを。小山内も人生を五十七年生きて来た男だ、こう言う時に人間が執る行動は十分に解っている。「保身」、この一言に人間は囚われる。政治家だろうが聖職者だろうが、ある程度の地位に辿り着いた者の執る行動は保身だ。口では何とでも言える、だが間違いなく飯田社長が保身に走る事が小山内には解っていた。だからこそ、今の腐敗した南州製薬になってしまったのだと。しかし、ほんの僅かなのだが期待もしていた。飯田社長が陣頭指揮を取り、我が身を差し出しても会社を守ってくれるかもと。そう思っていた小山内に、飯田社長が太々しく言った。
『兎に角小山内君ねぇ、こんな事が世間に露呈したら私も責任を取らなくてはいけなくなるんだよ。それでは困るんだよ小山内君。映画みたいに、司法取引とか何とかならないのかね。ええ?それに、・・・・あの薄気味悪い森高ってのも如何にかしてくれんかね。兎に角だ、君の責任で頼むよ小山内君。』
小山内は、大きく溜め息を吐いた。
「ふぅ〜・・・・・結局飯田さんも、その程度の人でしたか。」
社長との電話を切り、小山内は虚しさを感じていた。石川に連絡を取り、彼と食事をして四ヶ月近くが過ぎた。石川が一人でこなす仕事、そしてその熱意を感じて分かった事があった。この様な状況下でも、石川が動く事で切り抜けられるのかもしれないと。彼の様な人間は、時代が時代なら歴史を動かせる様な人物だったのかもとも思った。それ程躍動的で、ものすごく逞しく頼もしい。なぜ森高が、石川を側に置いていたのかもよく分かった。だからこそ、全ての下準備が終わったとの連絡を受けて安堵したのだ。だが一夜経って、信じられない報告を受けた。その石川が、刺されて病院に運ばれたと。何者の仕業なのかは解せんが、森高が石川の裏切りに気付いたのか。もし森高が石川の裏切りに気付いていたとして、自分の側近まで口封じの為に殺そうとすうるのか。小山内の胸の内は、不安しかないのが正直なところだ。そこまでを考えて、小山内はもう一度大きな溜め息を吐いた。
『兎に角、今日は疲れた・・・・。』
小山内は車にゆられ、そして睡魔に襲われながら帰宅した。
森高は、真っ青な顔のまま帰宅した。自分が、この世で一番愛している男の危機を知らずにいたのだ。社長秘書の話だと、昨夜二十一時頃に帰宅したマンションでの事らしい。自宅マンションのエントランスで、背中から大量の出血をして倒れている所を発見されたとの事だ。だがまだ、何処の病院に運ばれたのかまでは解らないままなのだ。今朝テレビのニュースでもやっていたらしいのだが、恥ずかしながら全く気付かなかった。森高は自分の最愛の男の事を、一瞬でも忘れていた自分が腹立たしかった。飯田社長との食事会で、頭の中がいっぱいになっていたのだ。先程迄の社長との会食など、すでにどうでも良くなっていた。森高はシャワーを浴び、崩れ落ちる様に眠りに堕ちる・・・・。
翌朝、森高は首筋に走る悪寒と共に目を覚ました。懺悔にも似た気持ちで愛しい石川を想い、自分の全てを捧げて捧げたい石川睦の事を・・・・・。
いつもより遅めの起床だが、何となくゆっくりとしたい気分なのだ。濃いめ珈琲を淹れて、一息吐いたら石川の入院先を調べようと思った。珈琲メーカーをセットして、熱いシャワーを浴びる。そして、淹れたての珈琲で心まで温めたかった。森高はバスローブに身を纏って、首筋を摩りながらボウっとしては我に返る。そんな事を何度か繰り返して淹れたての珈琲を三口啜ったその時、エントランスからのインターホンが激しく鳴った。
ピロパッ ピロパッ ピロパッ
時計を見ると、七時半になるとこだ。モニターを覗くと、四十代の男が写っている。この早朝の訪問者に、森高は全く覚えがなかった。森高は、不機嫌なのを隠さずに応答した。
