第15話 残酷で悲しい報告
正仁会の奥村は、事務所で石川から貰った資料を見ていた。南州製薬の副社長、そしてその愛人に関する情報がみっしりと書いてあった。
南州製薬副社長、
ありとあらゆる情報があり、二人は丸裸にされているのと同じであった。
これを見て、奥村が舎弟にボヤいた。
『これ見てると、なんか恐ろしくなんねぇか?アイツ、本当にリーマンなのかって疑っちまうよな。』
舎弟の新居が、頷きながら返した。
『そうですよね、なんかどこかの国のスパイみたいですもんね。もしかしたら奥村の兄貴の事も、調べられてたりして。』
『おっかねぇ事言うなよ!』
『ははははっ・・・・・。』
『でも兄貴、仮想通貨はまだいいとしても。何なんっすか?このインプラントやら、歯の矯正なんてのに投資する奴いるんすかね?』
奥村は、頷きながら返す。
『そうなんだけどよ!石川が言うには、こいつも金持ちの奴らの間じゃ投資の対象らしい。なんて言うかさ、こういう医療関係のヤツって利権が絡んで群がる奴も多いらしいんだ。何でもオーナー権とか、そう言う感じで特権を与えてその事業が繁盛すれば利益還元もある。他にもいろんな投資物件があるらしいんだけど、最近この手の詐欺をやっている奴を紹介してくれたんだ。まあ、ここには本匠もかんでたんだろうがな。』
『じゃっ、本匠も出張って来るんすか?』
奥村は、首を横に振りながら返す。
『いや、それは絶対にないって事だ。俺もそこは気になってたんで、石川にしつこく聞いたんだよ。そしたら、本匠がかむ事は絶対にないってさ。筒井瞳の件を、諦めてくれって事で差し出した案件だからさ。本匠も、テメーの顔があっから出張る事は絶対ないってさ。手も口も、出さねぇんだとさ。そんで、詐欺グループの奴らもプロだっていうからよ。オメーは、そいつらの元締めって事でやってくれ。石川曰く、十億を目指せってさ。』
『えっ、・・・・・十億っすか?』
新居は、顎が外れそうな程驚いた。
『なんて顔してんだよ!俺も最初は驚いたんだがよ、石川が言うにはそれ位の金額にしないといけないらしい。当然騙される奴も、黙って騙される訳じゃねぇだろ。だからでかい金額を設定しといて、その半分でも回収出来れば御の字なんだってよ。』
『ああぁ〜、・・・・・そういう事なんだぁ。でもこれって、元手も結構かかるんじゃないっすか?』
『それも心配ねぇってさ。その詐欺グループが、ある程度仕込んでるんだとよ。そいつらが会社作って・・・・・え〜っとこれこれ。』
奥村が資料の束の中から、パンフレットを出して新居に渡した。
『この会社なんだけどさ、東麻布の方に物件借りてやってるんだとさ。最初は本匠がやらせてたんだろうけど、今は石川から俺がこの前引き継いだ。よく見とけよ、もう既に結構食いついて来ているらしいからな。』
新居は、パンフレットを見ながら小さく頷いた。
『それで広瀬の愛人に、この会社を紹介するんすか?』
『ああ・・・・・今のところは、まだ負けてはないか。そろそろ、勝たせんのは止めて普通に賭けさせろ。あれじゃ、黙ってても負けてくれるだろう。あんな賭け方してるんじゃさ!』
『はい、分かりました。そんで、幾らぐらい貸し付けたところで誘うんっすか?』
奥村は資料を丸めて筒の様にして、首の所を叩きながら考えた。
『そうだなぁ、一本(一千万)いったら誘ってみな。』
『はい、分かりました。』
少しずつではあるが、石川の作戦が動き出した。
本匠は、暫く事務所に籠っていた。色々な裏工作を画策し、手下に命令して仕込んでいっているのだ。
『おい、服部を呼んでくれ!』
本匠は、若頭の服部を手下に呼ばせた。本匠が動くとあまりにも目立ち過ぎてしまうので、本匠はここで指示を出し服部に陣頭指揮を取らせていた。
コンコンコンコン・・・・・・
『おう!』
『失礼します!』
深く頭を下げ、服部は本匠の前に歩み寄って来た。
『忙しいとこ悪ぃな。』