『はい、どちら様ですか?』
モニターの男が、冷たい表情で応える。
『あのう、朝早くすみません。警察なんですがっ・・・・・』
そこまで言ったところで、エントランスの自動ドアが開いた。
『あっ・・・・・じゃぁ森高さん、失礼しますよぉ〜!』
そう言って、男達は入って行った。
森高は、胸が高鳴っていた。彼は、「警察」だと言った。間違いなく、石川の事件の関係で自分に協力をしてほしのだろうと。なんせ自分と石川は、誰が見ても特別な関係なのだから。この世の中で唯一分かり合えている自分に、警察としては聞きたい事も協力しもらいたい事も多々あるのだろう。兎に角、これで石川の入院先が判る。森高は、そう思いながら玄関へと向かった。
ピンポーン・・・・・・ガチャッ
森高はバスローブ姿である事も気にせずに、勢い良く玄関のドアを開けた。
警察官は、手帳を見せて会釈をする。
『おはよう御座います。・・・・・警察です。』
森高は少し微笑みながら、ねっとりとした口調で応えた。
『はい、・・・・・如何いった御用件でしょう?』
そう応えた森高の眼前に、警察官は一枚の紙を突き出して言った。
『森高融さんですね。投資詐欺の件で、裁判所から家宅捜索の許可が出ていますんで御協力下さい。』
『はぁ・・・・・?投資詐欺・・・・・?』
呆然としている森高の横を、捜査官達がゾロゾロ入って行く。
森高は、ただその様子を見ているだけだった。
真っ青な顔をして・・・・
任意同行後に事情聴取を受けた奥村は、南州製薬副社長広瀬秀幸に行ったとされる投資詐欺の容疑で逮捕された。留置場での二回目の朝を、奥村は寒さと共に目覚める事となった。六月の半ばになっても、雨や曇りの日には底冷えがして肌寒いのだ。奥村は、この状況に至った経緯を考えていた。
先ずは、嫌疑がかけられている投資詐欺だ。事の発端は、筒井瞳が未払いのままだった上納金だ。奥村が森高と、ゲイ専門の花屋を運営し出した五年前。この頃から、筒井瞳は上納金を払わなくなった。この時に森高は、筒井瞳の事は放っておけばいいと言っていた。新しいビジネスを、始めたばかりなのだから後回しでいいと。だから奥村も、取り敢えずは放置しておいた。定期的に新居を催促には行かせたが、あまり強くは押さなかった。そうしているうちに数年が経ち、羽振がいい筒井瞳を見て森高の意見が変わった。「そろそろ貯まった分を、請求していい頃ではないのか。」、と言い出したのである。そして、「そろそろ筒井瞳には、足を洗ってもらう。」事にした方がいいと。奥村としては、森高と筒井瞳は付き合いも長い。まさか、そんな判断を下すとは思わなかったのだ。そこで、森高の指示通りにチンコロをした。筒井瞳がパクられた後、丸々花屋ごと貰う予定だったのだ。だがそこで、計算外の事が起こった。櫨川会八百万一家の、本匠恭介が出て来たのだ。これは大誤算だったし、難しい舵取りが要求された。しかし、事態は意外な方向に傾く。本匠に呼び出されて、埋め合わせのシノギをやるから筒井瞳から手を引いてくれと言われるのだ。
ここまでを思い返したところで、奥村は大きく溜め息を吐いて呟いた。
『ふぅ〜・・・・・ここから、動く金が馬鹿デカくなったんだよなぁ。』
ここまでで気になるのは、森高の存在というか態度や立ち位置と言ったところだ。古い付き合いのある筒井瞳を見捨て、その事が引き金となって本匠が出て来る。別々の様に見えるが、本匠が持ち出した投資詐欺のターゲットは森高の会社である南州製薬だ。考えてみれば、殆ど身の回りの範囲で事が進んでいる。筒井瞳と付き合いが長い森高と、本匠との間にも関係があったのではないか?筒井瞳を通して、三人は繋がっている?だとしたら、「俺を嵌めたのは森高」なのか?
いや待てよ、森高が俺を嵌めて何のメリットになる。自分の会社から金を取られて、自分は出世するとしても算盤があわねぇだろう。それに、石川の指示で自宅マンションにも金を隠した。その金は投資詐欺関連の金だ、見付かると森高もヤバイ。という事を考えると、森高が嵌めたとは考え難い。じゃあ、投資詐欺の話を持って来た本匠が嵌めたと考えるのは如何だ。詐欺師達とも、石川とも繋がっているだろう。そう考えると、一番疑わしいのは本匠だろう。だが、それでも謎は残る。奥村は、ガサ入れの状況を思い出していた。
「本匠でも、石川でもないのか?」
その上、奇妙な事に絶縁状まで流されてやがる。ガサ入れ前日までに届く様に絶縁状を出しているって事は、会長はガサ入れがある事を知っていたって事だろう。しかも破門じゃなく、絶縁だって言うのが気にいらねぇ。最近じゃあ、復縁の目もあるって言いはするがだ。それにしても、会長は金庫の事も場所も・・・・・。
そう思った時に、奥村は思わず呟いてしまった。
『待てよ、防犯カメラ見てれば会長には分かるじゃねぇか。』
静かな留置所に、響いた声で我に戻る。だが、頭の中は疑念で溢れていく。
「俺を嵌めたのは、会長なのか?」
奥村がそう思った時に、留置担当官が鍵を開けに来た。
『今日は、取り調べの担当部署が変わるから。』
そう言われながら、奥村は留置場を出た。見慣れぬ顔の刑事達に、いつもとは違う取調室へ案内された。奥村が席に着くと、上役であろう男が入って来て話し出した。
『どうも初めまして、公安一課・課長の堤と申します。』
奥村は、思わず声に出してしまった。
『・・・・・公安一課?』
絶句する奥村をよそに、席に着いて堤は一方的に話し出した。
『正仁会若頭奥村滋三十八歳、内縁の妻のXと港区麻布十番・・・・・マンションに在住。先日投資詐欺で任意同行の後、逮捕され現在に至るですか。奥村さん、公安一課って何の担当か知っています?』
奥村は、小さく首を振りながら応える。
『正直分かりませんなぁ。俺は生粋の極道ですよ、正真正銘の博徒です。街宣右翼でも任侠右翼でもありませんよ、人道無限の任侠道をいく博徒です。公安さんの、御厄介になる事ぁ御座いませんよ。』
『勿論我々も、奥村さんの事を右翼関係とは思っていません。それに、我々の担当でも御座いませんしね。我々は公安一課でして、主に極左暴力集団などを担当しております。』
『はぁ、極左暴力集団?』
『はい、日本赤軍や革命的左翼と言いますかね。代表的な組織で言えば、日本共産主義者革命同盟とかは有名でしょう?』
『へぇ〜、・・・・・そうなんですか。』
『奥村さんのお知り合いに、この日本共産主義者革命同盟の構成員の方とかいらっしゃいませんか?』
『はぁ、俺は知らねぇよ。だって、俺は極道だもん、』
堤は、少しおどけながら聞く。
『またまたぁ〜、奥村さん顔が広いから誰か知っているんじゃないんですか?全然畑違いの、詐欺師連中使って投資詐欺仕切ったくらいだもん。極左の連中の、一人や二人知ってても可笑しくないじゃないですか?』
煽てられる感じで奥村は気持ち良かったが、知らないものは知らないと言うしかなかった。
『いいや、本当に知らないんだよ俺は。』
『本当に知らないんですか?日本共産主義者革命同盟の、秋元とか知っていたりとかしませんか?ああ、偽名を使っているかも知れません。』
そう言って、堤は秋元の顔写真を机の上にのせた。
『よく見て下さい、この男なんですがね。秋元雅治四十歳、日本共産主義者革命同盟の大幹部です。詐欺グループの中にいませんでしたか?もしくは、個人的に知り合いだとか。』
奥村は、首を横に振って応えた。
『悪いけど、知らねぇな。俺達の稼業とは、関わり合いのない奴だろうからな。』
それを聞いて、堤は奥村の顔を覗き込む様に見て言った。
『おかしいなぁ、じゃあなんで奥村さんは持っていたんですか?「VXガス」を。』
『・・・・・はあぁ?』
奥村は自分の置かれている状況が、全く分からなくなっていった。
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