『とんでもないです。それで、どの様な・・・・・』
そこまで言った服部に、本匠はパソコンのモニターを指差しながら言った。
『東麻布の物件の名義、この新居真一郎ってのは?』
モニターを、覗き込む様にして服部が応えた。
『コイツは、奥村の舎弟ですね。物件押さえる時に、しれっと名前を拝借しておきました。石川さんの手が汚れない様にと、総長が仰っていたんで。』
そう言うと、服部がUSBメモリーを本匠に差し出した。
『総長、
本匠は頷きながらUSBメモリーを受け取り、パソコンに差し込んで確認した。
『ん〜・・・・・、三年位やってんのかな。歯科矯正モニターで、二千人集めてたのか。初回費用百五十万で、その後の治療は実質タダねぇ。全額キャッシュバックを謳って、うまい事やってたみたいだな。』
服部は、少し屈み込んで囁く様に話す。
『はい。その上、社債も販売していました。しかも年利二十パーセントを謳って、約千人から五十億程集めています。』
『ほう、一人頭五百で募ってんのか。そんで、・・・二千人から百五十取ってんだったら?』
本匠が視線を上げて計算をしていると、待ち構えていたかの様に服部が素早く言う。
『歯科矯正モニターで、大体三十億位になります。社債の金と合わせますと、ふざけた事に八十億にもなります。しかも、現金は銀行ではなくほとんど金庫に納めていました。それと、金塊にも替えています。』
『ほう、そいつはご丁寧に。足が付かない様に金融機関を使わなかった事が、こっちにとっても好都合になったって事だなぁ。しかし世の中は不景気だって言ってんのに、コイツらも掻き集めやがったもんだなぁ。』
『はい。しかし、そろそろ潮時だったみたいです。全国で弁護士に相談している被害者も、かなりの数になるみたいです。時間の問題だったんじゃないんですかねぇ。』
『まっ、そうだよな。最後に、南州製薬からも金引っ張ってもらおうや。』
服部は、小さく頭を下げた。そして、次の指示を仰いだ。
『それで、川治はどうしますか?実質動いているのは、川治ではないんで支障はないと思いますが・・・・。』
本匠が、少し考えて聞いた。
『コイツどんな奴だ?毎日会社に顔出していたのか?』
『
『はははっ、お前が一番嫌いなタイプの奴か。』
服部は、口元を綻ばせて頷いた。
『そんで、何かの役に立ちそうか?』
『そうですねぇ。・・・・・何の役にも立ちはしないんですが、いきなり居なくなるっていうのも目立ってしましますから。暫く肉体労働でもさせて、その後に行方不明になってもらう事にした方がいいと思います。』
本匠は、頷きながら返す。
『じゃあ、金塊や現金を運んでもらうか。奥村にも、共有してもらわないといけないしな。睦に、業者を奥村に紹介させろ。アイツん所の事務所に、隠してもらう事にしようぜ。』
服部は、ニヤッと笑って言った。
『総長、今凄く悪ぃ顔していましたよ。』
二人は、もう暫く打ち合わせをした。
凄く悪い顔をして・・・・・
翌週の木曜日。奥村の舎弟の新居は、派手な生地のスーツに身を纏っていた。東麻布の、川治が経営する会社に挨拶に来たのだ。
『気合い入れて、ガッツリ稼がねぇとな。それと、なめられねぇ様にしねぇといけねぇな。何でも、最初が肝心って言うからな。』
そう言って、東麻布のオフィスビルに入って行った。エレベーターで上がり、四階に着き扉が開く。新居は、緊張しながらオフィスの扉を開けた。
『お疲れ様です、・・・・・新居さん!』
待っていましたと言わんばかりに、品の良い生地に仕立ての良いスーツの男が声をかけてきた。男は笑顔で近付いて来て、爽やかに握手を求めてきた。
『はじめまして、私が川治で御座います。お待ちしていましたよ新居さん。』
新居は戸惑いながらも、良い気持ちでフロアーを見回した。間髪を入れずに、川治は説明をしながら歩き出す。
『では、こちらにどうぞ。まずは、社長室へ御案内します。その後で、南州製薬の件を話し合いましょう。』
川治は、フロアーの奥を指さして説明する。
『あそこの連中で、アポ取りをやっています。基本的には年収一千万以上の連中ですので、無下に断られる事は余りありません。』
フロアーの説明をされた後、新居は社長室に入った。
『さあどうぞ、・・・・・君!』
川治は女性スタッフに、指で合図して珈琲を持って来る様に指示した。それから、デスクのプレジデントチェアーに手をかけて新居に言う。
『新居さん、こちらに掛けて下さい。今日からは、新居さんの席なんですから。』
『えっ・・・、そうなんだ。そうかぁ〜、・・・・俺もここまで来たかぁ。』
『それでは、細かい説明をさせてもらいます。南州製薬の広瀬秀幸副社長と、西野麻衣へのアプローチなんですが。先日西野に、歯科矯正のモニターになってもらえないかアプローチをかけました。彼女は、マウスピースによる歯の矯正に興味がある様です。そして、入金も既に完了しています。』
『おおん・・・・・・。』
川治は、取り敢えず頷いているだけの新居を横目に続ける。
『そして電話での会話だけなんですが、広瀬にも話をする事が出来ました。勿論、社債の事で話しをしています。土曜日の昼に、西野のマンションに伺う事になっています。この時に、仮想通貨の先物取引に関して説明する予定です。』
新居は、満面の笑みのまま聞いた。
『それで、幾らくらいいけそうなの?』
『え〜・・・・・社債の口数はまだ分かりませんが、金額がでかいのは先物取引の方です。広瀬くらいの年齢の奴は、直接ネットでの取引はやりません。世代的に、苦手意識が高い様ですね。ですので、昔ながらのやり方でも出来ますって言って金を預かる方法もあります。基本的には我々のサイトにアクセスしてもらって、ネットバンキングで入金してもらうんですがね。広瀬の場合は、直接の方がいいでしょう。』
新居は、頷きながら聞き入っている。
『そして金額的には、億単位はいけますけど時間はかかりますよ。』
『んっ、どれくらいかかるの?』
川治は、少し考えて応えた。
『そうですねぇ、広瀬のトレード次第なんですけど。セオリーとしては、当然甘い汁を啜ってもらってからでないと難しいです。いくつかの取引で利益を上げてもらった後、資金の増額を進めてからって事ですね。最低三ヶ月は見て下さい。』
『ふ〜ん、・・・・・それで?』
『それで、投資資金を増やしてもらったところでドロンです。普段は銀行からの出金とかに時間がかかりますが、広瀬の場合は直接やり取りするんであればそんなに手間はかかりません。』
新居は、頷きながら返した。
『うっし、そんで進めてくれ。』
川治は頷きながら壁側の金庫へ行き、扉を開けると劇団の役者の様に派手に振り返って言った。
『さあ新居さん、まずはここにある金と金塊を移さなければなりません。勿論、ここから新居さんの所へ。』
『うわっ・・・・・。』
新居は、ニヤケ面を堪えながら近寄って行った・・・・・。
瞳のマンションに張り込みを続ける本多刑事は、上の決定と下からの不満に頭を痛めていた。課長からはこのまま筒井瞳をマークし、自宅の捜査差押令状を取る流れを指示されていた。しかし現状はというと、瞳は籠りっきりで全く動かない。挙句の果てには筒井夫婦の離婚問題で、主人の靖久に依頼された探偵・原田までいなくなっている。これは探偵の原田が、何か別の張り付き対象を見付けたからであろう事は明白だ。上司の命令は絶対なのは分かる、だが今は筒井瞳一本に絞って他の捜査員は金融機関等の金の流れを調べている。そちらの方も、現金でやり取りしていた関係で全く進展無しだと。他の捜査員も、対象を早く絞りすぎたのではないかと言い出し始めてている。中には、捕まえる気がないんじゃないかと言うの者まで。そうではないにしても、もう一度南州製薬の森高と石川に対象を広げるべきなのではないか。
本多は、そう考え出していた。
『元々、正仁会の奥村からのネタだったよなぁ。課長が直接仕入れたネタだったからか、奥村には全く誰も張り付いてはいない。』
本多は、そう呟いた。
『んっ、何ですか?・・・・・本多さん?』
部下にそう言われて、本多は我に返った。
『おお、すまん。ちょっと考え事だ。』
『どうしたんですか?・・・・らしくないですよ!』
『うん、このまま張り込んで何も出なかったらって思ったらさ。今なら・・・・・今なら、まだ対象を広げられるんじゃないかって思ってさ。』
『そうですよね。でも、課長があんな感じだから仕方ないっすよ。』
そう、実は一度本多は課長に
「上から何か言われているのか?」
本多は、そう考えざるを得ない程の違和感を感じていた。
奥村は、石川からの意外な電話の内容に驚いていた。奥村の自宅、もしくは正仁会の事務所に隠し金庫を作ってくれと言うのである。
『ちょっと待ってくれよ、いきなり隠し金庫って言われてもさぁ。』
『ん〜、新居さんに聞いてないですか?』
『あぁっ、いや何にも聞いてねぇなぁ。何かあったんですか?』
石川が、ゆっくりと説明する様に話し出す。
『そうですか。多分すぐにでも連絡があるでしょうが、詐欺グループのお金を奥村さん達で管理してもらいたいんですよ。投資詐欺って、騙す前に甘い汁を啜らせなきゃいけないでしょ。その先行投資に使う金を、奥村さんに管理していただこうという事です。それで、金庫をっと言う事になるんですよ。』
奥村が、半笑いで返す。
『そんな大袈裟な事なのか?事務所にだって金庫はあるんだぜ?そこに入れときゃいいじゃねぇかよ!いくらなんだ?幾ら預かるから、金庫を作って言ってるんだよ。』
『え〜・・・・大体四十億くらいになると思います。現金と金塊もありますので、場所取りそうだって事なんですよ。』
『はぁ〜・・・・・・!』
奥村は絶句した。
『そうなんですよ、なので金庫を作ってもらえませんかねぇ。それとも正仁会の金庫って、結構デカかったりするんですかねぇ。』
『ちょっ・・・・ちょっと待ってくれよ。わかったわかった。分かったけど、ちょっと待ってくれよ。自宅には無理だから、事務所に作るって事になるだろうけど。そうなると、俺の一存では決めらんねぇからさ。会長に確認とって、OK出ないと無理だから。ちょっと待ってくれよ。』
取り敢えず、事務所に金庫を作る確認を取って折り返す事となった。
『何なんだよ、四十億って・・・・・。まあ・・・・・いいけど・・・・・。』
それから、奥村は会長に連絡を取る。だが、何度電話しても留守電にすらならない。そこに、ニヤケ面した新居が入って来た。
『兄貴ぃ〜、ビックリする話があるんっすよぉ!』
ウキウキしながら話しかける新居に、奥村が疲れ切った感じで応える。
『何だぁ〜、詐欺グループの金の事かぁ?』
『えっ、・・・・・何で知ってるんっすか?』
『二時間くらい前に、石川から電話があった。そんでその金を、事務所に保管しろってよ。』
『何だよぉ〜、俺が兄貴驚かせようと思ってたのによぉ。・・・・・っで、どこに保管しましょうか。結構、
奥村は、ソファぁーにどかって座り新居に聞いた。
『会長に連絡取れねぇから、何とも言えねぇけどよぉ。新居よぉ、本気で四十億もあんのか?』
『ん〜、しっかり数えた訳じゃないんですけど。現金と金塊で、そのくらいだって言ってました。』
奥村は、溜め息を吐きながら石川に電話をかけた。
プルルル・・・・・プルルルル・・・・
『もしもし、どうでした?』
『ああ、取り敢えず金庫作るよ。そんで、段取りとしてはどうするんです?』
石川の紹介する業者が、翌日に来て工事をするという事で話は終わった。奥村は電話を切り、大きく溜め息を吐いて新居に話す。
『ふぅ〜・・・・・全く、はなっから段取ってた感じだな。本当、準備万端で金庫まで用意してくれてたよ。本当に、おっかねぇ奴だなあ石川ってぇ〜のはよぉ。』
『まあ、いいじゃないっすか。その金使おうが使うまいが、ウチが手放さなきゃいいだけだし。』
『おお、・・・・・言われてみればそうだな。ははははっ・・・・・・。』
二人は、疲れ切った感じで笑うのだった。
飛鳥と靖久は、長崎倶楽部で定番の黒ビールとピスタチオをオーダーしてテーブルに着いた。そこで、飛鳥が出逢った時の事を聞いてきた。
『ヤス君さ。初めて会った時に、ここを転がり込んできたじゃん。』
『・・・・・おん?』
『あの時に、いろんな事が始まったんだよね。』
飛鳥が、靖久をじっと見て言った。
『そうだねぇ。初めて来たこの店で、二人は出逢った。そしてそれから、いろんな事が嵐の様に襲って来た。そんで今、こうしてるってのも不思議なもんだねぇ。』
飛鳥が、微笑んで返す。
『そうだ。ヤス君の子供達と暮らすようになったら、長崎倶楽部もそんなに来れなくなっちゃうね。・・・・・教育上ね。』
『あぁ、まだ十一歳と八歳だからな。かなり早いデビューになっちゃうもんね。二人が大きくなるか、落ち着くかしたタイミングでまた来れるよ飛鳥ちゃん。』
二人は少し感傷的になっていた。というのも、今日は奈々美に報告したい事があると言われている。なので二人の子供の為にも、離婚の話し合いを早急に進めていこうと二人で結論を出していたのだ。昨日奈々美と話しをして、長崎倶楽部で会うという事になった。その旨を飛鳥に伝えると、飛鳥が靖久に言ったのだった。
『瞳さんの件に関しては、警察が
その事を思い出しながら、靖久は飛鳥の手を握りながら言う。
『今止まったままの話し合いを、進めて行かなくっちゃ何も見えてこないもんね。今日の報告って、話し合いの再開に向けての良い切っ掛けかもね。』
『ヤス君。私ね、子供達に会って嫌われないか心配なんだよなぁ。』
『ハハハッ、大丈夫だよそんな事心配しなくっても。』
『うん・・・・。兎に角私の方は、四人家族になる覚悟は出来てるからね。』
・・・・二人がここで出逢ってから、もうすぐ一年が経とうとしている。そして今靖久は、人生が変わる時の勢いと不思議さを感じていた。それに戸惑いながらも、飛鳥と出逢った奇跡に幸せを感じていた。
奈々美を待ちながら、飛鳥と靖久はいろんな事を振り返っていた。最初は、毎週金曜日にしか逢っていなかった事。そんな中、いきなり靖久に湯河原温泉に連れて行かれた事。それから、飛鳥が長崎倶楽部の近所に引っ越した事。靖久が長崎倶楽部の前で、森高に「俺の女」発言した時の事。その時の動画を、瞳に呼び出されて見せられた事。いつも一緒にいながらも、こんな話は改めてした事がなかった。それ故に、二人は息吐く暇もないほどの勢いで話していた。
そこに、奈々美が重い足取りで入って来る。
『ああ、原田さん!こっちこっち。』
飛鳥が、手を上げて奈々美を呼んだ。疲れ切った顔をした奈々美がそれに気付き、少し微笑んで同じテーブルに着いた。
奈々美は靖久達と同じ物をオーダーし、背負っていたリュックからノートパソコンを取り出した。オーダーした黒ビールとピスタチオが来たところで、硬い表情のままの奈々美に靖久が話しかけた。
『大分疲れているみたいですね。取り敢えずお疲れ様です。』
乾杯をして、
『・・・・さて。僕らは、離婚の話し合いを再開出来そうですか?』
口を開こうとしない奈々美に、聞き難そうに靖久が聞いた。暫しの沈黙が、三人の緊張をより一層高めていく。奈々美は、ノートパソコンのデータを確認し終わると大きく息を吐いた。
『ふぅ〜・・・・・。』
そして奈々美は、意を決して話し出す。
『先ずは前回の報告後、スタッフを二名増員致しました。瞳さんの弟である陣内敬、恋人である石川睦にマンツーマンで張り付いてもらっています。この張り付きは、今現在も継続中です。そしてもう一人、本匠恭介という人物にも張り付いています。』
奈々美はノートパソコンのモニターに、本匠の画像を出して二人に見せた。
『この男は陣内敬の昔馴染みで、二十歳くらいまで瞳さんのとこのボディーガードを陣内と一緒にやっていました。まぁその前から、二人で連んでは喧嘩ばっかりしていた大親友です。それで彼は陣内に頼まれて、国税局の関係者や瞳さんを付け狙っていた裏社会の人達と接触しました。どの様な話をしているかまでは解りませんが、弱みを握って脅しているのではないかと見ています。』
飛鳥が、不思議そうに奈々美に尋ねた。
『知り合いなのか、何かの
奈々美は、キョトンとして飛鳥を見た。
『あぁ、すみません。うっかりしていました。そうですよねっ、一般の方に解る筈ないですもんね。補足させていただきます。この本匠恭介という男は、東京の裏社会では知らない者はいない位の有名なヤクザの超大物なんです。そこを踏まえてお聞き下さい。』
飛鳥の驚いた顔を見ながら、奈々美は少し微笑んで続ける。
『瞳さんの刑事告訴、それに伴う逮捕に関しては
ここで奈々美は、頷きながら聞いている二人の目を見て続けた。
『えぇ今現在。瞳さんは筒井さんの依頼された弁護士とも、御自身の弁護士とも全然連絡を取っていない様です。離婚に関しては、何も進展していません。』
靖久が腕を組んで、大きく溜め息を吐いた。そして、飛鳥を見ながら話す。
『こちらとしては、瞳を取り巻く現在の環境と先々の事を考えました。子供の親権については、早急に話し合いの場を持ちたいと思っています。出来れば子供達も交えて話をして、我々と一緒に暮らして行く事を考えてもらおうと思っています。』
その時、奈々美が遮る様に被せた。
『筒井さん!その事で重大な御報告が御座います。・・・・私も初めは信じられなかったのですが、調査を進めて行くうちに確実な証言を取れました。ですので、これは間違いのない情報だと判断を致しました。』
奈々美は大きく息を吸って、靖久の目を真っ直ぐに見て言った。
『これは、誠に残念で残酷な御報告になります。ですので、どうか気を落とさずにお聞き下さい。ええぇ〜お二人のお子様、優樹君と葵ちゃんですが・・・・・』
奈々美の瞳に、薄っすらと涙が
『奥さんの筒井瞳さん。それと、筒井靖久さんとの・・・・・間に授かったお子さんではないという事です!』
『????』
靖久は、頭を傾げながら奈々美を見ている。
そんな靖久の手を、飛鳥は優しく握った。
『もう一度申し上げますで、落ち着いて聞いて下さい。筒井さん・・・お二人のお子さんは、筒井さんの子供ではないという事なのです。親権等の話し合いをどの様に進めるかついても、一度落ち着いて考え直してからの方がよろしいかと思います。』
呆然としている靖久に、奈々美は気の毒そうに言った。
『DNA鑑定等の証拠は御座いません。瞳さんの周りの人達も、つい最近まで知らなかった様です。そしてその父親というのが、現在もお付き合いされている彼氏の石川睦さんになるそうです。・・・・・今回は、この御報告をさせていただきたくてお時間を作っていただきました。今後の調査に関しましての継続、または終了につきましては後日連絡いただければと思っております。取り敢えず今回の御報告に関しましては、事実確認を取っての事ですので御了承下さい。御連絡をお待ちしております。』
そう言うと、奈々美は靖久を見る事が出来ずに席を立った。
そして、深く頭を下げて店を出る。長崎倶楽部を出て、奈々美は歩きながら涙が溢れ出てきて止まらなかった。
『もっと・・・・もっと上手な報告の仕方、誰か教えてよ・・・・。』
一方、靖久は力無く飛鳥にもたれ掛かっていた。
『ヤス君帰ろう。・・・・・ねっ。』
飛鳥は、靖久を連れて店を出た。真っ青な顔をした靖久を、飛鳥は泣きながら抱きしめてキスをした。
『ヤス君大丈夫だから。私だけは、ずっとヤス君と一緒にいるからね。ねぇっ!』
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